【投稿】『感染症法』改正を巡る大混乱・コロナ対策はさらに迷走する

【投稿】『感染症法』改正を巡る大混乱・コロナ対策はさらに迷走する

                             福井 杉本達也

1 【懲役刑】で国民を強制収容しようとした政府の『コロナ対策関連法改正案』

自民党と立憲民主党は1月28日、『新型コロナウイルス特別措置法改正案』と『感染症法改正案』『検疫法改正案』の修正を巡り、『感染症法改正案』に盛り込まれた刑事罰を削除することで合意した。入院拒否者に対する「1年以下の懲役か100万円以下の罰金」は、行政罰の50万円以下の過料に変更する。

先に政府は、『感染症法』『検疫法』の改正を提案したが、【入院勧告】では、「入院勧告、措置の対象は、病状が重い者などに限定。入院措置に応じない場合や、入院先から逃げた場合は、1年以下の懲役か100万円以下の罰金」。【積極的疫学調査】では、「患者らが正当な理由なく虚偽答弁したり、拒否したりした場合は50万円以下の罰金」としていた。また、『新型コロナウイルス特別措置法改正案』では、知事は、感染状況を考慮して知事が定める期間、区域(市町村単位など)で事業者に営業時間の変更などを要請できる。正当な理由なく要請に応じないときは、命令できるとし、【罰則】を設け、「知事の命令に違反した場合、緊急事態宣言下は50万円以下、まん延防止等重点措置宣言下は30万円以下の過料。知事は事業者への命令麺付のため立ち入り検査と報告徴収ができ、拒否した場合は20万円以下の過料」とする改正案を閣議決定していた(福井:2021.1.23)。

今回の与野党合意では、「保健所の調査を拒否した人への刑事罰『50万円以下の罰金』も削り『30万円以下の過料』にする。緊急事態宣言下で事業者が時短営業や休業の命令に従わない場合の過料は『50万円以下』を『30万円以下』に下げる」。また、知事による「まん延防止等重点措置」の「時短や休業の命令を受け入れない際の過料は「30万円以下」から「20万円以下」に下げることとなった(日経:2021.1.29)。

2 ハンセン病の過去の反省の上につくられた『感染症法』の全面改悪を狙った政府

『感染症法』は、1996年の『らい予防法』廃止の経緯が示すように、過去の感染症対策への反省がある。結核やハンセン病の患者・感染者の強制的な隔離収容による著しい人権侵害、「無らい県運動」など国民の差別を助長する政策、1980 年代にはエイズ患者の個人情報報道や差別が引き起こされたことを深く反省するとして見直された。それまで感染症対策を担ってきた『伝染病予防法』などを廃止して、1998年に制定(1999年4月施行)され、2007年には『結核予防法』を統合している。

『感染症法』前文は「我が国においては、過去にハンセン病、後天性免疫不全症候群等の感染症の患者等に対するいわれのない差別や偏見が存在したという事実を重く受け止め、これを教訓として今後に生かすことが必要である。このような感染症をめぐる状況の変化や感染症の患者等が置かれてきた状況を踏まえ、感染症の患者等の人権を尊重しつつ、これらの者に対する良質かつ適切な医療の提供を確保し、感染症に迅速かつ適確に対応することが求められている。」とうたわれている。

ハンセン病は、らい菌による感染症で、その感染力は弱く致死率もごく低いものだったが、戦前は有効な治療法がなく、病気への社会不安が強かった。1942年プロミンが非常に効果のある特効薬であることが確認され、戦後、治療が劇的に変化した。しかし、その後も1996年の『らい予防法』の廃止まで、ハンセン病の強制隔離政策は延々と続けられた。当時、厚生大臣であった菅直人は、法の廃止が遅れたことを謝罪したが、それまでの国の政策の誤りについては一言も言及しなかった。そこで、1998年に九州の元患者らが原告となり、国の誤りを正式に認めさせるため国家賠償請求訴訟を起こした。当初はわずか13名であった。当時の厚生省では医官も事務官も含め国家権力に楯突く「一部の跳ね上がりの元患者が訴訟を起こしたが、無視する存在である」との認識であった。しかし、2001年  5月の熊本地方裁判所の判決は、政府の『らい予防法』と政策による非行を断罪した。厚生労働省、法務省の官僚たちは「国家の無誤謬性」を否定する判決に動揺し、「控訴して当然」という雰囲気があったが、政治家主導で控訴を断念、判決確定後、小泉首相が謝罪、衆参院で謝罪決議が採択された。

今回、政府が提案した『感染症法改正案』における【懲役刑】・【罰金刑】は、この『感染症法』の成立と熊本裁判の経緯を根本から無視するものである。国は裁判では敗訴したものの、戦前から連綿と続く人権無視・強制隔離思想には何の反省もないことが図らずも明らかとなった。

3 「無らい県運動」の過去を反省しない全国知事会の低い人権意識

全国知事会が1月9日に政府に出した『新型コロナウイルス感染症緊急事態宣言を受けた緊急提言』において、「保健所による積極的疫学調査や健康観察、入院勧告の遵守義務やこれらに対する罰則」を求める文言が入った。しかし、この提言には、過去の「無らい県運動」の反省がすっぽり抜け落ちている。「無らい県運動」は1930年代から1960年代にかけて、すべての「らい病」患者を療養所に隔離・強制収容し、在宅患者等を県内から一掃しようというものであった。運動は徴兵においてハンセン病患者を徹底して排除し、“強力な軍隊”つくろうとしたものであり、内務省=都道府県の官僚組織と警察機構が動員され、官民が一体となって患者を摘発し強制的に療養所へ送り込んだ。ハンセン病患者を市民が発見した場合、警察などへ通報して患者を強制収容することを奨励された。戦後も「無らい県運動」は厚生省の通達により、予防事業を強力かつ徹底的に実施するように求められ、都道府県・保健所を中心に展開された。1958年には療養所の収容人数はピークに達した。

