【投稿】ぺトロ・ダラー体制の終焉とインフレによるドルの暴落・金融危機

【投稿】ぺトロ・ダラー体制の終焉とインフレによるドルの暴落・金融危機

                         福井 杉本達也

1 石油の裏付けを完全に失ったドル

10月5日、OPECプラス(サウジなど中東産油国+ロシア)は日量200万バレルの原油減産に合意した。「OPECプラスは今日の発表でロシアと足並みをそろえているのは明らかだ」とホワイトハウスの報道官は述べた。これは米国が産油国カルテルに対する影響力を完全に失ったことを意味する。先に、バイデン米大統領は中間選挙を11月に控え、サウジに減産をしないよう懇願していたが、サウジはバイデン氏の声を無視した。日経は「米国とサウジの1940年代から続く戦略的な関係が揺らぎかねない情勢だ」と書く。米国・サウジ関係は1945年に遡る。ルーズベルト大統領がヤルタ会談後にアブドルアジズ初代国王と会談。米国がサウジの安全保障を引き受ける代わりに、同国が石油を安定供給することを確認した」ことに始まる(日経:2022.10.13)。バイデン氏は武器輸出を始めサウジとの関係見直を検討すると表明した。

2 ペトロ・ダラーの終焉で糸の切れた凧となった紙切れのドル

1944年のブレトンウッズ会議で①参加各国の通貨はアメリカドルと固定相場でリンクすること、②アメリカはドルの価値を担保するためドルの金兌換を求められた場合、1オンス(28.35g)35ドルで引き換えることが合意された。しかし、1971年、米国はベトナム侵略戦争などに苦しみ、ニクソン大統領はドルの金への兌換をやめた。金とのリンクが外れた政府は理論上いくらでも貨幣を印刷することが可能である。しかし、金という錨がなくなれば、インフレーションによってその価値はどんどん下落し続ける。そこで米国は、ドルと石油とのリンク・いわゆる「ペトロ・ダラー・システム」を導入した。1974年、キッシンジャー国務長官はサウジを訪問し、①サウジの石油販売を全てドル建てにすること、②石油輸出による貿易黒字で米国債を購入すること、その代わり、③米国はサウジを防衛するという協定を結んだ。米国はドル借用金を、自由意志で、無制限に、世界経済に作り出し、使うことができるということだ。他の国々がしなければならないように、貿易黒字を計上して国際的な支出力を獲得する必要はないということであったが、今回、完全にこの「ペトロ・ダラー・システム」は崩壊した。石油という糸を切られたドル紙幣はいくらでも印刷できるが、たただの紙切れとなって、インフレという風に吹かれ、どこまでも空高く飛んでいく。

3 サウジはBRICsに加盟するのか

サウジのサルマーン皇太子がBRICSに加わる意向を表明した。2月末からのロシアによるウクライナ侵攻は、「世界をロシアとそれに反対する西側に明確に分けたが、他の国々は様子見のアプローチをとっている。欧米は、モスクワを罰し、不服従がいかに罰せられるかを示すために、あらゆる圧力を自由に使った。結果はまったく予想外でした。他のすべての国々、特にBRICSの大国や、自国の世界での役割を主張する国々は、欧米のキャンペーンに参加することから距離を置いただけでなく、そのようなスタンスが米国とその同盟国からの影響のリスクを伴っているという事実にもかかわらず、それをあからさまに拒否した」。「西側の制度を迂回し、それらとの相互作用のリスクを減らすことができることは、はるかに価値があります。例えば、米国やEUが支配する手段に頼らずに、金融、経済、貿易関係を並行して実施する方法を構築する」。「覇権国に率いられた中央集権的な国際システムは、いずれにせよ終焉を迎える」(フョードル・ルキヤノフ RT:2022.10.21)という。

