【投稿】大飯原発3,4号設置許可取り消し大阪地裁判決の意義
福井 杉本達也
1 裁判の争点はなんであったか
12 月4日、大阪地裁(森鍵一裁判長)において、大飯原発3、4号機の「基準地震動」が過小評価であるとし、設置許可を取り消せとの判決が出された。
訴訟の最大の争点は「基準地震動」の設定が安全性を担保する適切な値として定められているか、そして、国の規制機関である原子力規制委員会(以下:規制委)がその「基準地震動」を認めるにあたって、適切な審査をしたか否かにあった。国が定めた「地震動審査ガイド」には、基準地震動を定めるにあたって、経験式から導かれる数値は「平均値としての地震規模を与えるものであることから、経験式が有するぱらつきも考慮されている必要がある」と規定している。ところが国の反論では「強震動評価におけるパラメータの重畳の論点に 収れんされる」、「原告が主張するようなパラメータに対して やみくもに重畳して安全側に上乗せした評価となるような評価方法を求めることは,地震学等の科学的,専門技術的知見に基づかない独自の考え方である。」として、標準偏差は考慮したものの、今度は、逆に現行の「不確かさ」の考慮をとり払い、現行より低い 812 ガル(ガルは加速度の単位)にしかならないと主張した。本判決はこうした国の愚論を否定した。地震が過去の平均値で起こるとは限らない。しかし、これまで、すべての原発について「ぱらつき」は考慮されず、したがって、「基準地震動」は過小評価されていた。判決は、この「基準地震動」の過小評価と、それを見過ごした設置許可処分を違法として取消を命じたものである。2011年3月の東京電力福島原発事故以降で、国の設置許可を否定する司法判断は初めてである。
2 原発の「基準地震動」とは
原子炉設置許可基準規則第4条3項(地震による損傷の防⽌)によれば、「耐震重要施設は、その供⽤中に当該耐震重要施設に⼤きな影響を及ぼすおそれがある地震による加速度によって作⽤する地震⼒に対して安全機能が損なわれるおそれがないものでなければならない。」と書かれている。「基準地震動」は想定される最大級の揺れであり、それに対して重要設備が損傷しないことが設計の前提であるということである。大飯原発の「基準地震動」は原発そばの陸海域を走る3断層の連動などから計算している(福井:2014.10.30)。大飯原発の数キロ以内には長さ60キロ を超える断層(FO‑A~FO‑B~熊川断層)が存在する。これは西日本に多いタイプの活断層、すなわち断層傾斜角が垂直の横ずれ断層である。関電は「入倉・三宅式」の計算によって、基準地震動を最大856ガルと想定している。この最大856ガルは、「入倉・三宅式」で算出した数字に不確定要素を加える目的で1.5倍した数字である。規制委は、この地震動を前提に大飯3、4号機の地震津波対策が十分かどうかの審査をした。
3 、「入倉・三宅式」の過去の地震データの「平均値」とは何か
「基準地震動」の基になる地震規模は、「⼊倉・三宅式」という経験式により断層⾯積から算出されている。式は過去の地震のデータの平均値として、1本の線で表されている。この式はモデルであるから実際の地震のデ ータは当然ながら「平均値」という線の上下にばらついている。その「ばらつき」の度合いを⽰すのが「標準偏差」である。すなわち、地震規模 M0の評価は平均値の 1本の線だけで⾒るだけではなく、統計学上はつり鐘型の「正規分布」をしていると仮定され、標準偏差(σ(シグマ))という上下に約34%ずつの一定の幅をもつ。
数学論的に表現をすれば、地震のような「多くの偶然現象が積み重なれば、偶然的な影響は互いに打ち消し合って、一定の傾向が現れる」(「入倉・三宅式」のように)、あるいは、「それでも残る偶然的な変動部分は、つり鐘型の分布になる」(=「正規分布」)(竹内啓:『偶然とは何か』岩波新書:2010年)。
当然ながら、国自ら作った「地震動審査ガイド」では、「①震源モデルの⻑さ⼜は⾯積、あるいは1回の活動による変位量と地震規模を関連づける経験式を ⽤いて地震規模を設定する場合には、経験式の適⽤範囲が⼗分に検討されていることを確認する。」「②その際、経験式は平均値としての地震規模を与えるものであることから、経験式が有するばらつきも考慮されている必要がある。」と書かれてある。
現⾏最⼤加速度 856 ガルは、短周期 1.5 倍という「不確かさ」を考慮している。この考えは、新潟県中越沖地震で短周期の加速度レベルが予測に反して異常に⼤きくなったことを踏まえて取り⼊れられたものである。しかし、裁判では国は、このような「不確かさ」と地震規模の「ばらつき」を同時に⼆重に考慮することは誤りであるとの主張をした。そのため、「ばらつき」を考慮した場合は、短周期 1.5 倍ケースではなく基本ケースをるべきだとした。
