<<核兵器の使用権さえ強調>>
5/19、被爆地・広島で開催中のG7サミットは、「核軍縮に関するG7首脳の広島ビジョン」(G7 Leaders’ Hiroshima Vision on Nuclear Disarmament May 19, 2023 Hiroshima)という共同声明を発表。その声明の冒頭で、「我々G7の首脳は、1945 年の原爆投下により広島・長崎の人々が経験した未曾有の破壊と甚大な人的被害を、長崎とともに思い起こさせる歴史的な節目に、広島で会合した。厳粛かつ内省的な瞬間に、我々は、核軍縮に特に焦点を当てたこの最初のG7首脳文書において、すべての人のための安全保障が損なわれない核兵器のない世界の実現に向けた我々のコミットメントを再確認した。」と述べながら、「核兵器のない世界の実現」ではなく、「我々の安全保障政策は、核兵器が存在する限り、防衛的な目的を果たし、侵略を抑止し、戦争と強制を防止すべきであるという理解に基づくものである。」と、逆にG7参加の米・英・仏が保有する核兵器の合理化を公然と前面に打ち出し、核兵器の使用権をさえ強調するものとなっている。
ICAN・核兵器廃絶国際キャンペーン(International Campaign to Abolish Nuclear Weapons)は、直ちにこの声明に対し、「G7広島サミット、核軍縮の進展に失敗」と題して、厳しい批判を公表している。
・ これは核軍縮のための有意義な成果を提供するには程遠いものである。
・ 「核兵器のない世界」を実現するという目標に向けた具体的な対策を提示できず、逆に核兵器の使用権を保持することの重要性まで強調している。
・ G7は、何十年も前の不十分な取り組みを新しい「ビジョン」として売り込もうとしており、同時に、彼ら自身が核リスクの増大に加担している。
・ G7の無策は被爆者と広島で亡くなった人々の記憶に対する侮辱である。
・ 声明は、何よりも、核兵器廃絶のための真の行動を求める被爆者の要求に応えていない。
<<「これはG7の責任逃れだ」>>
ICANのダニエル・ホグスタ事務局長は、このG7の声明に対して、「これは機会を逸した以上のことだ。広島と長崎に原爆が投下されて以来、初めて核兵器が使用されるかもしれないという深刻なリスクに世界が直面している今、これはグローバル・リーダーシップの重大な失敗である。ロシアや中国を指弾するだけでは不十分である。核兵器のない世界という公言する目標を達成するためには、核兵器の保有、使用を是認するG7諸国が、他の核保有国を巻き込んで軍縮協議に乗り出す必要がある」と強調している。
被爆者で広島県被爆者団体連絡協議会事務局長の田中聡氏は、被爆者、ICAN、日本のNGOネットワークとの共同記者会見で次のように述べている。
「これは、被爆者が求めている真の核軍縮ではありません。これは彼らの責任逃れです。岸田首相は「核兵器禁止条約は核兵器のない世界を実現するための最終的な道筋だ」と述べている。いや、最終通過点ではない。入口なのです。岸田総理をはじめとするG7首脳は、核兵器禁止条約(Treaty on the Prohibition of Nuclear Weapons TPNW)を受け入れ、核兵器廃絶のための真のプロセスを開始すべきなのです。」
被爆者であり活動家の佐久間邦彦氏は、 G7Hiroshimaの指導者たちに「人道的影響について学んだことを自国民と共有するよう求めています。今回の広島訪問を核兵器の継続保有を正当化するために利用しないでください。」と述べている。
5/20、フランスの空軍機で広島に到着したウクライナのゼレンスキー大統領は「日本。G7。ウクライナのパートナーや友人との重要な会合がある。私たちの勝利のための、安全保障や強化された協調だ。」とツィート。岸田首相が3月にゼレンスキー氏へ贈った「必勝しゃもじ」に応えたものでもあろう。
同じ日、米ホワイトハウスは、欧州の同盟国などが米国製のF16戦闘機をウクライナに提供することを認める方針を決めたことを発表。
ロシアのグルシコ外務次官は、「彼ら自身にとって大きなリスクを伴う」と米欧の動きを牽制、西側諸国が「エスカレーションのシナリオに固執している」と批判。「我々は目的を達成するために必要な全ての手段を有している」と応じている。
G7サミットでは、ウクライナ危機の平和的解決、外交交渉、緊張緩和政策は、一切提起されていない。あるのは対ロシア・対中国への挑発と制裁、比重が低下し、経済的政治的危機、脱ドル経済圏の台頭、制裁政策のブーメランにあせりながら、さらなる制裁の強化しか打ち出すことができない、次元の低さである。
いよいよ危険極まりない、第三次世界大戦への挑発、核戦争への危機が動き出そうとしている。G7広島サミットが、その危険な跳躍台として、歴史を画するものとなろうとしている。戦争と平和をめぐる闘いが、一層の重大な段階にさしかかっている。
(生駒 敬)