<<ゼレンスキーとの決裂「この男は、我々を戦い続けさせようとしている」>>
2/28、トランプ氏得意の「ディール」=取引で、ウクライナとの鉱物資源協定(1兆ドルの希土類)の調印で、公式のバインダーが2つ用意され、ホワイトハウス・イーストルームの会議テーブルに座り、トランプ、ゼレンスキー両氏が署名し、その成功を大々的に宣伝する予定であった。
ところが、その前の大統領執務室での会談が午前11時に始まり、和やかに行われ、報道陣にも途中から公開されていた40分後、ゼレンスキー氏が米副大統領ヴァンス氏の発言、「バイデン前大統領はプーチンを罵倒したが、それでは何も解決しない」という、ごく当然で穏やかな指摘をしたのであったが、ゼレンスキー氏はここぞとばかりに異議を唱え、「プーチンは停戦を決して守らない」と主張、「交渉は無意味だ」と示唆し、かみついたのである。これでは、トランプ氏のプーチンとの会談・交渉を頭から否定するぶち壊しの発言であった。
トランプ氏がこのやり取りを引き継ぎ、まずは停戦が当面の優先事項であると繰り返し、ロシアのプーチン大統領は和平に前向きな姿勢を示していることを指摘し、米国の政策は敵対行為を長引かせるのではなく、緊張緩和に重点を置くべきだと強調したのである。
しかし、ゼレンスキー氏は「停戦を検討する気はない」姿勢を取り続け、トランプ氏が同意しないであろうことを知りながら、米軍地上部隊の派遣を要求したのであった。ついにトランプ氏は怒鳴り声で「第三次世界大戦でギャンブルをしている」(’Gambling with World War III’)とゼレンスキー氏を糾弾、会談打ち切りの事態に至ったのであった。(会談の録画は、https://www.youtube.com/watch?v=h3WD9CUNgEE)
この会談の前、ゼレンスキー氏は、鉱物資源協定は成立したとルビオ国務長官に保証し、ルビオ氏は大統領に協定は成立しており、ゼレンスキー氏がホワイトハウスを訪れて署名する予定だと自信たっぷりに伝えていたのである。しかし、ゼレンスキー氏はゴールポストを変更し、会談をぶち壊したのであった。
ゼレンスキー氏が意図的であったかどうかは別として、結果として、大失態を演じてしまったのである。事実上、ゼレンスキー氏はホワイトハウスから追い出され、予定されていた両氏の記者会見はキャンセルされ、鉱物協定は署名されないまま放置され、ウクライナとのあらゆる合意が事実上破棄されてしまった。
その後、直ちに米国務省はウクライナのエネルギーインフラ復旧に対する支援(8億2500万ドル)停止を発表。さらに国務省はウクライナに派遣するUSAID(米国際開発庁)職員と請負業者の数を大幅に削減する決定を下した(64人→8人)のである。
トランプ氏はこの決裂直後、「今日、皆さんもご覧になったでしょう。あの人、ゼレンスキー氏は平和を望んでいる人ではありませんでした。私は、彼が流血を終わらせたいかどうかにしか興味がありません」、「彼は戦い、戦い、戦い続けることを望んでいる。我々は死を終わらせることを望んでいる」。「この男は、我々を参加させ、戦い続けさせようとしている。だが我々は、この国のためにそうするつもりはない。10年戦争に突入するつもりはない」と断言している。
トランプ氏は、みずからのSNS、Truth Social に、「今日はホワイトハウスで非常に有意義な会談が行われました。このような激しい攻撃と圧力の下での会話がなければ決して理解できない多くのことが学べました。感情を通して出てくるものは驚くべきもので、ゼレンスキー大統領はアメリカが関与すれば和平の準備ができていないと判断しました。なぜなら、彼は私たちの関与が交渉で大きなアドバンテージになると感じているからです。私はアドバンテージを求めているのではなく、平和を求めています。彼は、その大切な大統領執務室でアメリカ合衆国を軽視しました。和平の準備ができたら戻ってきてください。」と、ゼレンスキー氏を突き放している。
