【投稿】ロシアのウクライナ侵攻―孤立するのは米欧
福井 杉本達也
1 国連総会決議で米国の孤立が明らかに・バイデン氏は棄権したインドを批判
NHKの3月3日昼のニュースは「ロシアによるウクライナへの軍事侵攻をめぐって開かれていた国連総会の緊急特別会合 で、ロシアを非難し、軍の即時撤退などを求める決議案が賛成多数で採択されました。決議案には欧米や日本など合わせて141か国が賛成し、ウクライナ情勢をめぐるロシアの国際的な孤立がいっそう際立つ形となりました。」と伝えた。あたかも、ロシアが国際的に完全に孤立したかの報道であるが、そのすぐあと、「アメリカのバイデン大統領は2日、決議案が賛成多数で採択されたことについて、中西部 ウィスコンシン州で行った演説の中で『141か国がロシアを非難した。いくつかの国は棄権した。中国は棄権した。インドも棄権した。彼らは孤立している』と述べ棄権した35 か国のうち中国とインドを名指しで批判しました。」と報じた。対立する中国はさておくとして、「クワッド」に取り込むとしてきたインドを名指しして批判した。これは米国の焦りである。インドは既に安保理決議において、中国・UAEと共に棄権している。このほか、南アフリカやパキスタン・ベトナムなども棄権した。また、ブラジル・メキシコやNATO加盟のトルコなども経済制裁に加わるつもりはないと宣言した。世界地図を広げれば、賛成は欧米など一部諸国に限られる。孤立したのはロシアではなく米欧諸国である。
2 中国の立場
中国の王毅国務委員兼外交部長はウクライナ問題に対する中国の基本的立場について2月25日に次の5点を挙げた。①各国の主権と領土保全を尊重、保障し、国連憲章の趣旨と原則を確実に順守すること、②北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大が5回連続で行われている状況の下、ロシアの安全保障面の正当な訴えは当然重視され、適切に解決されなければならない。③各国が必要な自制を保ち、ウクライナの事態が引き続き悪化し、制御不能になることを避けることだ。④ウクライナ問題の推移には複雑な歴史的経緯がある。ウクライナは東西の意思疎通の懸け橋となるべきで、 大国の対決の最前線となるべきではない。中国はまた、欧州とロ シアが欧州の安全保障問題について対等に対話すべき。⑤安保理が取る行動は火に油を注ぐものではなく、緊張を鎮静化させるものであるべきで、情勢をさらにエスカレートさせるものではなく、外交的解決 の促進に役立つものでなければならない。このため中国は安保理 の決議がすぐに軍事的措置と制裁を認める国連憲章第7章を持ち出 すことにこれまでずっと賛成していない。(新華社:2022.2.26)というものである。
元外務省国際情報局局長の孫崎享氏は中国の①「各国の主権と領土保全の尊重」については、「元々、住民の自決(東部の独立)を主張するロシアと、台湾問題で『国家の一体』を主張する 中国では、180度立場が異なっている。」(2022.3.2)としているが、どうであろうか。台湾の「住民の自決」については「カッコ」がつかざるを得ない。台湾は元々、日本が日清戦争で中国から略奪したものであり、カイロ宣言(=ポツダム宣言)で中国に返還されるべきものであった。それが、朝鮮戦争を契機に、米国に実質上占領・属国化された状態にある。今も米国は武器を大量に買わせ緊張を煽り・干渉している。3月2日、元国務長官のポンペオ氏が台湾を訪問したが「今回の台湾訪問は、火をつけてあおり立て、台湾海峡情勢を緊張させ、台湾民衆の利益を害する以外、いかなる役割も果たさない」(CRI:2022.3.3)と干渉を厳しく批判している。中国のいう「国連憲章の順守」とは形式論ではない。武器を大量に持ち込み、「独立」を扇動するような場合は「順守」ではないということである。中国とロシアの立場は異なるが、米国の「火に油を注ぐ」行為に対しては厳しい。バイデン氏は国連総会での「棄権」した中国を名指し、ウクライナ侵攻におけるロシアへの肩入れを批判したが、批判されるべきは米国の行為である。
