【投稿】参院選―高揚感なき大勝の自民党と、リアリズムが欠如する野党の敗北―

【投稿】参院選―高揚感なき大勝の自民党と、リアリズムが欠如する野党の敗北―

                         福井 杉本達也

1 安倍元首相の「暗殺」で、高揚感なき大勝の自民党

日経新聞は「参院選に大勝した岸田文雄首相に、高揚感はなかった。」(2022.7.12)と書いた。「もう一つの中心がなくなった。どうやって安定をつくるのか、考えないといけない」と岸田氏は漏らしたという。「もう一つの中心」は暗殺された安倍晋三元首相であり、「『楕円の理論』を参考にしてきた。二つの中心がある方が、一つよりも安定するとの考え」であるという(日経:同上)。

安倍氏は「戦後レジームからの脱却」、「日本を取り戻す」をスローガンに掲げて二度内閣を率いた。この「戦後レジーム」とは、白井聡氏の言葉を借りれば「永続敗戦レジーム」・「対米従属レジーム」であり、“戦後国体”としての「アメリカを事実上の頂点とする体制」である。しかし、安倍氏がこの米国を“主権者”とする「戦後国体」に全面的に楯突いたかといえばそうではない。安倍氏は「積極的平和主義」を掲げ、日米戦力の一体化(=自衛隊を米軍の補助戦力とする)を図り、米国の“弾除け”として「戦争をすることを通じた安全保障」を(表面上は)目指してきた。だが、その中で唯一、特異な外交がロシアとの関係強化であった。

2 対米従属下での安倍氏による矛盾に満ちた対ロシア外交の評価

安倍氏の支持基盤は自民党内というよりも、日本会議や神道政治連盟・統一教会といった党外の極右にあり、党外の支持基盤を背景に自民党を乗っ取った状態にあった。しかし、そうした安倍氏の支持基盤のイデオロギーとは裏腹に、任期中、安倍氏はロシアのプーチン大統領と27回も会談を重ねた。ロシアは長大な国境を持っている。中国を始め隣国と多くの領土問題を抱えていた。しかし、プーチン氏の時代にそのほとんどが解決し、唯一残ったのが日本の「北方領土」問題である。プーチン氏はこれを解決しようと安倍氏と交渉を重ねた。しかし、事務方として折衝した谷口正太郎氏が、ロシア側の「歯舞・色丹の二島を返還した場合、米軍基地は置かれるのか?」とのロシア側の問いに、「可能性はある」と回答したことによって、交渉は最終的に打ち切られることとなってしまった。

交渉中断まで。ロシア側が安倍氏を交渉相手として信頼していたかについて、佐藤優氏は「日米同盟の強化とともに、日米同盟の枠内で日本の独立を確保することを真摯に考え、そのためにロシアとの関係改善を図っていた。それを読み取っ」ていた。それがプーチン氏からの安倍氏家族への弔電に表れているとする。「私は晋三と定期的に接触していました。そこでは安倍氏の素晴らしい個人的ならびに専門家的資質が開花していました。この素晴らしい人物についての記憶は、彼を知る全ての人の心に永遠に残るでしょう。尊敬の気持ちを込めて ウラジーミル・プーチン」と書かれている。佐藤氏は続けて、「安倍氏は、ロシアが強くなることに賭けた。強いロシアと合意し、協力関係を構築する。アジア太平洋地域においてもロシアを強くする。それが日本にとって歓迎すべきことだ。地域的規模であるが、アジア太平洋地域において多極的世界を構築する。ロシアの弱さにつけ込むという賭けではなく、ロシアの力を利用し、強いロシアと日本が共存する正常な関係を構築することだ。これが、安倍が進めようとしていた重要な政策だ。」というモスクワ国際関係大学ユーラシア研究センターのイワン・サフランチューク所長の言葉を紹介している(プレジデントオンライン:2022.7.11)

これら一連の外交が気にくわなかったのが米軍産複合体やネオコンである。米外交問題評議会日本担当のシーラ・スミスは「明らかな失敗…1つはロシアのリーダー、ウラジミール・プーチン大統領に強くすり寄ったが何の結果も生み出せなかった」ことであり、安倍氏はロシアを中国から引き離し、ロシアとの戦後の領土問題を解決できると信じていたが、これは現実を知らない考えと見られているし、実際効果がなかった。アメリカでの見方では、同氏がプーチン氏と劇的解決を見出せると期待したのは、政治家として考えられない過ちであった。」と酷評した(『東洋経済オンライン』2022.7.11)。米国は安倍氏の面従腹背外交を何としてもつぶしたかったのである。

