【投稿】「米国の友人になることは致命的である」―バイデン大統領による日本製鉄のUSスチール買収阻止―

【投稿】「米国の友人になることは致命的である」―バイデン大統領による日本製鉄のUSスチール買収阻止―

                            福井 杉本達也

1 国家は政治的要素を考えて判断する

日本製鉄による米USスチールの買収計両についてパイデン大統領は1月3日、「『米国の国家安全保障を損なう恐れのある行動を取る可能性がある』と判断して中止命令を出した」(日経:2025.1.5)。日鉄は、不当な政府介入があったとしてパイデン大統領らを提訴した。米鉄鋼会社クリーブランド・クリフスと同社最高経営賀任者、全米鉄鋼労働組合(USW)会長も買収妨害行為で民事訴訟を提起した(日経:2025.1.7)。

これに対し、孫崎享氏は「国家の首脳は当然政治的要素を考えて判断する。たとえそれが『経済問題』であっても。この問題は大統領選挙の結果に直結する政治的に大問題。当然政治的に判断する、それを外国人が不当というのははなはだ僭越」とX(旧ツイッター)に書いた(孫崎享:2025.1.8)。日鉄会長の米大統領ら提訴で何が起こるかとして、「①訴訟中、日鉄幹部は責任取ることなく居残り、②裁判は負けます ③巨額の弁護料を払います ④巻き込まれた首相、大臣は米国から白い目で見られます。」と述べている(孫崎:2025.1.8)。

 

2 「不当な政治介入」とまぬけに吠える日本マスコミ

1月5日付け日経社説は「米国の国家安全保障を損なう恐れがあるとの主張は根拠に乏しく、不当な政治介入である。強く非難する。」「同盟国である日本の企業による正当な取引を強引に阻止することは、米国への投資を萎縮させる懸念も残す。安全保障を理由とした介入は極めて限定的であるべき」と非難した。また、読売は5日付けの社説で「米政府は、独善的な姿勢を改めるべきだ。」「日本は、安全保障のうえで米国の緊密な同盟国のはずだ。日本企業による買収がリスクだというなら、バイデン政権自身が進めてきた友好国との供給網の強化も、前提が崩れる。」と書いた。

また、石破首相の年頭記者会見では、記者の質問に答える形で、「日本の産業界から今後の日米間の投資について懸念の声が上がっているということは残念ながら事実であります。このことは我々としても重く受け止めざるを得ないものでございます。アメリカの国内法に基づき審査中でございました個別の企業の経営に関する案件について、日本政府としてコメントすることは不適切でありますので、コメントはいたしませんが、このような懸念があることを払拭すると、そういうふうに向けた対応は合衆国政府には強く求めたいと思っております。なぜ安全保障の懸念があるのかということについては、それはきちんと述べてもらわなければ、これから先の話には相成りません。いかに同盟国であろうとも、これから先の関係において、ただ今申し上げた点は非常に重要だ」と述べている(首相官邸)。また、1月3日、大統領買収阻止命令後の記者会見でカービー補佐官は「『この決定は日本をめぐるものではない。アメリカ最大の鉄鋼製造の企業をアメリカ資本の企業として維持することについての決定だ。日本との特別に緊密な関係や、同盟関係についての決定ではない』と述べて、日本企業による買収計画であることはバイデン大統領の判断に影響を与えておらず、日本との同盟関係に変わりはないと強調」したが、嘘八百である(NHK:2025.1.4)。日本には安全保障の懸念があるというのがバイデン大統領の正式見解である。これ以上の答えはない。

 

3 「アメリカの敵になることは危険かもしれないが、友人になることは致命的である」

ヘンリー・キッシンジャーに「アメリカの敵になることは危険かもしれないが、友人になることは致命的である」という有名な格言がある。ベトナム戦争末期に、南ベトナム傀儡政権を見捨てたときの言葉だと言われる。日経=FTの記事で、FT東京支局長のレオ・ルイスは、同様の「米国には永遠の友人や敵は存在せず、あるのは国益だけだ」というキッシンジャーの言葉を引用し、「米国は友情の前にはいくつもの巨大な注意事項がある」。「フレンドショアリングは概念として存続するかもしれないが、今回の一件で明らかになった現実の前では、この言葉はあまりにも生ぬるい。」と書いている(2025.1.8)。「緊密な同盟国のはず」などという言葉はあまりにも政治的リアリティを欠いている。これがこれまでの自民党政治の土台であった。

 

4 カナダは米国の51番目の州

1月6日、カナダのトルド首相が辞意を表明した。物価高や移民問題で支持率が低迷する中、追い打ちをかけたのがトランプ次期米大統領による追加関税の表明であった。トランプ氏はSNSに「カナダが米国に股収されれば関説はなくなる。米国がカナダ存続のために大規模な貿易赤字や補助金に苦しむことはもはやできない」と投稿した(日経:2025.1.8)。