3 欧州ガス 遠い「あと1割」
3月3日の日経は「欧州ガス遠い『あと1割』」とい見出しで、 北米・アフリカから最大限かき集めたとしても、消費量の1割・4000万トン程度が不足するとしており、液化天然ガス(LNG)の奪い合いは価格高騰を招きかねないと書いている。1割でも不足するなら、電気やガス・暖房など欧州の生活は成り立たない。ようするに、現在の4割を占めるロシアからの天然ガスを遮断するすることは、欧州の“自殺”を意味する。米国の狙いの1つは、ロシアからのガスを遮断して欧州を完全に自らの支配下に置き、かつ、ロシア産の3倍の価格のガスを売りつけ、その競争力に大打撃を与えることにあったが、どう計算してもロシアのガスの代替は見つからず、止められないということが明確になったということである。記事の最後にドイツのショルツ首相は方針転換もやむを得ないとして、「これまでは問題外だった閉鎖予定の原子力発電所の運転延長」も検討するようだ。連立与党の1つ・緑の党は脱原発を旗印にしていたはずだが、米国と同様見境がなくなった。
4 SWIFT機能せず
欧州ガスの供給ができたいことが明らかであるため、EU は「国際銀行間通信協会(SWIFT)からロシア銀行最大手のズベルバンクとエネルギー部門のガスプロムバンクを排除しないとの決定を下した。他の大手7銀行を排除したことをもって、フォンデアライエン欧州委員長は「これはEUの歴史上、最大の制裁措置だ」と大見えは切ったものの(日経:2022.3.3)、ロシアへの経済的敗北であり、事実上のSWIFTの抜け道を作り、破綻した。米国に脅かされるままにロシアへの経済制裁の大太刀を大上段に振り上げたところ、刀を自らの足元に落としてしまったといえる。
5 サハリン1・2の権益は守り抜けーイラン「アザデガン油田撤退」の二の舞になるな
ロシアとの石油共同開発する米エクソンモービルがサハリン1から撤退するという。また、英シェルも天然ガスを共同開発するサハリン2から撤退すると発表した。サハリン1には経産省と伊藤忠・丸紅が出資しており、また、サハリン2には三菱商事と三井物産が出資している。サハリン2からのLNGは日本にも輸出されており、日本のLNGの8%を占める。 小谷賢・日大教授「ロシアや経済に配慮して動きに乗り遅れれば、米欧諸国から協力を得られなくなる」(日経:2022.3.3)と米国の意向を代弁し、日経の記事もそれをよいしょするものとなっている。もし、8%ものLNGが輸入できなくなれば、日本の電力や工業生産は大打撃を受けることとなる。日本の“自殺”行為である。岸田政権は米国の代弁者の挑発に乗ることなく「経済に配慮」しなければならない。米国の目的はロシアの制裁だけにあるのではない。日本の工業生産力を削ぐ・経済制裁もその目的である。かつてのイラン・アガザデガン油田の権益を売り払い撤退してしまった失敗を二度と繰り返してはならない。米英石油メジャーが撤退するのは、経済制裁の一環ではない。ソ連崩壊とその後のエリツィン政権下の経済大混乱期おいて、オルガルヒのホドルコフスキーやベレゾフスキーによって、国営の石油会社やガス会社が乗っ取られ、ただ同然に米欧のメジャーに売り渡され、ぼろ儲けされ、その後、プーチン政権下において、ロシア側が51%の支配権を取り戻したという経緯がある。儲けの取り分が少なくなったから撤退を表明したに過ぎない。万一、日本が米国の圧力により権益を手放すことがあれば、その権益は中国や韓国の資本に渡る。日本は暴騰したエネルギー価格の支払いに四苦八苦することになろう。
6 情報戦・日本でも少しずつまともな情報も
