<<「歴史、事実、数字をいい加減に扱い、ビジョンなし」>>
9/10、夜9時(日本時間9/11、10時~)から、予定の90分を超える米大統領選討論会は、米ABCニュースで放送され、コマーシャル2回を挟み、ABCニュースライブ、ディズニー+、Huluでストリーミング配信され、フォックスニュースを含む他のネットワークも討論会を生中継し、圧倒的に多くの視聴者を釘付けにしたと、言えよう。なにしろ、81歳のバイデン大統領が78歳のトランプ氏と対決した6月以来、バイデン氏撤退・59歳のハリス副大統領登場で、攻守逆転、初めてテレビで放映される大統領討論会として、その論戦が大いに期待されたのであるが、まったくの期待はずれであったことが明らかになってきている。
終了後、SSRSリサーチが実施した調査によると、討論会視聴者605人のうち82%が影響を受けなかったと回答し、14%は討論会で考え直したが考えは変わらなかった、4%は討論会後に投票先を変えたと回答している。
「トランプ氏とハリス氏は昨夜、自分たちには独自の外交政策ビジョンがまったくないことを実証しただけでなく、お互いについて不可解なほど漫画のような言葉を使い、歴史、事実、数字をいい加減に扱い、ウクライナとガザで何をすべきかという議論全体をまったく支離滅裂にしてしまうような、パントマイムをするのが一番心地よいと感じていることを証明した。」と酷評される始末である。
その典型として、司会者からハリス氏に、ガザ地区で4万人以上のパレスチナ人が亡くなった件についてどうするのかという質問が投げかけられた際の、二人の反応である。
ハリス氏は、「私たちが知っているのは、この戦争はすぐに終わらせなければならないということ、そして終わらせるには停戦協定が必要であり、人質を解放する必要があるということだ。だから私たちは2国家解決の道筋を描かなければならないことも理解しながら、24時間体制でそのことに取り組み続ける。その解決にはイスラエル国民とイスラエルの安全、そしてパレスチナ人に対する同等の措置が必要だ。しかし、私が常に保証できることが1つある。私は常にイスラエルに自衛能力を与える。特にイランとの関係、そしてイランとその代理勢力がイスラエルにもたらすあらゆる脅威に関してだ。」と、まったくバイデン氏と同様、従来通りの展望なき回答である。
全世界が注目しているのは、ジェノサイドを禁止しているジュネーブ条約を無視し続けるなら、もはやイスラエル・ネタニヤフ政権を援助したり支援したりすることはできない、という新政権の明確な姿勢、ビジョンである。そんな姿勢は、これっぽちも示せない、ハリス氏の空虚さである。
これに対してトランプ氏は、「(ハリス氏は)イスラエルが嫌いだ。ネタニヤフ首相が議会で非常に重要な演説をしようとしたときも、彼女は会おうとしなかった。彼女は女子学生クラブのパーティーにいたため、そこにいることを拒否した。彼女は女子学生クラブのパーティーに行くために出かけた。彼女はイスラエルが嫌いだ。もし彼女が大統領になったら、私はイスラエルは今から2年以内に存在しなくなると思う。私はかなり予測が得意だが、その点については間違っていることを願っている。」と、ハリス氏がネタニヤフ氏と会談している事実をも無視し、「得意な予測」を披歴する軽薄さである。
<<ハリス氏「戦闘任務に就いている米軍兵士は一人もいない」>>
次いで、トランプ氏は、ハリス氏はウクライナで失敗したと発言し、「念のため言っておきますが、彼らはこの戦争が始まる前に彼女を和平交渉に派遣しました。3日後、プーチン大統領が介入し、戦争を開始しました。なぜなら、彼らの言うことはすべて弱々しく愚かだったからです。間違ったことを言いました。あの戦争は決して始まるべきではありませんでした。彼女は使者でした。彼らは彼女をゼレンスキーとプーチン大統領との交渉に派遣し、彼女は交渉し、3日後に戦争が始まりました。それが彼女の才能です。私の意見では、彼女はバイデンよりも悪いです」と強調した。
トランプ氏は、「バイデン氏とハリス氏の政策は、これまで米国納税者に2500億ドルの負担を強いているが、欧州諸国はわずか1000億ドルしか負担していない。欧州諸国も負担すべきだ。」と従来の主張を繰り返したが、「あの戦争は決して始まるべきではありませんでした」と言うトランプ氏の指摘は、正鵠を得ている、と言えよう。
ウクライナに膨大な軍事支援を続けている現状について、今後の和平への展望について、ハリス氏はまともに答えられず、逆にNATOを「世界が知る史上最高の軍事同盟」と呼んでたたえる一方で、ハリス氏は、「今日現在、世界中のどの戦争地域でも戦闘地域で現役任務に就いている米軍兵士は一人もいない。今世紀初めてだ」と、まったくのウソ、でたらめの主張をしてしまっている。
実際は、中東地域に大規模な艦隊を派遣し、イラクとシリアに配備された米軍兵士は、戦闘作戦に積極的に参加し、2週間足らず前には、米軍兵士7人が負傷し、シリア国境にあるヨルダンの秘密基地タワー22がドローン攻撃を受け、ジョージア出身の米陸軍予備役兵士3人が死亡している。
さらには、紅海を航行する国際船舶や商船、海軍艦艇に対するフーシ派の継続的な攻撃に対処するためだとして、今年の1月以降、米海軍は、過去10か月間紅海に駐留し、大規模な艦隊を派遣し、イエメンへの空爆を何度も繰り返している。ハリス氏がいくら否定しようが、これが現実なのである。
この討論会の最大の問題は、圧倒的多数の人々が、ほぼすべての世論調査で、米国経済が最大の課題であることに同意しているにもかかわらず、それについてほとんど語られなかったことであろう。両氏から、経済状況に関する議論はほとんど聞かれず、解決策についてはさらになしであった。 物価が30%上昇、家計債務(カード、自動車、学生、住宅ローンなど)が限界に達し、年間2兆ドルの赤字と35兆ドルの国家債務、失業率8%、保険料、家賃、住宅費が数千万人分、戦争支出の暴走などについては何も語られなかったのである。
これまでの累積赤字と債務はバイデン政権下で7.2兆ドル、トランプ政権下では7.8兆ドルであるため、どちらも「そこへ言及したくなかった」のであろう。両者とも、それが厄介な問題を引き起こし、2025年新政権は、社会支出の大規模な緊縮財政削減を行う必要性が生じる懸念にに立ち向かう政策を提起しえていないことが明らかである。ここにこそ、アメリカが抱える最大の政治的経済的危機の根源が横たわっているのである。
米国経済は最近、製造業、建設業、産業活動、貿易がすべて縮小し、雇用市場がここ数カ月で急速に軟化しているため、明らかに減速の兆候を見せている。しかし、どちらの候補者も、こうした新たな懸念すべき傾向については何も言及しなかった、出来なかったのである。緊張緩和と平和政策が、経済と密接に結びついていることについては、なおさら両者とも、無知・無関心であり、ここのこそ有権者側の悲劇がある。
(生駒 敬)