【投稿】対ロ経済制裁の惨めな結末と「ペトロ・ルーブル」の出現

【投稿】対ロ経済制裁の惨めな結末と「ペトロ・ルーブル」の出現

                           福井 杉本達也

1 ロシアへの経済制裁の目的とその無残な結果

ロシアに貿易と金融制裁を課すことは、ロシアの消費者や企業が、慣れ親しんだ米国・NATO輸入品を購入するのを阻止すると予想されていた。ロシアの外貨準備を没収することは、バイデン大統領が約束したように、ルーブルを「瓦礫に変える」ルーブルをクラッシュさせるはずだった。ロシア石油とガスをヨーロッパに輸入することに対する経済制裁を課すことは、ロシアから輸出収入を奪い、ルーブルを崩壊させ、ロシア国民の輸入価格(ひいては生活費)を上昇させるはずだった(マイケル・ハドソン「悲劇的なドラマとしてのアメリカ外交」2022.7.29)。しかし、それは最終的に失敗に終わった。8月10日のFINANCIALTIMES(日経)は、欧州各国はロシア産原油の禁輸措置を緩和した。原油価格の上昇と世界的なエネルギ供給の逼迫を背景に、ロシアを世界最大級の船舶保険市場である英ロイズ保険組合から締め出す計画を延期し、一部の原油輸送を可能にした。」と報じた。

2 ドルの金兌換の停止と「ペトロダラー・システム」

ドイツ降伏の10カ月前の1944年7月、連合国側はブレトンウッズに集まり、連合国通貨国際会議(ブレトンウッズ会議)が開催された。会議での合意の内容は2つ、①参加各国の通貨はアメリカドルと固定相場でリンクすること、②アメリカはドルの価値を担保するためドルの金兌換を求められた場合、1オンス(28.35g)35ドルで引き換えることとした。

しかし、米国はベトナム侵略戦争などに苦しみ、財政赤字とインフレーションの為、金兌換の約束を守れなくなった。そこで、当時のニクソン大統領は1971年8月にドルの金への兌換が終わらせた。

金とのリンクが外れた政府は理論上はいくらでも貨幣を印刷することは可能である。しかし、金という錨がなくなった船は、インフレーションによってその価値はどんどん下落し続ける。これでは国際通貨としての信用は得られない。そこで米国がとった方法は、ドルと石油とのリンクである。いわゆる「ペトロダラー・システム」である。ニクソン政権下のキッシンジャー国務長官はサウジを訪問し、1974年、①サウジの石油販売を全てドル建てにすること、②石油輸出による貿易黒字で米国債を購入すること、その代わり、③米国はサウジを防衛するという協定を結んだ。1975年、他のOPEC諸国も石油取引をドル建てで行うことを決めた。

金とのリンクよりも、石油とのリンクは米国にとって格段に有利であった。金との兌換の約束はなくなり、無制限にドルを印刷することが可能となった。サウジなど石油産出国による米国債購入によって、ドルは米国に還流し、米国は財政赤字を気にすることもなくなった。

米国は「ドル借用金を、自由意志で、無制限に、世界経済に作り出し、使うことができるということだ。他の国々がしなければならないように、貿易黒字を計上して国際的な支出力を獲得する必要はない。米国財務省は、外国の軍事支出や外国の資源や企業の購入に資金を供給するために、単にドルを電子的に印刷することができる。そして「例外的な国」であるため、これらの負債を支払う必要はありません。それは支払われるには大きすぎると認識されています。外国ドルの保有は、米国に対する米国の自由なクレジットであり、私たちの財布の中の紙のドルが(流通から引退することによって)完済されることが期待される以上に返済を必要としません。」(マイケル・ハドソン:同上)。

