【投稿】「脱炭素」茶番劇と新エネルギー基本計画
福井 杉本達也
1 大山鳴動・何も決まらない新エネルギー基本計画の原案-原発も帳尻合わせ
経済産業省は2021年7月21日、新しいエネルギー基本計画の原案を公表した。目標の2030年度において、総発電量のうち再生可能エネルギーで36~38%、原子力はこれまで同様の20~22%を賄うというもので、再生エネの内訳は太陽光が15%、風力で6%、水力で10%などを想定。原案には『再生エネ優先の原則で導入を促す』と明記し」、30年度で19年度の2倍に増やす(日経:2021.7.23)。しかし、原発の新増設や建て替え(リープレス)も明記しなかった。これに対し、原発推進の橘川武郎国際大教授でさえ「リアリティーに欠け大きな禍根を残す…(電源構成案は)…率直にいって帳尻合わせだ」と酷評した(日経:同)。原発は30年度には電力から申請のある27基をフル稼働する必要がある。しかし、不祥事の相次ぐ、東電柏崎刈羽原発などは再稼働のめどはたっていない。また原案では、原発は「可能な限り依存度を低減」するという文面は残っている。一方、19年度の発電量の32%は石炭火力である。二酸化炭素の排出量が多いとして古くて効率の悪い石炭火力の休廃止を進めているが、それでも30年度では19%を計画に組み込む。
2 古い原発を80年間(「60年超」)も運転
2021年7月16日の福井新聞は「政府が原発の運転に関する「原則40年問、最長60年間」の法定期間の延長を検討していることが15日分かった。自民党や経済界の一部が求める新増設やリプレース(建て替え)は、世論の強い反発が予想されるため見送り、既存原発の長期的な活用を模索する。来年にも原子炉等規制法改正案をまとめる方向で調整する。ただ老朽化により安全性への懸念が強まることは避けられない」と報じた。政府は2012年6月、原子炉等規制法を改正し、原発の運転期間を原則40年と定めた。例外として原子力規制委員会が審査して認めれば、1回だけ最長で20年延長できる。さる6月23日に再稼働した2004年8月に二次系大口径配管破断事故を起こした関電美浜3号(参照:福井新聞:事故写真)が国内初の40年超運転である。だがここにきてさらに20年の再延長が浮上した。合わせて80年間も運転することになる。菅政権は昨年、50年の「脱炭素社会の実現」を打ち出した。目標達成には、排出量の4割を占める電力部門の対応が鍵を握る。約30基の原発は必要というが、建設中の3基を含め36基。全ての原発を例外的に最長20年延命させても寿命を迎え、50年に23基、60年には8基だけになる。新増設や建て替えには世論の反発が強い。「経産省幹部は。不祥事の続発を背景に『新増設やリプレース(建て替え)を前面に打ち出すのは難しい状況だ』と認める。発電量の水準を保とうとすれば運転期間を長くするししか道はなく、『延命』の選択は苦肉の策」である(福井:2021.7.16)。政府は、来年にも法改正案をまとめる意向である。しかし、古い原発を使い続ければ事故の危険性はさらに高まる。もちろん耐震性も低いままである。いま、関電美浜原発構内ではテロ対策施設工事のため足の踏み場もない。工事が完成しなければ、無理やり再稼働した原発もすぐ停止することとなる。2004年の事故は配管が運転開始から28年間、一度も点検されなかったことが原因だったことをすっかり忘れてしまっている。
3 勝算もなく打ち出した50年「脱炭素社会の実現」
菅首相は今年4月22日の温暖化サミットで、30年度に温室効果ガスを13年度比で46%削減するとの新たな地球温暖化対策の目標を掲げた(50年実質ゼロ)。掲げたといえば聞こえが良いが、何の勝算もなく欧米に無理やり言わされたというのが正解である。達成には、二酸化炭素(CO2)排出量の4割を占める電力部門の対応が鍵を握る。特に排出量は石炭と石油だけで発電部門からでるCO2の過半を占める。これを全廃しなければ46%削減はおぼつかない。この発電量を賄うのに原発が必要というが経産省の論理である。ところが、19年度の電源構成は火力が75・7%、再生エネが18・1%、原子力はわずか6・2%というのが現実である。
