【投稿】ウクライナ侵攻によって世界経済は「マネー」から「モノ」へ―ドル基軸通貨体制崩壊の兆し
福井 杉本達也
1 米欧によるロシア大手銀行のSWIFT排除・ロシア中央銀行資産を窃盗
ロシアのウクライナ侵攻に対し、米欧は2月26日、国際銀行間通信協会(SWIFT)からロシアの大手銀行を締め出し、ドルばかりでなく円、ユーロ、人民元などあらゆる通貨との決済を不可能にする。また、ロシア中央銀行も制裁対象に加え、ロシアの外貨準備を使えなくして為替介入(外貨売り・ルーブル買い)により通貨ルーブルの防衛を困難にすることによって、ルーブルの急落させ、インフレ加速、景気悪化によってロシア経済を破壊し、ロシア国民の不満を醸成して厭戦ムードを高めようとするものである。ロシアの外貨準備高は2021年末で6300億ドルといわれるが、この半分の3000億ドルが凍結(欧米により窃盗)された。
2 欧州はロシアからの天然ガスがなければ耐えきれない
欧州のガス輸入量の4割はロシアに頼っている。3月1日に米国を訪問したドイツのロベルト・ハベック経済相は「我々は西側自身が耐えきれないような制裁、世界経済に損害を与えるような制裁、そして3日後に良い面しか見ていなかったと思うような制裁を講じないよう注視する必要がある。」と答えた(Sputnik 2022.3.2)。欧州で天然ガス危機への懸念が高まっている。「ロシア産ガスの供給が急減するリスクが浮上したためだ。途絶した場合、地理的に近い北米・アフリカから最大限、調達しても消費量の約1割(4000万トン程度)が不足する計算となり、この捻出が焦点だ。液化天然ガス(LNG)の奪い合いは価格高騰を招きかねず、世界的な協調やエネルギー政策の転換も求められる。」(日経:2022.3.3)。このため、EUはロシア2位のVTBパンクなど7行をSWIFTの対象とし、最大手のズベルパンクは遮断を見送り、エネルギー貿易の決済を担うガスプロムパンクも対象外とした。ロシアからのガス供給が止まれば欧州全域が餓死するか今年の秋以降には凍死する。ウクライナ東部ドンバスでは一区画・一棟を争う激しい戦闘が行われているにも関わらず、幸いなことに、ウクライナを通過するガスパイプラインからはガス供給が行われている。ガスプロムは、1日にウクライナ経由で1億万立方メートル以上をEUに提供していると述べている(Sputnik 2022.4.3)。非常に奇妙な制御された戦争であるが、こうした事実は日本のマスコミでは全く報じられない。
3 ガスの支払代金はルーブルで
プーチン氏は3月23日、非友好国に対する天然ガス供給の決済について、ドルやユーロを含む通貨による決済を拒否し、ルーブル建ての決済へ移行すると述べた(Sputnik 2022.3.23)。プーチン氏は、米欧の経済制裁がドルとユーロをロシアにとって無価値なものにし、準備通貨に対する信頼感は霧のように消え失せたとした。ガスプロムバンクは、ヨーロッパの銀行のコルレス口座(海外の銀行との間で口座を開設しあい、その口座を用いて資金を振り替えることによって決済を行う。)でユーロを受け取るか、ヨーロッパの子会社があれば、ヨーロッパの中央銀行、例えばドイツ連邦中央銀行の口座でユーロを受け取ることができるが、この場合、ロシア中央銀行のユーロのように、受け取るユーロは凍結され盗まれる可能性が大である。それを防ぐため、ガスプロムバンクのような、認可されたロシアの銀行に口座を開設するオプションを提供している。買い手はガスの支払いをこの口座に転送し、銀行はルーブルの交換で販売し、買い手のルーブル口座に入金し、資金をガス供給者であるガスプロムに転送する。この場合、EUはユーロを売って、ルーブルを手に入れなければならない。ユーロは下落し、ルーブルは高くなる。この支払方法をEU側が拒否した場合、ガス契約は無効にされる可能性がある。非友好国が「ルーブルで支払わない場合、我々はこれをガス契約のデフォルトと見なし、その場合、既存の契約は破棄される」とプーチン氏は発表している。これは、世界的なエネルギー代金決済の非ドル化である。これまでのドル基軸通貨体制が、「ペトロダラー」(中東の石油産出国からのドルの米国への還流)によって支えられていたとすれば、「ペトロルブレイ」又は「ガスルブレイ」化である。また、4月1日にはロシアとインドの外相会談において、インドとの貿易決済では同国通貨ルピーの利用を進める考えを示した。ドル離れは益々進むと見るべきである。
4 原油もロシア産抜きでは世界経済が成り立たない
世界の原油輸出5%:日量500万バレルを占めるロシア産原油の穴埋めを急いでいる。4月1日付の日経「米国は過去最大となる石油戦略備蓄の放出を決め、シエールオイ一ルの増産を急ぐ。経済制裁下のイラン産輸出拡大や南米各国での増産にも期待がかかるが、短期的に手当てできるのはロシアからの輸出の半分程度にとどまりそうだ。」と書いている。その記事の中に不思議な図が添付されている。「OPECプラスの増産」、「イランの輸出再開」、「ベネズエラの輸出再開」という説明である。しかし、同日付の日経は、3月31日のOPECプラス会合は「増産を実質的に据え置いた。ウクライナに侵攻し米欧と対立するロシアとの協調の枠組みを重視し、米欧が期待した大幅な追加増産を見送った」と書いている。既に産油国など資源国では非ドル化の流れが進行しつつある。ロシアのように、いつドル建てなどの外貨準備金が凍結され盗まれるかもしれないと疑心暗鬼に陥っている。極めつけは、ソレマイニ―イラン革命防衛隊司令官を暗殺したイラン原油や政権転覆を図ろうとして失敗したベネズエラの原油輸出に頼ろうとするというのである。この図を見るだけで米国のエネルギー制裁の破綻は明白である。さらに、原油の世界は複雑である。ディーゼルおよび暖房油は、長い炭化水素鎖からなる。米国で生産するシェールオイルなどより軽いタイプの原油にはこれらが欠けている。ロシアのウラル原油がなければ、アメリカはディーゼルと暖房油を作る効率的な方法がない。