3 米国自身がドルの国際通貨体制を終わらせる

「トランプ政権は2018年11月、ロンドンで保有されているベネズエラの公式金株約20億ドルを没収」した。過去においては、「1979年11月14日、カーター政権はシャーが打倒された後、ニューヨークのイランの銀行預金を麻痺させた。この法律は、イランが予定していた対外債務返済を妨害し、債務不履行に追い込んだ。」(マイケル・ハドソン:同上)。2011年2月に米国とNATOはリビアを攻撃し、カダフィを惨殺した。カダフィが石油取引にドルでもユーロでもなく、準備通貨300億ドルの金にリンクされた「ゴールド・ディナール」提唱したからである。その後、300億ドルは行方不明であり、米・NATOに盗まれたと思われる。また、2022年2月11日、バイデン米大統領は、9.11の攻撃の犠牲者への賠償に使うと称し、米国で保有する70億ドルの凍結されたアフガン資金の半分を使用する行政命令を出した。アフガンは、米国の70億ドルを含む海外の資産で約90億ドルを持っている。残りは主にドイツ、アラブ首長国連邦、スイスである。タリバンはこの押収を「窃盗」と表現した。現在、アフガンは外貨不足のため食料輸入もままならず極貧の状態で苦しんでいる。そのなけなしの資産を米国自らが仕組んだ9.11詐欺のために分捕るというでである。タリバンは米国が「人間性と道徳性が最低レベルであることを示している」と批判した(福井:2022.2.13)。

そして今回、ロシアのウクライナ侵攻に対抗して、「バイデン政権とそのNATO同盟諸国が、2022年3月にロシアの外貨準備高と通貨保有の約3000億ドルのはるかに大きな資産を掌握した」「米国政府の利益にかなわない政策に従う国は、米国当局が米国の銀行や証券の外貨準備の保有を没収する」「通貨準備金が大きい国は、FRB(および制裁に参加している他の西側中央銀行)との残高がまだ安全であるかどうかという疑問が生じる」(マイケル・ハドソン:同上)。最大の外貨準備を持つ国は中国である。サウジや他の湾岸首長国連邦も相当なドルを保有している。

4 ロシア資産の「没収」は資本主義を最終的に崩壊させる

6月1日のFINANCIALTIMES紙上(日経)で、ジリアン・テットは「ロシア資産、没収できるか」と書いている。5月下旬にゼレンスキー・ウクライナ大統領がダボス会議で、「ロシア中央銀行の資産を没収し使えるようにして欲しい」と演説したからである。「一貫性のある透明な枠組みがないままロシアの資産の没収・分配が実行されれば、西側諸国の政府は何年もの歳月と多額の費用がかかる裁判に見舞われるか、あるいは自国の政治経済を支えている信頼の基盤を失うことになる。」と書く。さすがのイエレン米財務長官も「中銀資産の没収は「米国では合法ではない」と指摘した(日経:2022.5.20)。もし、「資本主義」の原理に反して、「没収」すれば、サウジや中国を始め、世界の非西側諸国の米国への投資は直ちに全て引き上げられるであろう。それは米国の「破産」を意味する。

5 「ペトロ・ルーブル」の出現

ロシアは、GDP 比の国債残が17.7%しかない。133%の米国、230%の日本の財政状況と比較して超健全である。エネルギー・資源・穀物の輸出から、貿易でも黒字が続き、2020 年の黒字は225 億ドル(2.7 兆円)であった。ロシアは、海外に依存せず、自立できる経済である。米国は資源では自立できるが、消費財の商品輸入では中国への依存が大きい。アップルは、100%中華圏で委託製造、輸入・販売している。西側は、必須なエネルギーと資源・穀物を輸出するロシア経済の現実を見ていない。、資源(コモディティ)リンクのルーブルに向かっている。そして、金兌換ではないが、ルーブルには金という準備金の裏付けがある。