経産省では「脱炭素宣言」を原発再稼働の好機ととらえたが、足元はおぼつかない。逆に温暖化ガス削減に向けて政府が6月4日にまとめたグリーン成長戦略では、原発を「引き続き最大限活用していく」との表現が削除されてしまった。閣内で小泉環境相や河野規制改革担当相が反対したといわれる。昨年12月に策定したグリーン成長戦略 では、原子力は「確立した炭素技術。可能な限り依存度を低減しつつも、安全性向上を図り、引き続き最大限活用していく」と記載されていた。「確立した炭素技術」という表現さえなくなった(福井:2021.6.4)。カネのために先に関電美浜3号、高浜1・2号の40年超原発の再稼働に同意した福井県の杉本知事は梯子を外され、江島経産副大臣に対し「『大変驚いている』と述べ、経産省の認識をただした。」(福井:2021.6.10)。先の読めないなさけないやり取りである。
4 「脱炭素」は欧米金融資本の茶番劇
温暖化サミットにおいて、欧州委員会は、どういった事業が温暖化防止に貢献するかを示す基準「EUタクソノミー」を公表した。金融機関や企業に詳細な基準を明示し、企業経営や金融商品のグリーン化を目指すとする。それぞれの事業がどういった基準ならば「グリーン」と判別されるかを明示している(日経:2021.4.23)。「まるで『闘魔(えんま)大王』みたいに企業が選別される」。このような受け止め方が広がる。欧州発のルールが世界の潮流となる。欧州各国によるガソリン車の販売規制の表明を「欧州自動車メーカーのディーゼル不正を機に欧州が有利になるようなルールに変えてしまった」と伊藤忠総研の深尾三四郎氏は指摘する。PHVはEVよりもCO2排出量は少ない。しかし、EU基準ではアウトとなる(日経:2021.7.24)。日本は勝手に競争の土俵を変えられ、変えられた土俵の上で競争せざるを得なくなる。「脱炭素」とはWTOの枠外での新たな貿易障壁である。それを何の交渉もすることなく、のほほんと受け入れる我が国の首相とはいったいどこを向いているのかを考えざるを得ない。
5 ドイツは自力で米の圧力を跳ね除けノルドストリーム2を完成させる
EUの強いルールにおいても「電力部門では判断を先送りした分野もある」。「石炭火力発電は一律にタクソノミーの適用外としている。天然ガスと原子力については結論を先送りにした。天然ガスを巡っては、ポーランドなど東欧諸国を中心に脱石炭を進める上で当面は認めるきだと訴える」(日経:2021.4.23)。自国にとって都合の良い分野では相手国に押し付け、自国に都合の悪い分野についてはルールを断固として拒否するのである。
7月21日、米独政府はドイツとロシアを結ぶパイプライン計画(ノルドストリーム2)について、米が計画を容認すると発表した。米独は計画を巡る長年の対立に終止符を打った。ロシアから欧州向けのガス供給をめぐっては、ウクライナを経由するパイプラインがある。 ノルドストリーム2はバルト海に敷設されたため、ウクライナを迂回できる(日経:2021.7.21)。これまで米国は欧州(ドイツ)とロシアを分断するため、ロシアからのウクライナ経由のガスの安定供給を執拗に妨害してきた。ウクライナでのオレンジ革命・マイダン・クーデターなどでロシアの下腹部を攻撃してきたが、それが最終的に失敗したことを宣言したのである。今後、ウクライナは米国にとってさして重要な国ではなくなる。単なる破綻国家に戻る。ドイツは日本のような帳尻合わせのエネルギー計画は立てない。何十年にもわたる長期的なエネルギーの安定供給を重視する。欧米金融資本に恫喝されてその場しのぎのエネルギー計画を作成したり、数字合わせに旧式原発の再稼働を試みたりすることはない。