カナダはこれまでも米国に従順で、中国・通信機器最大手のファーウェイの副社長孟晩舟氏を2018年12月1日、米国の要請により、対イラン経済制裁に違反して金融機関を不正操作した容疑でカナダ国内で逮捕した。しかし、2021年9月24日、孟氏は米司法省との司法取引し釈放された。米国にとって、人なつこい「犬」でも「犬」である。用が済めば切り捨てられる。日本も「同盟国」という呪文から早く解放されなければならない。

対照的に、メキシコのシェインパウム大統領は、追加関税の脅しを受けながらも「権力とは謙虚であること。メキシコは決して頭を下げ続けたり、卑屈になったりすることはない」と、トランプ氏の理不尽な主張には一歩も引かない構えである(日経:2025.1.7)。

 

5 苦しい時の「中国叩き」は無益

東京新聞の8日の社説は、「23年の世界粗鋼生産は1位の中国宝武鋼鉄集団以下、上位30社のうち17社を中国勢が占める。生産過程での脱炭素技術に優位性を持つ日鉄とUSスチールが組んで世界市場で存在感を増せば、市場を支配しつつある中国勢との健全な競争に向けた起点になり得たのではないか。」と書いている。

1977年、日中国交回復後の経済協力の目玉として、日鉄が技術支援し中国初の近代製鉄所となる上海宝山製鉄所を建設した。2004年からは日系自動車メーカー向けに合弁の宝鋼日鉄自動車鋼板(BNA)を設立し、急増する車用鋼板の需要を取り込んできた。しかし、BYDなど中国EVメーカーの躍進で、自動車産業の競争環境が激変し、日系メーカーは13%も販売台数が落ちるなど苦戦を強いられ、鋼板の競争も激しさを増している。結果、2024年7月23日、日鉄は半世紀およぶ宝山鋼鉄(中国宝武鋼鉄集団傘下)との合弁事業から撤退すると発表している(日経:2024.7.24)。USスチールの買収計画はこうした鉄鋼の激変の中で提起されたものではあるが、日系自動車メーカーの中国における苦戦もあり、圧倒的な中国鉄鋼業界に対抗できる環境にはなりえない。日本は最大の基幹産業の自動車をはじめ産業技術力において、中国勢に後れを取り始めているということであり、不純物が多く品質の劣る電炉転換に切り替えたところで、競争力を回復できるとは思ない。日経は1月4日の社説で「経済安保で中国抑えよ」と題して、「いいとこ取りの中国に、自由貿易を都合の良い姿に変えさせてはならない。重要な技術やサプライチェーン(供給網)を特定の国に握られないよう、経済安全保障の観点」が重要と書いたが、苦しい時の“中国叩き”は何も生み出さない。

 

6 日鉄はまともに買収交渉を考えてきたのか

そもそも、買収が失敗した場合、5億6500万ドルの違約金を支払う義務が生じるということ自体が問題である。かつての繊維交渉や自動車輸出制限、日米半導体交渉、米国内の不動産買収等々。今回の買収に米政府が介入しないという保証はなかった。当然、自らの責任以外の外部要因で買収交渉が頓挫することとなれば、違約金は支払わないという条項を設けておくべきものである。

最悪なことは日鉄がネオコンの元国務長官のポンペオ氏をアドバイザーに起用したことである(Bloomberg 2024.7.20)。トランプ氏は大統領選後早々に裏切り者のポンぺオ氏を次期政権構想から外したが、トランプ氏に喧嘩を売るようなものである。

買収価格の合意の時期もあるが、大統領選真っ只中に買収交渉が具体化したというのも、あまりにも甘い見通しである。当初、日鉄側は民主党・バイデン再選が濃厚と踏んでいたのかもしれないが、ラストベルトが選挙の争点にならないはずはない。USスチールは本社をペンシルバニア州ピッツバーグに置く。周知のように、ペンシルバニア州は大統領選ではスイング・ステートと呼ばれ、共和党と民主党の勢力が拮抗している。誰が大統領候補であろうと、買収交渉に下手に妥協することは許されないのである。

日鉄とUSWが交渉した段階で、USWは「既存の高炉設備ではなく、組合員が所属しない米南部の竃炉の製鉄所に『日鉄は最終的には生産を移管する』」と不信を強めていたことである(日経:2024.12.10)。日本の鉄鋼3社は製鉄工程でコークスが必要な高炉を使う。高炉は効率的に商品質な製鉄が可能な半面でCO2排出量が多い。一方、電炉はコストや品質に課題があるものの非化石電力が調達できればCO2排出量が削減できる。JFEは倉敷の製鉄所でを28年稼働を目指し大型電炉の導入を計画している。日鉄も広畑と八幡の製鉄所で電炉を導入を計画している(日経:2024.7.23)。しかも、メンバーシップ制の日本とは異なり、米国はジョブ制である。ジョブ制は労働者はその職場で該当するジョブがなくなれば解雇される。高炉のジョブと電炉のジョブでは異なる。労組が抵抗することは目に見えていた。

日鉄の米大統領提訴は現役員の責任逃れの時間稼ぎとも思える。

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