<<「まずはマースク社に報告を」>>
3/26、米・東海岸、メリーランド州・ボルチモア市の港湾にかかるフランシス・スコット・キー橋の崩壊事故が注目を浴びている。
この橋に衝突した輸送用コンテナ船ダリ号「DALI」は、コペンハーゲンに本社を置く世界最大の海運会社の一つであるマースク・ライン社がチャーターし、スリランカに向け、シンガポールに拠点を置く船舶管理会社シナジー・マリン・グループが運航し、インドから乗船した22人の外国人労働者が乗組んでいた、と言う。この高さ984フィートの貨物船がボルチモア港を出港する際に、船の乗組員は船が電源を失ったと当局に通報し、メリーランド州交通局警察がこの緊急警報によって通行禁止措置を取り、高速道路上で取り残された車を除いて、多くの車両が巻き込まれる事態はかろうじて回避されたのであった。
ところが、この緊急警報は、この橋の保全・補修にあたっていたラテン系移民労働者には伝えられず、2 人は救われ、1 人は重篤な状態、6人が行方不明となり、死亡したと推定されている。 6人全員がメキシコ、グアテマラ、エルサルバドル、ホンジュラス出身の、長年在米移民労働者として働いてきた建設労働者であることが確認されている。午後9時から午前5時までの、明らかに危険な環境で働いているこの移民労働者たちには、緊急連絡手段を持たされていなかったのである。彼らの中には、ミゲル・ルナという3人の子を持つエルサルバドル人の父親、マイノール・ヤシル・スアゾ・サンドバルという2人の子を持つホンジュラス人の父親、グアテマラ人男性2人、そして少なくとも1人のメキシコ人が含まれている(3/27放送のDemocracyNowによる)。米国の全労働者の18%はラテン系だが、職場での死亡事故の23%はラテン系で、非正規・移民労働者が不釣り合いに多いことが明らかになっている。今回の事故は、移民労働者によって支えられているアメリカ社会が、移民労働者に不当で過酷な労働条件を押し付けている政治・経済の実態を浮き彫りにしたわけである。
そして問題は、マースク社が「従業員に懸念事項を[沿岸警備隊]やその他の当局に報告する前に、まず[マースク社]に報告することを義務付ける方針」を持っていたこと、この方針を危険な労働環境を報告した従業員に対する報復として実施していたこと、が今回の事故勃発で明らかにされたことである。これに対して、労働省の管轄下にある労働安全衛生局の連邦規制当局が、この方針は「不快」であり、「従業員を(沿岸警備隊に)連絡する気を失わせるものであり、従業員の権利に対するひどい侵害」である、船員保護法に違反していると「信じるに足る合理的な理由」があるとして、船員が安全上の懸念について会社に通知する前に沿岸警備隊に連絡できるようにする方針を修正するよう要求していたことである。
さらにマースク社は、昨夏以来、米アラバマ州の港での労働争議をめぐり、マースク従業員を含む海事労働者6万5000人を代表する労働組合である国際港湾労働者協会と係争中である。
この世界最大のコンテナ輸送船団の一つであるマースク社は、2023年には510億ドル以上の収益を報告しおり、2021年以来、労働者補償のほか、港湾混雑やインフラ問題などの懸念事項について、米議会や連邦規制当局にロビー活動をするために270万ドルをつぎ込んでいる。年次報告書によると、同社は130カ国で事業を展開し、10万人の従業員を雇用、2023年12月の時点で、310隻の船を所有し、362隻をチャーターしており、今回の「DALI」はマースク社により定期チャーターされていたコンテナ船なのである。当然、「DALI」号はまずは[マースク社]に電源喪失を報告し、その指示を経てから後に、港湾当局や警備隊に報告する、事故対処がどんどん遅れ、最大事故にまで直結したであろうことは容易に推察できることである。
<<バイデン:電車や車で「何度も」渡った>>
今回の橋梁崩壊は、アメリカの政治・経済にとって軽視できない、問題をも突き付けている。
ボルチモア港は米国内最大の海運拠点の一つであり、乗用車とトラックの輸出入ともに米国トップの港であり、石炭輸出では第2位でもある。
