【投稿】ドルの基軸通貨からの撤退と人民元の金準備制への移行

【投稿】ドルの基軸通貨からの撤退と人民元の金準備制への移行
福井 杉本達也

1 新たな国際金融通貨制度を提唱したイングランド銀行総裁
8月23日、カーニー英イングランド銀行総裁は米ワイオミング州ジャクソンホールに集まった世界中の中央銀行幹部を前に、「多極化した世界には新たな金融通貨制度が必要だ」と強調、「技術革新と仮想的なプラットフォームがそれを可能にする」と述べ、基軸通貨ドルに代わるデジタルな『合成的覇権通貨』を提唱した。総裁はトランプ政権の「赤裸々な保護主義」をやり玉 に挙げ、新たなデジタル覇権通貨が「世界貿易へのドルの横暴な支配を弱める」と述べた(日経:2019.9.7)。総裁はドルによる世界金融体制支配が、超低金利による流動性の罠と弱い成長のリスクを高めたと述べた。
米国が圧倒的に世界最大の金融立国である状態が続く限り、同盟諸国は、中国より米国を重視する姿勢を続ける。だが米国の金融は、史上最大の金融バブル膨張の状態にあるが、これは、中国や同盟諸国が米国の債券を買い支え、ドルを基軸通貨として貯め込んでくれることが必要だった。それには、米中の良好な経済関係と、同盟諸国が米国に協力する覇権体制が必要だったが、トランプは、これらを破壊している。「アメリカは中国から切断しつつある。そのプロセスの影響はあらゆる世界経済に損害を与えた。他の国々は、損害を避けるため、アメリカから自ら切り離す以外選択肢はない。」(Moon of Alabama:2019.8.24)。「米国第一」とは覇権を降りることである。ドルの基軸通貨からの離脱はあるのであろうか。

2 基軸通貨とは
元々通貨は金や銀などの金属貨幣であったが、その後、要求があれば金と交換すると約束した兌換紙幣が発行されることとなる。第二次世界大戦後の米ドルも1971年8月、金との交換を停止するまでは兌換紙幣であった(ブレトンウッズ体制)。「固定相場」で1オンス(31.1グラム)35ドルで金と交換できた。金を信用のバックとすることで、ドルは世界通貨(基軸通貨)となった。ドルが金と交換でき、他の通貨がドルとリンクするもので、当時、日本円は1ドル=360円の固定相場であった。ところが、ベトナム戦費などで大量にドル紙幣を刷りまくりドル紙幣が減価し、米国の金準備が当初の1/3に激減したことから金との交換を一方的に停止し、「変動相場制」に移行することとなった(ニクソン・ショック)。変動相場では各国の通貨の価値を他の通貨との交換レートで測る。伸び縮みするゴムの定規で長さを測るようでは、本当の通貨の価値はわからない。現在価値は1オンス1500ドルとすると、金に対してドルは1/43となっている。
基軸通貨の特権は、無償で通貨を増刷し、それを相手国に渡すだけで海外から資源・商品・資産を入手できることにある。変動相場制に移行後も米国はドルの基軸通貨としての特権を手放さなかった。「このため米国は経常収支が赤字でも、金の流出を恐れず、 信用通貨 (フィアットマネー)やドル債券を増刷して渡せばよくな ったのです。 こうして米国にとっての対外赤字は、対外負債は膨らんでも、恐れる必要がないものになった」(吉田繁治『米国が仕掛けるドルの終わり』)のである。金本位制の場合は、金の流出が、 対外赤字の歯止めになっていいたが、現在のドルのような信用通貨ではその抑制はきかない。日本のような黒字国にとっては対米貸付金の増加でしかない。つまり、米国の対外負債は、自国通貨のドルであり、一方、対外資産は現地通貨建てある。米国はこの増加する対外負債を減らすため、ドル切り下げという手段を使ってきた。1985年の「プラザ合意」では、それまで1ドル250円であったドルは、125円まで切り下げられた。ドルの切り下げは、返済をせずに国の対外純債務を減らす手段となる。得をするのは米国であり、損をするのはドル建ての対外債務を持つ日本や中国・ドイツ・石油輸出国などである。

3 金の上昇
9月16日金の取引は、サウジアラビアの石油施設に対す るイエメン・フーシ派の無人機の攻撃を受け、米国が報復措置として中東で軍事行動をとる可能性への警戒が広がった結果、金スポット相場は一時1.6%高の1オンス=1512.14ドルを付けた。もともと、世界の中銀が金融緩和への姿勢を強め国債の利回りが軒並み低下する低金利の環境で実物資産である金の相対的な価値が強まっている。米国は36兆ドル(GDPの1.8倍)の対外債務を抱えており、平均金利を年3%としても1年に1兆ドルずつ対外債務が増え続けている。対外負債の相手先は、日本、中国、スイス、欧州等である。こうした中、世界の長期金利が一段と低下している。米国では8月27日、長期金利が短期金利を下回り景気後退の前兆とされる「逆イールド」が再び発生した。すでにマイナス金利の日欧でもさらに金利が下がっている。(日経:2019.8.29)年1兆円もの対外債務が増える状態が続けば、当然ながら米国といえども対外債務の返済ができなくなる。いわゆるデフォルトである。そのドルに対する反対通貨としての金の輝きが増している。金価格の高騰である。

