<<「トランプ騒乱」がもたらしたもの>>
トランプ前米大統領が目論んでいた、政権居座りクーデターの一連の策動は、1/6のお粗末な議会襲撃という「トランプ騒乱」によってことごとく失敗してしまったうえに、次回大統領選に向けたトランプ氏再起の基盤まで大きく損ねてしまった。トランプ氏は前回2016年のの6900万票を上回る7400万票も獲得しながら、バイデン氏の8100万票に700万票の差をつけられ、「票が盗まれた」とするトランプ氏のから騒ぎはことごとく退けられ、身内からさえ見放され、敗退したのである。
経済危機の進行と格差拡大をより一層進行させる自由競争原理主義の破綻が、パンデミック危機と結びつくことによって、1930年代経済恐慌を上回る深刻な事態に直面して、トランプ氏は、今やバブルと化し、マネーゲームと化してしまった史上最高値の株高を自慢するだけで、パンデミック危機を放置、拡散させてしまった、その必然的帰結がトランプ氏の敗北であった。そこに根本的な敗北の要因があったことが第一であろう。しかも、トランプ氏は、この危機を回避し、克服する路線を何も提起できず、代わりに打ち出したのが民族主義的差別感情を煽り立てるアメリカン・ファースト、アメリカ第一主義路線であった。それは、必要不可欠な国際的協力を台無しにするばかりか、アメリカ社会を構成する多様性に富んだ現実を無視した、差別主義に媚びを売る、Qアノン(QAnon)をはじめとする陰謀論を蔓延させ、分断と分裂、暴力を煽る、その底の浅い路線であった。11月の選挙では、数十人の自称QAnon信者が立候補し、2人が当選している。
そうした陰謀論や「票が盗まれた」論の頂点が1/6の「トランプ騒乱」であった。しかし、ペロシ下院議長の机上に土足の足を投げ出して悦に入るなど、その児戯に等しきお粗末さを露呈させてしまったことによって自ら墓穴を掘り、これまでの根強い支持層からさえ見放される事態を招いてしまったのである。
この事態の中での唯一の救いは、トランプ氏が政権居座りのために隙あらばと画策していた対イラン、対中国の軍事的威嚇・挑発行為までが封じ込められてしまい、世界的な軍事的危機へのより一層危険な展開が抑え込まれてしまったことであろう。爆撃機や軍艦を徘徊させはしたが、取り返しの利かない軍事的危機は何とか回避されたのである。
しかし、そうした路線がもたらしたアメリカ社会と国際社会の亀裂と分断を修復することは容易なことではない。事態を転換させ、経済危機とパンデミック危機を克服する根本的な政策転換、ニューディールこそが要請されているのである。
<<「2000ドル小切手」の裏切り>>
果たして、バイデン新政権はこの要請にこたえられるのであろうか。
バイデン新大統領は就任早々、トランプ政権の負の遺産を取り除くために「10日間の電撃」計画を策定、「新型コロナウイルス危機、経済危機、気候危機、人種的公平性の危機」という4つの危機の克服に向け、就任初日に数十の大統領命令に署名、約12のエグゼクティブアクションに乗り出したという。それらの中には、1月31日以降の学生ローン、立ち退きのモラトリアムの延長、フェイスマスクの着用を義務化する「100日マスキングチャレンジ」、連邦最低賃金の1時間15ドルへの引き上げ、女性に対する暴力、および投票権に関する法案、などが報じられている。そしてより包括的には、今回新たに発表した1.9兆ドルに及ぶ救済・刺激策が提示されている。
いずれもトランプ前政権と比較すればより前向きなものと評価できよう。しかし、4つの危機の筆頭、新型コロナウイルス危機対策を取り上げただけでも、ウィルスの最も深刻な打撃を受けている低所得者層、無保険に追い込まれている膨大な失業者、被害が過重な黒人・ヒスパニックなど人種的不平等を克服する対策は明示されていない。それどころか、パンデミック危機の中だからこそ切実な要求に浮上し、世論調査でも最も要望の強いメディケアフォーオール(国民皆保険制度)に対して、バイデン政権は頑強に拒否しているのである。今や世論の圧倒的支持が拡大し、共和党支持者でさえ過半数以上が賛同し、議会でもメディケアフォーオール法案への共同署名者が100人以上を超えているにもかかわらず、バイデン氏は、この法案への反対を明確に表明し、可決された場合は法案を拒否することを明らかにしている。超党派の議会予算局の詳細な試算によると、メディケアフォーオールは実際に年間最大6500億ドルの医療費を節約できることを明らかにしているにもかかわらず、である。バイデン氏と民主党に莫大な選挙資金を提供してきた保健・医療産業業界によほどがんじがらめに縛られ、忠誠を尽くしているのであろう。これでは、パンデミック危機の克服は遠のき、圧倒的な世論と運動の力で追い詰められない限り、バイデン政権にニューディールなど期待できないし、いずれ選択を迫られるであろうが、危機克服はままならないと言えよう。
さらにバイデン政権の今後の姿勢を象徴するのが、上院議席を50:50のタイに持ち込み、上院議長を務める副大統領が1票を投じるルールによって過半数を占められることとなった南部ジョージア州での上院選決選投票(今年1/5)の際のバイデン氏の選挙公約「2000ドルの小切手」問題である。バイデン氏は、有権者に「(コロナ対策特別支援の)2,000ドルの小切手が必要な場合は、民主党に投票する必要があります。共和党に投票した場合、2,000ドルを獲得することはできません。」と訴えていたのである。当然、決選投票の最終段階でこの「2,000ドルの小切手」が繰り返し連呼され、その結果として民主党のラファエル・ワーノック牧師とジョン・オソ
フ氏は、当選したのである。
しかし、1.9兆ドルの刺激策で明らかになったのは、2000ドルではなく、1400ドルへの減額であった。何の説明も弁明もなく、舌の根も乾かな
いうちに公約を反故にしたのである。意図的かやむを得ずか、明らかな利益誘導であり、なおかつ「裏切り」である。事実、ジョージアの有権者はこれを「裏切り」と非難し、急カーブでの怒りが蔓延していると報じられている(January 20, 2021 popularresistance.org)。危機の克服どころか、有権者を欺くという危機を激化させているのである。
危機克服には、根本的な政策転換が必要であるが、バイデン新政権には、多くの前向きな変化が期待されながらも、中道主義で逡巡し、美辞麗句で危機を覆い隠す悪しき兆候がすでに見え隠れしていると言えよう。
(生駒 敬)