「サウジアラビアをはじめとする中東諸国、インド、トルコ、インドネシア、中国といった多くの大国が、米国通貨の支配から『脱却』し、『広範囲に及ぶ米政府の経済力から離れようとしている』」と『ワシントン・ポスト』のコラムニスト、ファリド・ザカリア氏は言う(Sputnik 2022.10.15)。マイケル・ハドソンはより具体的に、「米ドルを迂回する並行世界通貨を設定する」試みが今始まっていると述べている。「共通通貨の構想は、既存の加盟国間の通貨スワップの取り決めから始めなければならない。ほとんどの貿易は自国通貨で行われるでしょう。しかし、避けられない不均衡(国際収支の黒字と赤字)を解消するために、新しい中央銀行によって人工通貨が作られるでしょう」とし、ジョン・メイナード・ケインズが提案した『バンコール』にかなり近いものになる」。この新しい代替的な中央銀行の目的は、「経済によって国際収支の均衡や通貨の支えができない国のバンカー債務とともに、その債権を消滅させ始めるという原則を提唱した」。これまでのIMF のように、「債務者に緊縮政策や反労働政策を課さない」ものであり、「食料と基本的必需品の自給を促進し、金融化ではなく、有形農業と産業資本形成を促進する」ものとなると述べている(マイケル・ハドソン:「 欧米の締め付けから逃れるためのロードマップ」:2022.10.7 訳:『釜石の日々』)。

4 「レタス」より賞味期限の短い英トラス政権の崩壊

トラス英首相は就任するとすぐに、エネルギーコスト補助金をカバーするために赤字を増やしながら、高所得者のための税金を下げる「ミニ予算」を発表した。発表と同時に英ポンドは1985年に付けた水準を下回り、変動相場制に移行した後の最安値を記録し、英国債の金利は急激に上昇(債券価格の下落)した。イングランド銀行がインフレ抑制策で保有国債の売却を計画しているなかでの、国債の大量発行を伴うトラス氏の政策は、金融抑制と緩和というブレーキとアクセルを同時に踏む行為であり、英ポンドや英国債の急激な売りを呼び、年金基金の危機など市場の混乱の引き金となった。年金基金は負債で買った国債をまた担保に入れて借り、新たな国債を買うことを繰り返すレバレッジ投資を行っていた。金利が上がることを想定していなかった。財政悪化が意識され、市場に売りの連鎖が広がり、年金基金などの損失が膨らんだ。公的年金基金の危機は、政府の財政危機と同義である。14日にはクワーテング財務相を解任し法人減税を撤回、17日には、交代したハント財務相は、年450億ポンド(約7・5兆円)の「大規模減税策のほぼ全てを撤回する」と表明せざるをえなくなった。20日、トラス首相は就任からわずか6週間あまりで辞任を表明した。経済・財政の状況を甘く見積もり、金融市場を軽視して失政を重ねたうえでの退場劇となった。ブレグジットの惨事の被害はさらに深刻化している。ロシアに対して行われた経済戦争によって引き起こされたエネルギー逼迫は、英国を引き裂いている。ロシアのエネルギーが、英国の寒い冬の命運を握っている。

5 米国債券市場の動揺と金融危機

10月22日の日経は「債券市場で米財務省が国債を買い戻すとの観測が浮上していける。」と報じた。「米国債市場は荒れている。長期金利の指標となる10年債利回りは4・2%台と14年ぶり高水準にある」。イエレン財務長官も「米国債市場で十分な流動性が失われることを懸念している」と言及した(日経:2022.10.22)。

英国には対外純資産はなく純負債が8800 億ドル(12.3 兆円)もある。日本は輸入物価が上がっても、対外純資産が411 兆円もあり、まだ円安に耐えている。金融危機は、まず、ポンド安の英国と、国債の残高がGDP 比160%のイタリアで起こっている。次は米国である。FRBはリーマン危機のあとの13 年で、8 兆ドル(1120 兆円)を増発した。ドルは8 兆ドル分の水割りによって薄くなってしまった。米国では「30年固定の住宅ローンン金利は6.66%と利上げ前の2倍近くに上昇し、2008年以来の高水準になった」。「金利上昇に伴って住宅販売が急減じ、不動産や住宅ローン、不動産鑑定会社が大幅な人員削減を迫られている」(日経=FT:2022.10.19)。住宅価格が下がると、米国金融危機の恐れが高まる。

カテゴリー: ウクライナ侵攻, 杉本執筆, 経済 パーマリンク

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