<<「知ること、沈黙すること、やり過ごすこと」>>
先日、筆者は、『ピカソとその時代 ベルリン国立ベルクグリューン美術館展』を見る機会に恵まれた。同展は、東京に引き続き、2023年2月4
日(土)~ 2023年5月21日(日)まで、大阪市北区中之島の国立国際美術館で開かれているもので、ドイツ・ベルリンにあるベルリン国立ベルクグリューン美術館のコレクション97点をまとめて紹介する日本初公開となる展覧会である。第一次世界大戦から第二次世界大戦、ピカソの初期から晩年にいたるまでの作品と、同時代に活躍したクレー、マティス、ジャコメッティら4人の芸術家たちを中心とした作品展である。
ドイツ生まれで、ファシズムと戦争の時代、ベルリンで美術商として活躍し、ユダヤ人迫害を逃れて米国に渡り、ナチス敗北後ただちにベルリンに戻ったベルクグリューン(Berggruen 1914-2007年)が収集した、同時代に生きたピカソを中心とした最も敬愛し、また同時に当時の時代状況に鋭く切り込んでいることにおいて際立った芸術家たちのコレクションである。なお、今年はピカソ没後50年の年である。
美術には、とんと疎い筆者ではあるが、1937年のピカソの大作「ゲルニカ」につながる、戦争とファシズムに鋭い感性と知性で格闘する芸術家
たちが問いかける姿勢は、今現在の再び世界戦争への危険性をさえ切迫化させている時代状況を鋭く問い直している、と感じられるものであった。
それらの中で、パウル・クレー(Paul Klee)の「知ること、沈黙すること、やり過ごすこと( Knowledge, Silence, Passing By )」と題する作品(1921)は、キュビズム的な繊細な女性の表情、姿勢を描いているのではあるが、題そのものからして、歴史的危機の時代における鋭い問いかけであり、告発でもあろう。知ってはいるが、あるいは感付いてはいるが、見てみぬふりをして、知らぬかのように装い、やむなく、あるいはあえて沈黙し、何とかやり過ごす、そんな陥りがちな時代状況への問いかけである。
<<回復しがたいドル覇権の低下>>
ウクライナ危機をめぐって、世界の政治・経済は、より広範な規模と深さで歴史的転換期にさしかかっていることが明らかになりつつある。今現在直面している時代状況は、まさにこの「知ること、沈黙すること、やり過ごすこと」に対する鋭い問いかけが提起されているのだ、と言えよう。
提起されてきたものを列挙すれば、
・ ウクライナ危機をめぐって、隠されてはいたが、次々と明らかになってきた真実は、米欧側がロシアを泥沼の戦争に引きずり込もうとしてきた数々の罠である。その典型は、米・仏・独・ウクライナ首脳自身の言葉で、2014年のミンスク合意、2015年のミンスク合意2は、停戦合意を守る気などさらさらない、ウクライナ軍強大化の時間稼ぎでしかなかったことを吐露したことである。欧米側の政権、大手マスコミはすべてこうした事実を知ってはいても、無視し、沈黙し、やり過ごしてきたのである。
・ ロシアの天然ガス・ノルドストリームパイプライン爆破は、バイデン政権がユーロ諸国にくさび打ち込み、ユーロ経済をロシア経済から引き離し、米ドル支配体制に組み込むための決定的なカギであったこと、それはウクライナ危機以前から計画されていたことが明らかにされている。これもひそかに進められてはいたが、米国防省ペンタゴン配下のランド研究所がすでに提起していたことが明らかになっている。これもウクライナ危機の進行に乗じて、無視され、沈黙され、見過ごされてきたものである。
・ 米欧・G7側の最大の見込み違いは、ロシアのウクライナ侵攻に乗じた経済制裁の全面発動が効を奏せず、逆に制裁のブーメランが制裁側に逆襲し、政治的経済的危機を深化させていることである。さらにこの制裁に、唱和・同調し、実際に参加しているのは世界のごく少数の国々、地域に限定され、米欧諸国、オーストラリア、ニュージーランドそして日本、韓国にしかすぎないことである。しかも、制裁の掛け声とは逆に、欧州連合とG7の企業のうち、ロシアから撤退したのは9%未満にしかすぎないことが暴露されている(4/15付ワシントン・ポスト紙)。これまで見過ごされてきたが、ようやくこうした事態を認識し、報道せざるを得ない段階に至ったのであろう。
・ 結果として、ドル一極支配体制の強化を目指したはずの、米欧・G7側の思惑は、日本を含むG7やNATO諸国以外はどんどんドル離れに移行するきっかけを与え、ドル覇権の低下は今や回復しがたく、これまでよりも脱ドル化を質的にも新しい段階へ加速させる事態を招いていることである。しかし、これは無視し、沈黙し、見過ごすことはできない段階に至りつつある。
・ こうした事態の進行は、歴史的転換期の時代状況を反映しているものと言えよう。
・ 問題は、バイデン政権の緊張激化政策・大軍拡政策に一貫して反対し、抵抗してきたはずの米民主党最左派、民主的社会主義を掲げるバ
ーニー・サンダース議員やアレクサンドリア・オカシオ・コルテス議員(AOC) らが、今やバイデン政権の軍拡政策にことごとく賛成し、弁明さえできずに、それこそ「知ってはいるが、沈黙し、やり過ごしている」ことである。ヨーロッパの平和運動は沈黙しない!「戦車ではなく、外交官を送れ!」と声を上げているにもかかわらず、AOCに至っては、米軍徴兵のための米軍採用イベント・ミリタリーフェアを、米軍の協力のもと、ニューヨーク・ブロンクスの公立学校で自ら主催(3/20)して、同地域の保護者、教師、学生、地域活動家から強力な抗議を突き付けられ、それでも反戦運動を公然と忌避する発言までしていることである。
まさに「知ること、沈黙すること、やり過ごすこと」が厳しく問われている、歴史的転換期の時代状況だと言えよう。
(生駒 敬)