<<イスラエルへの30億ドルの武器取引>>
この会談でのトランプ氏の論理は一貫しており、明確に前バイデン政権からの政策転換を明示している。
バイデン政権は、一貫してロシアに対する緊張激化政策を追求し、NATO拡大路線でロシアを挑発し、EU経済のロシア天然ガス依存をガスパイプライン爆破で破壊し、ロシアをウクライナへの軍事侵攻に引きずり込み、際限なくウクライナに資金と軍事援助を提供し、EU・NATOをその路線に付き従わせ、ロシアとの外交、平和を仲介する努力、緊張緩和と平和外交を一切放棄してきたのであった。ゼレンスキー氏が、米国の援助は見返りを求めない無償援助であった、と開き直る根拠は、バイデン政権が提供してきたものであった。トランプ政権は、そうしたバイデン路線を根底から覆してしまったのである。ゼレンスキー氏が慌てふためき、EU・NATO諸国が混迷に陥っている事態は、滑稽でさえある。
しかし、このトランプ氏の政策転換は、ゆるぎないものであるかどうかは、これからの事態の進行の中で検証されるべきであろう。
トランプ氏お得意の「ディール」=取引は、平和と戦争の両政策においても、取引に過ぎない可能性が大なのである。ウクライナとの希土類鉱物取引でさえ、ロシアとのより大規模で重要な鉱物取引がすでに話し合われ、ウクライナの鉱物資源取引の必要性など薄れつつある可能性も指摘されている。
トランプ政権の、「我々は平和を求めている」という、いわば「新デタント」路線は、対ウクライナ政策では発動されたが、対イスラエルでは、バイデン路線と同様、あるいはそれ以上の「戦争拡大」路線である。
2/28、ゼレンスキー氏との会談が行われた同じ日に、トランプ政権・ホワイトハウスは、緊急権限を行使して、イスラエルへの30億ドルの武器移転を承認している。この軍事支援・援助・販売パッケージには、バイデン政権がイスラエルへの送付をためらっていた武器までもが含まれている。国防総省が発表した3つの武器パッケージには、2,000ポンドの弾頭を備えたMK 84とBLU-117爆弾35,500発、2,000ポンドのバンカーバスター弾であるプレデター爆弾4,000発、これら約4万発の爆弾の費用は20億ドルを超える。さらに2番目の武器パッケージには、1,000ポンド爆弾5,000個と、弾薬を誘導爆弾に変えるJDAMキット1,500個が含まれている。1,000ポンド爆弾と誘導キットの価格は6億7,500万ドルと見込まれている。さらに3番目は、価格が3億ドル近くのキャタピラーD9ブルドーザーである。ホワイトハウスは、議会の監視を回避した緊急事態であると主張している。トランプ政権がイスラエルへの武器販売の承認を早めるために緊急事態を宣言したのは、この1か月ですでに2度目である。「我々は平和を求めている」とは、対極の武器取引、「戦争拡大」路線なのである。
3/1、6週間続いたガザ停戦の第1段階が終了し、イスラエルは、ガザでの猛攻撃の「一時的な再開」を検討していると報じられ、ラファとハーン・ユニス付近で激しい砲撃を開始し、停戦協定に重大な違反を犯しているとパレスチナ側が報じている。まさにその危険な段階での、トランプ政権のイスラエルへの武器支援である。
つまりは、トランプ氏は、ウクライナに対しては緊張緩和・平和路線を要求しつつ、その舌の根も乾かぬうちに、イスラエルのネタニヤフ氏に戦争をさらに拡大する武器を送っているのである。
もちろん、たとえ眉唾や取引であったとしても、「我々は平和を求めている」という路線をこそ、トランプ政権に堅持させなければならない。その路線に反する戦争路線を孤立させ、包囲する力の結集が要請されている。
(生駒 敬)