4 ドルの大幅な切り下げによる対外債務の「徳政令」を企てるトランプ
米国は8月5日、唐突にも「1988年包括貿易・競争力法」に基づき中国を「為替操作国」に指定した。中国は元の急落を食い止めるため、元買い介入を行っており、為替操作とは逆向きである。「にもかかわらず、なぜ米政権はこのタイミングで中国を為替操作国に指定したのか。」今後「ドル高が進んだ場合、米国にドル売り介入の道を開く…ドル売り介入に使う資金は財務省の『為替安定化基金(ESF)』とFRBの『公開市場操作勘定(SOMA)』と折半するのが通例。…国際社会では長い時間をかけて通貨・為替政策に関する基本原則を構築してきた。通貨の競争的な切り下げは行わない、為替相場を政策目的としない、といった点だ。こうした基本原則に背き、米国が単独でドル売り介入に踏み切れば…それは歴代政権のリーダーシップで築いてきた、通貨の国際秩序を自らの手で打ち砕くことになる」(中曽宏大和総研理事長:日経:2019.9.13)。中曽氏は最後に「その確率が 限りなくゼロに近いままであることを願うばかりだ」と論文を結んだか、事態は米国単独のドル売り介入による、ドルの大幅切り下げに向かいつつあるように見える。
1995年のプラザ合意では、ドル切り下げにあたり、日独が協調介入した。しかし、今回、中国は協調介入をするなど気はさらさらない。元は変動幅のあるドル・ペッグ制を取っており、ドル安とともに元安にも振れる。もちろん、ユーロも協調介入までは踏み切れまい。円だけでは協調介入とはならない。とすれば、米国の単独介入以外にない。
トランプ政権は、かつての共和党:ニクソン政権と似通った道を歩み始めているように見える。ニクソンは1971年に2つのショックをもたらした。「ニクソン訪中」と「ドル・ショック」である。激しい北爆(北ベトナム爆撃)後、ベトナムから米軍は撤退することとなった。トランプ政権も、米朝首脳会談やアフガンからの撤退が企画されている。とするなら、「ドル・ショック」も同様に一方的に行うかもしれない。

5 不当に抑えられてきた金価格とロンドン・ロスチャイルド『黄金の間』
金の価格は需要と供給によって決まるように思わされているが、全くの嘘である。金の値決は「1919年からロスチャイルド本社の『黄金の間』で実施され、同社が金取引から撤退したことで、2004年に参加金融機関による電話でのやり取りに切り替わった」(日経:2014.9.4)。現在はロスチャイルド系のバークレーやHSBCなど4銀行でロンドン金値決め価格が行われているが、金融取引ではないために規制当局の監督下に置かれていない。つまり、いまも秘密裏の談合で恣意的な値決めが行われている。
金の価格は1990年代は下がり続けた。要因の1つは1970年代に金先物取引が開発されたことにある。金地金の生産と需要は1年に4300トンであり、1日では17トンであるが、先物取引ではこの50倍が売買されて、金相場を恣意的に動かしている。

6 中国・ロシアによる金買いと新たな基軸通貨への展望
金の取引は、1999年の「ワシントン合意」という取り決めがあり、各国の中央銀行は「年間の売却量は400トン以下」と定められた。ところが、リーマンショック後、各国の中央銀行は逆に金の買い増しに転じた。特に買いを主導したのは中国でありロシアである。ロシア中銀の金は2,207トンとなっている。また、中国も1,926トンの金を保有している。中央銀行が売却から買増しに転じたのであるから、金の価格は2008年末から2011年9月にかけて300%近く上昇した。しかし、金が高騰することは、米国債の購入が減ることを意味する。ドル信認の低下である。FRBと米財務省は金を敵視し「反ゴールドキャンペーン」を行っている。FRBと米財務省は、この間、金ETF(ゴールドペーパー)の巨額売り越しを度々行って、価格操作を行っている。2014年11月28日、ニューヨーク先物市場がオープンした直後に、20トンの金に相当するETF(紙の金の契約)が市場に投入され、さらに 午前12時35分にはさらに、30トンの金に相当する契約が先物市場に落とされた。地金価格を引き下げるように設計された空売りである。全くの価格操作がFRBと米財務省の主導によって行われたのである(Paul Craig Roberts&Dave Kranzler:2014.12.1)。金の価格は1900ドルから1200ドルへと切り下げられている。
中国は2018年には宝飾用で729トン、投資用として311トンの金を購入している。さらに金の国内生産高は450トン/年といわれる。このうち民間部分もあるので、政府・人民銀行の購入を半分と仮定すると最近10年間で9,000トンの金を購入しているのではと見積もられている。これに人民銀行の約2,000トンを加えると11,000トンの金を保有している(吉田重治『限界点を超える世界経済』)。既にFRBの公称8,133トンを軽く超えている(実際にはFRBの金庫は空っぽではないかとのうわさもある。米議会では金は本当にあるのか確認すべきだとの議決が出たが、バーナンキFRB議長が拒否している。)。あと数年金を買い増しし、金の価格が現在価格の5倍程度までに上昇すれば、375兆円になる。さらに外貨が180兆円あり、計555兆の準備資産を持つこととなる(同上)。元がドルペッグを外れても十分にやっていける金額となる。また、ロシアも、米国の制裁によりドル建て資産を経済から排除する方針の下で、外貨準備、金地金を増加させており、中国、日本、スイスに次ぐ4番目の外貨準備高を保有する国となっている(RT:2019.8.13)。世界の通貨は着々とドル基軸体制から抜け出す準備を進めているように見える。その中で、唯一、暴落するドルにしがみついているのが日本である。ドルが半分に減価すれば1000兆円の資産は500兆円になってしまう。

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