「ばらつき」である標準偏差σ=0.191 を考慮すれば地震規模が 10の2σ乗=2.41 倍になる。加速度は『壇ほかの式』により地震規模の 1/3 乗に⽐例するので、2.41の1/3乗=1.34 倍になる。⼤飯原発に現⾏最⼤加速度 856 ガルをもたらすのは、Fo-B~Fo―A~熊川断層であるであり、856ガルの 1.34 倍のは1150 ガルになる。ところが国は、1.34 倍すべき相⼿として、短周期の「不確かさ」を含んだ 856 ガルではなく、二重計算になるとして「不確かさ」を含まない基本ケースの 606 ガルを選び、それをに1.34 倍すれば、812 ガルにしかならず、現⾏ 856 ガルより低いので問題はないと主張した。
そもそも、統計学が発達したのは、近代産業において大量生産が始まってからである。竹内は「大量生産において重要なのは製品の平均品質であり、また規格を満たさない不良品の率が低いことである。」(竹内:上記)と述べているが、当然ながら、大量生産における一定の規格には±の「ばらつき」があることを前提としている。国は「不確かさ」には「短周期の地震動レベル」や「断層傾斜角」、「すべり角」、「アスペリティ配置」などの『審査ガイド』にある項目を考慮しているから、それが「ばらつきに」反映されるので二重の計算はいらないと主張したかったのかもしれないが、確かにそれらの一部は地震の「偶然」に反映されるであろうが、全てに反映されるかどうかは不明である。また、現在の科学の知見では上記以外の不確かな要因が「偶然」に反映しているかもしれない。不明だからこそ、「偶然」を扱う統計学が必要なのである。「入倉・三宅式」の線系方程式1本で、複雑な地震の動き全てをとらえ切れるという考えそものもに問題がある。大きな危険が引き起こされる可能性のある場合には、その確率が小さく実際には起こりえないように設計しなければならない。多重安全システムの基本的な考え方は、「互いに無関係な二つの因果関係によって起こる二つの事象」の確率の積を求めることである(竹内:上記)。規制委の主張のように「不確かさ」と「ばらつき」をごっちゃ混ぜにすることは、統計学の基本を知らないということを暴露している。裁判⻑が重視したのはこの統計学上の「ばらつき」である。こうした統計学を無視して原発の安全審査が行われたのではたまったものではない。逆にいえば既存の原発の耐震構造の脆弱さと耐震補強した場合の費用負担から逆算して「基準地震動」を導き出したのではないかと疑われる。「基準地震動」をさらに1.34倍もされては、老朽化した古い設計基準で建設された既存原発の耐震設計ができない、あるいは耐震補強の費用が膨大になるということである。数学的には裁判長に詰まれており、さらに国が上告するならば恥の上塗りである。「現代科学の示す宇宙像は、ニュートン・ラプラス流の機械的な必然性に貫かれたものではない。必然と偶然が本質的に相互に絡み合ったダイナミックな世界である。」(竹内:上記)。国のように線系のモデル式1本に解消しようとしても無理がある。
4 熊本地震を受けて島崎邦彦氏からの「基準地震動」への異論と規制委の無視
ところで、2016年4月の熊本地震を受けて、元規制委副委員長の島崎邦彦氏は断層傾斜角が垂直、あるいはそれに近い横ずれ断層の場合、「入倉・三宅式」では、他の計算式(『武村式』など)の4分の1程度の数字しか出ず、過小評価になってしまうと主張した。大飯原発と同じような垂直の横ずれ断層で起きた熊本地震は、震源付近で 1,000ガルをこえる強さであった可能性が高い。島崎はその事実に衝撃を受け、「入倉・三宅式」の計算による地震動想定では低くなりすぎるとし、関電の手法では揺れが過小評価になっていると規制委に指摘した。
だが、規制委は2016年7月の会合で、島崎氏の主張には根拠がないとして、結論を見直さないとの決定をした。当時の田中規制委員長は「学会でよりよい方法がまとまれば検討する」として、事実上島崎氏の提案を拒否した(朝日:2016.7.28)。
原発のような重要な施設では標準偏差の2 倍(2σ=95%の確率)などまで考慮するのが、常識的な扱いである。現⾏最⼤加速度 856 ガルを加速度は、標準準偏差(1σ=68%の確率)を加味 すれば 1150 ガル、標準偏差の2倍(2σ=95%の確率) を考慮すればさらに 1.34 倍されて1540 ガルとなる(美浜の会NEWS:2020.10.26)。「熊本地震では主断層帯から10kmの範囲まで,顕著な地表変状が広い範囲で出現した。このような状況は、原発の規制基準や審査ガイドの策定前には知られていなかった。新知見にもとづく議論を始めるべきではないだろうか。」、「活断層周辺に建設された原子力関連施設への影響を見直す必要があるのではないか。」と島崎氏は警告する(『科学』:2018.5)。
(図表・文等参照:原告団共同代表・小山英之氏学習会資料 2020.11.15)