3 ブリンケン米国務長官の「弔問」は日本外交への脅し

米国のブリンケン国務長官が11日、岸田を表敬訪問した。訪問先のタイからの帰国途中に、予定を変更。安倍の死去を受け、弔意を表すために来日したと公式には発表されている。ブリンケンは「安倍氏は『自由で開かれたインド太平洋』という先見性あるビジョンを掲げた」と持ち上げたが、「自由で開かれたインド太平洋戦略」とは対中包囲網である。ブリンケンは岸田首相に対し、NATO諸国にならい、防衛費倍増しGDP比2%にすること、日米の軍事力一体化を進めることを念押しするために、わざわざ日本に立ち寄ったのである。さらに、岸田首相に「安倍氏のようになりたくないだろう」と暗に示すために立ち寄ったのである。

この間、岸田政権は中ロ両大国を敵に回した米軍軍産複合体に追随する愚策を繰り返しており、駐日ロシア大使館の外交官の追放まで行った。そのため、ロシアからの逆制裁を受け、サハリンⅠ・Ⅱなどのエネルギー権益を没収すると脅され、天に唾する結果を招来した。今後、冬に向かって、都市ガスの節約を呼びかける「節ガス」制度の設計をしなければならないところまでに追い詰められている(日経:2022.7.12)。7月12日付けの毎日新聞も「今回のロシアの動きは、対露政策を巡る日本の矛盾をつく形で『ロシアに試されている』(経済産業省幹部」との動揺が広がる)と書いている。国民に湯を沸かすエネルギーやリビングのあかりも灯せない、しかも、物価はどんどん上がる、にもかかわらず米軍産複合体に脅されて身動きも取れないというのでは、いくら参院選で大勝しようが、岸田政権は針の筵である。顔色が冴えないのも無理はない。

上記・佐藤氏の文章で、サフランチューク所長は「現在の日本政府は、別の政策をとっている。国際関係で米国との連携を強め、ロシアとの関係が著しく後退している。日本の主張は力を失っており、制裁でロシアを弱らせるという方向に傾いている。そのため短期的に、安倍氏の遺産は遠ざけられる。」(佐藤訳:同上)と書く。

リアリストのサフランチューク所長は、しかし、と続けて「中長期的展望において、安倍氏が提唱した概念の遺産、すなわち日本が世界の中で独立して生きていかなくてはならず、どのようにアジア太平洋地域の強国との関係を構築し、強いロシアと共生するのかという考え方は、日本の社会とエリートの間で維持される。いずれかの時点で、日本はこの路線に戻ると私は見ている。なぜなら、それ以外の選択肢がないからだ。」(佐藤訳:サフランチューク所長(同上)と述べている。佐藤氏は、最後に「安倍首相時代の日本外交は、一貫して対話重視であり、どこまでもリアリズムで戦略的でした」(同上)と結んでいる。

4 リアリズムが欠如する野党

元外務省国際情報局長の孫崎享氏は「参議院選で立憲、共産ともに敗北。護憲勢力たる両党がウクライナ問題で、糾弾・制裁のグループに入った時点で敗北は明確」(孫崎享:2022.7.11)と書いた。片山杜秀氏は「国際社会はロシアを非難しているという。だが、それは一種の戦略的レトリックだと承知しておく必要がある。むろん棄権国がロシア支持というわけではない。でも、ロシアと、その幾分の後ろ盾になっている中国の顔色を無視できない国々であるには違いない。しかも、金満国の米英や欧州連合 (EU)の主導する世界にあまり賛成でない国々でもあろう。世界の現実を見誤ると、持たざる国、日本の将来は危ういと思う。」(『エコノミスト』2022.6/11)と書いている。「アベ友」の一人:萩生田光一経済産業相は対ロ制裁について「勇ましいことを言う人がたくさんいるが、日本の国民の暮らしも日本経済も守らなければならない」と語った(日経:2022,6.11)。どちらがリアリストかは明らかである。逆制裁で明日の“タキギやメシ“にも事欠くような状況に国民を追い込もうと主張する政党に誰が投票するというのか。

カテゴリー: ウクライナ侵攻, 政治, 杉本執筆 パーマリンク

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