もし、今回【懲役刑】その他の罰則により、隔離・強制収容を行うならば、1998年につくられた『感染症法』のを趣旨を根本的にひっくり返すものであり、「警察権力にくっつく保健師」に戻すということとなり、この間、住民との信頼関係で成り立っている地域の保健活動が、根底から崩されてしまう(橋本英樹東大教授(公衆衛生学)「罰則は、効果がないどころか公衆衛⽣を破壊する」buzzfeed news2021.1.15)。

1990年代~2000年代、各県においてハンセン病元患者の「里帰り事業」というものが展開された。療養所から一時的に各県内の地元に里帰りするという趣旨であるが、もちろん出生地には帰れない。帰れば家族や親戚一同に“迷惑”がかかる。そこで、バスで療養所から各県に1泊2日や2泊3日程度の移動して地元の観光をしてもらうというもので、もちろん宿泊場所も民間旅館・ホテルは受け入れ拒否なので厚労省が所管する社会保険関係の宿泊所を利用する。そこで主催者である県が慰労会を開く。ある時、出席した幹部の1人は、事業を担当する保健師の職員に「○○さん、ところでうつらないんだろうね」と質問した。元患者であると説明しているにも関わらずである。これが、医学的知識のある(?)官僚組織の根強い差別の実態である。熊本裁判後、各県の知事は元患者に「無らい県運動」を謝罪するために療養所を訪れたが、全国知事会の今回の声明を見るかぎり形式的な謝罪に過ぎないことは明らかである。

4 ただただ「罰則」ありきの『感染症法』改正を巡る大混乱で法理論はぐちゃぐちゃ

郷原信郎弁護士は、現行『感染症法』19条は、感染者に対し「勧告」に従わない場合には、都道府県知事として、入院の「命令」が出され、それに応じない場合に、都道府県知事(所管の保健所職員)が入院させることができるとされている。感染症法では、勧告に従わない者は、いきなり「入院させることができる」との規定により「入院措置」をとることができることになっている。現行法で、「入院勧告」に従わない場合に、本人の意思によらない「強制的な入院措置」をとることを認めているのに、「入院拒否」に対する罰則を適用することの意味がわからない。「罰則の導入以前に、「勧告」「入院措置」の制度の関係やその法的性格自体が曖昧であることに重大な問題がある。その点を明確」にすべきであると述べている(郷原信郎:201.1.25)。

「入院勧告」「入院措置」の関係すら明確ではないという法律の体系的な不備があるのに、それに目を背けたまま、政府の感染症対策の失敗の連続を糊塗する目的で、入院拒否等への罰則の導入が行われようとしている。「行政罰としての過料」は、「行政上の義務」に違反した場合に科されるものだが、今回、「入院拒否」「入院者逃亡」に対して科される「過料」の前提となる「行政上の義務」というのは、いかなる法律上の根拠によって生じるのかという点だ。「入院措置」が、本人の意思に関わりなく行われる「即時強制」だとすれば、強制的に入院させられる者には、入院すべき「行政上の義務」は生じない。要するに、行政側が一方的に「入院措置」ができるので、患者には「行政上の義務」が生じないものに過料が科されるのか?与野党の修正協議では、この法律の構造上の問題が議論されていない。

郷原信郎弁護士は「本来、内閣提出の法案については、内閣法制局の審査が行われるはずだ。そして、罰則付きの法案については、そもそも、感染対策の面から全く必要がないどころか、かえって感染拡大のおそれすらある上に、法律の措置体系との関係からも疑問がある罰則導入の法案を閣議決定し、国会提出したこと自体に重大な問題がある。法務省刑事局の「罰則審査」が行われ、改正法の内容、罰則の必要性、罰則の構成要件の明確性、法定刑の相当性などが審査される。今回の感染症法改正案による罰則導入については、一体どのような審査が行われたのだろうか。「入院措置」がどのような場合に、どのような要件で実施されるのかを十分に確認したのだろうか。そもそも、感染対策の面から全く必要がないどころか、かえって感染拡大のおそれすらある上に、法律の措置体系との関係からも疑問がある罰則導入の法案を閣議決定し、国会提出したこと自体に重大な問題がある。感染法を所管する厚労省が、罰則導入の必要性を判断し、検討した上で法案を提案したようには思えない。度重なるコロナ感染対策の失策を挽回すべく、官邸主導で罰則を導入しようとしたのであろうか。」と指摘する(郷原:2021.1.29)。与野党協議を含めてぐちゃぐちゃである。新型コロナ対策は医療体制でも、PCR検査でも崩壊しているが、法理論的に崩壊している。

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  1. 高木ヒロシ(愛知県議会議員) のコメント:

    今回の感染症法改正議論が、ハンセン病やエイズに対する人権上の重大な過去の教訓を踏まえぬものだったことは、大きな問題。刑事罰を削除させたことは当然としても、行政罰が残り、感染症対策と人権の基本問題が深められていないことに強い危機感を持ちます。しかも、この改正が「全国知事会の要望」に基づくものだったことは、県議会で知事に問いただす必要があると思います。

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