【書評】 『帰れない村──福島県浪江町『DASH村』の10年」
三浦英之著、2022年1月刊、集英社文庫。620円+税)
「福島県浪江町にある『旧津島村』(現・津島地区)。/その旧村名は知らなくても、かつて日本テレビ系列のテレビ番組でアイドルグループ『TOKIO』が住み込んで農業体験をした『DASH村』と言われれば、あるいは耳にしたことがあるかもしれない」。人口約1400人が暮す山間の小さな村。そこを2011年3月、東京電力福島第一原発の事故が襲った。「村」は原発から北西に20~30キロ、まさにその方向に風に乗って大量の放射性物質が運ばれ、住民は避難を余儀なくされたばかりか、「事故から11年が経った今でさえ、誰一人故郷に戻れない」。本書は、この「帰れない村」に、「ペンとカメラと線量計を持って」3年半(2017年秋~2021年春)通い続けた記録である。本書の構成は、見開き2ページの記事とそれに続く4ページの写真とからなっている。元住民それぞれの思いとそれを裏打ちする写真は、原発事故の深刻さとそれをそのまま現在まで引き摺っている苦悩に満ちている。
「DASH村」についてはひとまず置いておこう。その「地主」は「まさか、あんなに有名になるとは思わなかった」と語る。「復興のシンボルとして使ってくれるなら、あの土地を無償提供したいと思っているんだ」とも。
しかし現地の精神科医は語る。
「2019年に旧津島村の約500人を調査したところ、48.4パーセントの人がPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状を訴えました。非常に高い値です」。この医師はかつて長く沖縄戦を原因とするPTSDの診療を続けてきて、2013年に被災地の力になりたいと相馬市に赴いた。両者を比較して明確な差異があるという。「福島の特徴は『過去の体験を語れない』ということです。『放射能が怖い』と言うと変人扱いされ、避難先で被災者であることを告げると、周囲から『あの人は補償金をもらっている』と言われてしまう」。津島は全域が帰宅困難区域で、住民が散らばって避難生活を送っている、震災当時の体験を周囲と話し合うことができず、風化しないのでトラウマがより脳や心に深く刻まれる、と指摘する。「ここに暮している限り、風の強い日には除染されていない地域から飛んでくる放射性物質を吸い込むのではないか、飲み水や魚は安全かなど、本来なら心配しなくてもいいことを気にかけなければならない。神経の過覚醒が継続していて、相撲で言えば、『はっけよい』『見合って、見合って』の状態がずっと続いているような状態で、心が疲れないはずなどないのです」。
ところが政府は2020年、「除染をしなくても避難指示を解除できるようにする方針」を進めることを表明した。それ以前に政府は、浪江町内の帰宅困難区域約7平方キロ(帰宅困難区域のわずか4%)を「特定復興再生拠点区域」として除染し、2023年にも避難指示解除を目指す計画を示したが、ここにきて方針の転換である。町議会にこの方針に反対の意見書を提出(全会一致で可決)した町議は憤る。「『汚したものは、きれいにして返す』。それが大前提じゃないか。汚染地域をしっかりと除染し、住民に『帰れる』という選択肢を示す。その上で、実際の帰還については、それぞれの判断に任せる。除染がなされなければ、住民は帰れるかどうかの判断すらできないのです」。
また本書に登場する人びとのうちの幾人かは、旧津島村・赤宇木集落の住民であった。ここは戦後、旧満州(現・中国東北部)からの多くの帰還者を受け入れた地域である。苦難の末帰国し、赤宇木集落の開拓団で「山林を切り開き、ササで屋根をふいただけの小屋で寝泊まりしながら炭やジャガイモなどを作った」。その人びとが、「原発事故。敗戦から半世紀を経て、(略)再び家を追われた」。
本書は最後に、震災の年の秋に自死した男性の件にふれて問いかける。
「旧津島村の人たちにとって故郷とは、自らが生まれ、育ち、遊び、祭りを楽しみ、恋に落ち、結婚し、子を産み、家族とともにこれからも暮し続けていきたいと願う、唯一無二の土地だった。それほど大きく大切なものを予期せぬ理由で一方的に剝奪される経緯は、あるいは『死』に直結するほどの痛みを伴うものではなかったか」。
なお本書を読み進める中で、S.アレクシェービッチ『チェルノブイリの祈り』(松本妙子約、初刊1998年、岩波書店。現在・岩波現代文庫)が念頭に浮かんだ。この書も是非とも読んでいただきたいが、終わり方に「子どもたちの合唱」という子どもたちからの聞き取りがある。原発による汚染で強制移住させられるときのことである。
「私たちの家にお別れするとき、おばあちゃんは、お父さんに物置からキビの袋を運び出してもらって、庭一面にまいた。『神様の鳥たちに』って。ふるいに卵を集め、中庭にあけた。『うちのネコとイヌに』。サーロ(註:豚の脂身の塩漬け。ウクライナの代表的な伝統料理)も切ってやった。おばあちゃんのぜんぶの袋からタネをふるいおとした。ニンジン、カボチャ、キュウリ、タマネギ、いろんな花のタネ。おばあちゃんは菜園にまいた。『大地で育っておくれ』。そのあと家に向かっておじぎをした。納屋にもおじぎをした。一本一本のリンゴの木のまわりをぐるりとまわって、木におじぎをした」。
原発事故の罪深さ、政府権力者の傲慢さ、故郷の家を追われた人びとの哀しみがひしひしと伝わってくる書である(R)