「『ガス・ルーブル』(エネルギー資源のルーブル決済)は、今のところまだ『オイル・ダラー』と同等ではないが、前例のない規模での対ロシア制裁の実施後に『ガス・ルーブル』という手法が現れたのは、国際通貨制度がターニングポイントに近づいたことを意味しているSputnik 2022.4.24)。中国社会科学院の徐坡岭は『環球時報』において、「当初、ルーブルの為替レートはドルとユーロに対して下落したが、その後、急速に高騰し始め、過去6カ月での最高値に近づいたと指摘した。また、徐坡岭氏は、このことは、ロシア経済をただちに破壊しようとする米国と欧州の目標が達成不可能であることを示唆していると語った。また、同氏は、ロシア政府によるタイムリーで効果的な対応を特別に注視しており、その例として、ロシアのガスをルーブル建てでのみ取引するよう、ウラジーミル・プーチン大統領がガスプロム社に指示したことが上げられると語った。また、同氏は、現在、「ガス・ルーブル」は「オイル・ダラー」ほど強力ではなく、普及もしていないが、その存在自体がすでに既存の国際通貨制度に風穴をあけていると強調する。」(Sputnik 同上)と語っている。また、徐坡岭は、「米国と欧州連合(EU)は、ロシアの外貨準備を凍結し、独立国家の信用通貨と国際決済システムを政治的手段と武器に変え、信頼できる準備通貨としてのドルとユーロへの信頼を損ねたと指摘した。同氏は記者に対し、『より競争力のある国際通貨が国際準備通貨制度に加わることで、より収益性が高く便利な決済システムが前面に出てくることになる。短期的には、これまでのようなドルの覇権を揺るがすのは難しいが、変化はすでに始まっている』と語った(同上)。

6 フィクションとしての「GDP」信仰

ロシアのGDPは韓国を下回る世界第11位の1.3兆ドル、米国の23.0兆ドルと比較すると6%以下である。一方購買力平価ベースでは世界6位で米国の1/5となる。しかし、このGDPという指標は経済学における一つの決まりに過ぎない。統計学の竹内啓はGNP(GNP =GDPは国内で一定期間内に生産されたモノやサービスの付加価値の合計額。 “国内”のため、日本企業が海外支店等で生産したモノやサービスの付加価値は含まない。一方GNPは“国民”のため、国内に限らず、日本企業の海外支店等の所得も含んでいる。)は「極端なことを言えばうそ、フィクションなんです。フィクションですけれども、ちゃんと権威のあるところが決まった方法で決まったフィクションをつくっていくと、それをみんながいろいろ指標として使うようになる。みんなが使えば、実質的意味をもつようになる」(森毅+竹内啓:『数学の世界』1973・3中公文庫 2022.4.25)と書いている。GDPという指標が役に立つというのは、国民経済の特徴と大きさを大雑把に掴むという「構造的理解を含めて実際に役に立つということであり、一つはことばとして役に立つ…数学で表現すると意思疎通がうまくいく…数式的な表示をしないと、ことばでは追っつかない」(同上)ということであり、必ずしも実体経済を正確につかんでいるというものではない。産業資本主義の段階では実体経済との差は大きくずれてはいなかったかもしれないが、金融資本が実物資産の何倍にも肥大化した現在では、必ずしも実体経済を反映した数字とはならない。米国や西側のGDPは金融取引などで何倍にも肥大化され、逆に資源国などは何分の一かに過小評価されていると考えられる。通貨も同様であり、ドルは実質価値の何倍にも肥大化され、ロシアなどの資源国通貨は何分の一かに減価されている。
西側はロシアへの経済制裁によって、GDPで世界11位で、石油と天然ガスしかないロシア経済などは取るに足らず、簡単に崩壊させることができると考えたのであろうが、これは大きな誤算であった。自ら作り上げたフィクションに自らが騙されたのである。世界の資源の過半を独占する自らより大きな経済体に「制裁」を課すことで、逆に自らを「経済制裁」することになっている。その評価基準がドルであり、「石油にリンクしない」ドルの没落ととともに、自らに課した「経済制裁」の重圧により、西側は最終的に「自己崩壊」せざるを得なくなる。

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【投稿】対ロ経済制裁の惨めな結末と「ペトロ・ルーブル」の出現 への2件のフィードバック

  1. 佐野 秀夫 のコメント:

    アサート編集委員会の佐野です。コメントをありがとうございます。さて、投稿文書の「シェア」について、お尋ねをいただきました。当サイトは、シェア・フリーで運営しておりますので、問題はありません。よろしくお願いいたします。

  2. masanori fukuda のコメント:

    フェイスブックでシェアしてもよいでしょうか?
    久しぶりに納得できる文章を読ませていただきました。

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