そしてフランシス・スコット・キー橋は北東回廊を移動する上で不可欠な橋梁であった。この橋には毎日約 34,000 台の車両が通行し、トンネルを通行できない農業機器や建設機器など大型輸送にとって代替手段がないことである。ボルチモアは、中西部向けの大型農業および建設機械の重要な入口点として機能してきており、橋の崩壊により、トラクター、農業用コンバイン、ブルドーザー、大型トラックの輸送が中断され、農家や建設プロジェクトに多大な影響が及ぶことが必至である。ジョージア州やフロリダ州などの代替港への貨物ルートの変更も、距離が長くなり、貨物コスト上昇が見込まれる。とりわけ中西部では、作付けの最盛期を迎え、農作物の生産に影響を与える可能性、特に農業と建設部門における地域および全国規模のサプライチェーンに混乱と、価格上昇、インフレ高進の要因となる現実的危機が到来しているのである。
さらなる問題は、インフラの老朽化・劣化である。問題のフランシス・スコット・キー橋は耐用年数 50 年という技術的な終わりに近づいていたのであり、不断の補修と保全が不可欠であった。建設業界団体は、米国の橋の7.4%(6万本以上)が「劣悪な」状態か「構造的に欠陥がある」、あるいはその両方であると指摘している。インフラの老朽化は橋梁に限らない。米国内の崩れかけた道路や空港の滑走路、100年を経過した鉄道や大都市の地下鉄システム、アスベスト抱え込んだ校舎や住宅、漏水や鉛で覆われた水道管、等々、インフラの老朽化対策は、それこそ喫緊の課題であり、大災害と表裏一体である。
もちろん、日本のインフラ老齢化もアメリカに負けず劣らずである。建設後50年を経過した橋梁は、2028年時点で50%にも上り、通行規制のかかる橋梁は9年で約3倍に増加しており、2022/3月時点で「早期に補修が必要」「緊急に補修が必要」と判断されながら、補修が行われていない橋やトンネルは全国であわせて3万3390か所のも及んでいる。
バイデン大統領は3/26、フランシス・スコット・キー橋の再建費用を連邦政府が全額負担すると約束した。 しかし、言うは易し、行うは難し、である。橋の再建のスケジュールと金額は不明であり、相当長期の期間を要することだけは明らかである。
ところが、バイデン氏はこの発言をした際に、フランシス・スコット・キー橋には鉄道が通っていないにもかかわらず、電車や車で「何度も」渡ったと語ってしまった。記者会見で、「私がデラウェア州から電車や車で旅行す
る際に何度も通
過した橋だ」と語ったのである。この橋には鉄道が敷設されたことはなく、1970 年代初頭に建設されて以来、道路としてのみ使用されてきたのである。ホワイトハウス当局者はあわてて、「大統領はデラウェア州とワシントンDC間を移動中、車を運転して橋を通過したと説明していた」と釈明している。またしても、バイデン氏の認知機能の劣化が現れたのであろうか。
「利下げ決定はリスクを伴う」
3/29、FRB(米連邦準備制度理事会)のパウエル議長は、サンフランシスコで開かれたイベントで発言し、「利下げという重要な一歩を踏み出す前に、インフレ(物価上昇)率の低下についてもう少し確信を深めるための時間を確保できる」と説明。利下げ決定はリスクを伴うとの認識を示し、インフレ率の鈍化が続くかどうかは、「経済指標が教えてくれるのを待つしかない」と述べている。明らかに、今回の橋梁崩壊事故、それに伴う物価高騰、インフレ懸念を払しょくできないことが影響したのであろう。
問題は、バイデン政権の世界的な緊張激化政策、対ロシア・対中国戦争挑発政策、イスラエルのジェノサイド政策への加担、軍需経済依存こそが、インフレ高進要因であることを認識できていない、あるいはあえて無視していることが問われるべきなのである。
日米金利差の縮小を期待していた岸田政権や日銀にとっては期待外れとなり、円安・ドル高基調を利用して荒稼ぎをする金融資本の円キャリートレードのマネーゲームの横行が続行する事態を放置しているのである。実体経済と無縁で、むしろ実体経済にマイナス要因となる円安放置政策、そしてバイデン政権への追随政策、それ自体が、インフレ要因を加速させるものでしかない。
世界的な緊張緩和への全面的政策転換こそが要請されているのである。
(生駒 敬)