鳩山由紀夫元首相は「忘れられてる事実がある。東西ドイツ統一の時、嫌がるソ連を納得させるため、米独はNATOをドイツから東に1インチも拡大させないと約束した。ところが約束は破られNATOは東方拡大し遂にウクライナまで近づいた。G7側はドイツ統一の時に約束したようにこれ以上緊張を高めることはしないと言うべきだ。」と述べている(2022.2.22)。多少荒っぽい表現だが、元東京都知事の舛添要一氏はウクライナのゼレンスキー大統領の対応について「もう少しずる賢くて上手ければ(NATOに)『入らないからご安心ください』といって裏でアメリカと手を握る。それをやらないで『入るぞ』とやれば、傷を負った熊に石を投げているようなことをやる。…だからゼレンスキーは能力がない」(ABEMA TIMS 2022.2.28)と述べている。また、経済評論家の植草一秀氏は「NATOは軍事同盟であり、旧ソ連邦にまでNATOが東方拡大することはロシアにとっての重大な脅威になる。しかし、ウクライナのゼレンスキー大統領はウクライナのNATO加盟方針を明言し、NATO諸国に加盟の早期許可を強く求めてきた。その裏側にバイデン大統領の強力な誘導がある。」と書いている(植草:2022.3.1)。右翼系の一水会は「米国とNATOは現在ウクライナへの派兵は不検討。だが、米国は2014年以降、ウ側に54億ドル(約6240億円)の軍事援助を続けてきた。バイデン大統領になってからは3億5000万ドルを追加承認し、議会にも64億ドルの予算要請。隣国ウクライナにこれだけ莫大な軍事費が流れ、どうしてロシアが座視できようか。」(2022.3.1)「もとより反ロ感情が強いわが国で、現下報道は反ロ一色に塗りつぶされ、メディアスクラムは同調の『空気』を醸成。西側の価値観だけではなく、ロシアにはロシアの言い分がある。事実を根拠に双方の主張を公平に見るべきだ。」(2022.3.3)と述べている。衆参のロシア非難決議に賛成する与野党議員よりよほど正論である。
米国でも有名な投資家ジム・ロジャーズ氏は「ワシントンは戦争を欲しているようだ。ワシントンの政治家は無能でどうしようもない。ビクトリア・ヌーランドという名前の官僚の女性がウクライナにおける2014年のクーデターを支援し、今の反ロシアかつ親ビクトリア・ヌーランドのウクライナ政権を打ち立て、それが今まで尾を引いている。そして彼女は今また争いを煽っているようだ。彼女がそうする理由はよく分からない。考えてみてほしいのだが、もしロシアがアメリカの真下にあるメキシコと軍事同盟を結んだりすれば、アメリカ人だって激怒するだろう。それがアメリカのやったことだ。」(Wall Street Silverのインタュー 2022.2.28 インタビューはウクライナ侵攻前)と述べている。
極め付きは、ドナルド・トランプ前大統領の演説である。立ち位置は当然異なるが「ウクライナへ侵攻したウラジミール・プーチン大統領を『賢明だ』と賞賛した。保守政治行動会議(CPAC)での演説で、トランプ氏は『弱い』ジョー・バイデンや『あまり賢くない』NATO諸国を批判した。トランプ氏は、本当の問題はプーチン氏が賢いことではなく、『我々の指導者が馬鹿であること』だと述べた。」(Business Insider Japan:2022.2.28)。トランプ氏の言葉から読み取れることは、米国の国内世論は分裂しているということである。バイデン氏のもう一つの目的は中間選挙と自身の支持率回復のためにロシアとの緊張を煽り、世界を第三次世界大戦の瀬戸際に追いやろうとしていることである。バイデン氏はロシアを攻撃する最も注意を払うべき一般教書演説において「Putin may circle Kyiv with tanks but he’ll never gain the hearts and souls of the Iranian people」(プーチンはキエフを戦車で取り囲むことは出来ても、イラン人の心と魂を手にすることは無いだろう。)と演説した。「馬鹿な指導者」の危険な口車に乗せられてはいけない。