【投稿】国際金融資本とロシア「オリガルヒ」

【投稿】国際金融資本とロシア「オリガルヒ」

                           福井 杉本達也

1 英国はロシア新興財閥「オリガルヒ」の天国であり、戦争の元凶

ロシアのウラジーミル・プーチン大統領によるウクライナ侵攻に対し、米欧日は共同で、ロシア新興財閥「オリガルヒ」への圧力を強めている。資産の凍結や渡航禁止、取引禁止といった制裁措置に加え、不正行為の調査で協力する。米国を含む複数の国・地域で制裁対象になった個人は3月中旬時点で政治家や実業家など28人。プーチン大統領を支えるエリート層に打撃を加える(日経:2022.3.30)。英は3月10日、クレムリンと密接な関係を持つチェルシーFCオーナー、ロマン・アブラモビッチ氏や「アルミ王」オレグ・デリパスカ氏らオリガルヒ7人に資産凍結などをした。対象資産は推定150億ポンド(約2兆4000億円)。ジョンソン首相は「オリガルヒはもうイギリスに来ることも収入を使うこともできない。活動自体できないのだ」と語気を強めた。しかし、本当は英国こそが「これまで進んでロシアやウクライナのオリガルヒに手を貸し、戦争の遠因をつくってきた」のである(木村正人:「ロシアのオリガルヒへの制裁連発の英国、実は彼らにとっての『天国』だった」JBpress 2022.4.2)。

2 「ショック・ドクトリン」でロシアの資産を盗んだ「オリガルヒ」と米欧金融資本

ナオミ・クラインは、ソ連邦崩壊後の1990年代のどさくさにおいて、米欧金融資本の指示を受けた「オリガルヒ」がいかにロシアの国家・公共資産をかすめとったかを描写している。「オリガルヒ」は「エリツィンのシカゴ・ボーイズと手を組んで価値ある国家資産をほぼすべて略奪し、1カ月に20億ドルのペースで膨大な利益を海外に移していった。」「クウェートよりも多く石油を生産する巨大石油企業ユコスは3億900万ドルで売却され、現在の収益は年間30億ドルを超える。」「ごく少数の選ばれた者だけが、ロシアの国家が開発した油田を無料で自分のものにした」「ロシアほど資産に恵まれた国を略奪するには、議会への放火からチェチェン侵攻に至るまで過激なテロ行為が必要だった。」「クリントンとブッシュ(父)両政権にとっての対ロシア政策の明白な目標は、既存の国家を消し去って弱肉強食の資本主義社会が成立する条件を整え、活況に沸く自由主義経済に基づく民主主義をスタートさせることだった。」「既存の法や規制を組織的に取り除いて、はるか昔の無法状態を再現しようというのである。」「今日の多国籍企業は政府のプログラムや公共資産など、売りに出されていないあらゆるものー郵便局から国立公園、学校、社会保障、災害救済など公的な管理のもとにあるものすべて―を征服し奪い取る対象とみなす。」「オリガルヒの台頭は…工業国での“お宝探し”がいかに大きな利益をもたらすかの動かぬ証拠となった。」「ロシアの例がもたらした唯一の教訓は、富の移転がよりすばやく、より法の規制を受けずに行なわれれば、それだけ大きな利益が生まれるということだけだった。」と書いている(ナオミ・クライン『ショック・ドクトリン』上)。

3 タックス・ヘイブンの元締めとしてのロンドン・シティー

マーシャル・プランによる欧州へのドル供給と1950年代後半のユーロ・ドル取引がロンドンを再び国際舞台に帰り咲かせた。「スエズ危機をきっかけにシティは生き残りをかけ、大英帝国の心臓としてありとあらゆる器官に資金という血液を流し始めた。金融街のバンカーや弁護士、会計士は億万長者たちがオフショア口座に蓄財するのを手伝った。シティの金融・法律インフラは、かつて大英帝国が育てた怪しげな権力者が自国の資源を搾取し、不正蓄財するのに再利用された。」「英領バージン諸島、ケイマン諸島、イベリア半島南東端のジブラルタルを、国家や国民の財産の収奪者にとって格好の隠れ家として再生させた。狡猾な専門知識を駆使したペーパーカンパニーや金融商品を通じ、大富豪やグローバル企業が租税を回避できる抜け道をつくった。『われわれがやらなければ、他の誰かがやる。米ウォール街では許されない方法でお金を動かしたいならロンドンでやればいいというわけだ』(ブロウ氏)」「ロシアや旧ソ連圏の犯罪組織のマネーロンダリング(資金洗浄)に使われてきた。ロンドンは地球上で最悪の人々にへつらい、民主主義を腐敗させ、貧富の分断を広げてきた。」「ロシアのオリガルヒを取り締まるより、資産隠しと不正蓄財に進んで手を貸してきた」(木村正人:同上)。

タックス・ヘイブンの仕組みは中尾茂夫氏の解説によると「フランス在住の口座に、たとえばグーグル株式等の米証券を保有したとする。米国では、これは負債に計上される。しかし、スイスの銀行では何も記帳されない。スイスの会計士は、それをフランス人のものとして処理し、フランスでも何も記帳されない。」「世界規模で計上される負債は資産を上回るという『ブラックホール』を生み出す。」「その『ブラックホール』に隠蔽されている家計金融資産は、世界全体の8%(2013年末の数字で5.8兆ユーロ)という巨大さで、これがタックス・ヘイブンにあたる『失われた国富』」だという(中尾『世界マネーの内幕』2022.3.0)。ロンドンの底力は税逃れではなく、その秘密主義にこそある。英サッカー強豪のチェルシーが新オーナーの入札をする。現オーナーのロシア人資産家のロマン・アブラモピッチ氏が英の経済制裁の対象となったためであるという(日経:2022.4.16)。このような英国がロシア新興財閥「オリガルヒ」への圧力を強めているというのは真っ赤な嘘である。ロンドンがその地位を自ら揺るがすような真似をするはずはない。

4 「ロンドングラード」と国際金融資本の「偽善」

ロンドンで「オリガルヒ」の存在感は強く、「ロンドングラード」と呼ばれるようになった。シティは英国のGDPの20~30%を稼ぎ出すといわれる。シティには「オフショア」の金融市場が設置されている。英国以外の国同士の取引を行う市場のことであり、ロンドンではこうした市場の規制は極めてゆるい。その背後に「王室属領」といわれるマン島、ジャージー島、ガ−ンジー島といった島々を抱えている。これらは「政府」の領土ではない。独自の法律、税制を持っている。さらに、英領ケイマン諸島やバージン諸島なども抱えている。シティは、こうした構造の上で、世界の金融センターとしての地位を確保している。シティに集まったマネーが規制のゆるい市場で取引され、タックス・ヘイブンという「ブラックホール」に吸い込まれていく。この仕組みが金融立国としてのイギリスを支えている。「ブラックホール」に吸い込まれた資金はどこへ行くのか。個々の国家の陰影を消し去って、国際金融資本として資源国の資源を買い叩き、発展途上国の労働を買い叩き、「ハゲタカ」として先進従属国の企業を買い叩く。

広瀬隆氏によれば、ジョージ・ソロスがロシアへの投資に利用したのはタックス・ヘイブンの1つであるキプロスだった。「オリガルヒ」によって、「IMFの融資額の半分がロシアから消え、ロシアの膨大な資産がタックス・ヘイブンを通じて国外に流出した」(広瀬:『一本の鎖』ダイヤモンド社:2004.4.15)と書いている。その資金は再び国際金融資本としてロシアに再投資され、ロシアの石油・ガスを安く買いたたき、「海外からの利子・配当」として膨大な所得をかすめ取っていったのである。本来、民族資本として、ロシア国内に再投資されるべき資本が海外(国際金融資本)に流出してしまうのであるから、ロシア国内において資源以外の産業が育つはずもない。

同様のことが中国においても行われている。中国の公安当局は、マカオなどのカジノを通じて「毎年1兆人民元(約20兆円)が海外賭博のために持ち出されているという数字を示し、危険な状況を引き起こしている」と報告している(日経:2022.4.17)。香港問題の本質は、中国からの膨大な資金の流出の窓口としての香港というタックス・ヘイブンにある。

しかし、こうした米ドルといった「ペーパーマネー」が「現物(コモディティ)」を支配する時代は終わりつつある。The Economist紙でさえも「ロシアを非難し制裁にも加わっている国の人口は世界の3分の1にすぎない。ほとんどが西側諸国の国民だ。別の3分の1は中立の立場をとる国に住む。インドなどの大国や、サウジアラビア、アラブ首長国連邦といった米国の同盟国の中でも一筋縄ではいかない」「新興国も米国とその同盟国を利己的だと考える都合のいい時だげ連帯を求め、そうでなければ背を向けると捉えている」(日経:2022.4.19)と書かざるを得ない。もはや国際金融資本の「偽善」(The Economist 同上)は隠しようもない。こうした状況の中、ジョンソン英首相が、貴重な収入源としての「オリガルヒ」を経済制裁し、切り捨てることなどありえない。それは、「国際金融資本の危機」という自らの地獄への道を早めるだけだからである。

カテゴリー: ウクライナ侵攻, ソ連崩壊, 平和, 杉本執筆, 経済 パーマリンク

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