【投稿】「ヤルタ2.0」
福井 杉本達也
1 「ヤルタ2.0」
米国とロシア主導のウクライナ停戦交渉について、2025年3月11日付けの日経のコラム「大機小機」(小五郎)は。「第2次世界大戦時のヤルタ会談と同様に、戦勝国が敗戦国の分割管理を含めて戦後体制を決め、世界の勢力図を変える可能性がある。」とし、「もし『ヤルタ2・0』となれば、戦勝国はロシアとトランプ氏の米国であり、敗戦国はパイデン氏の米国と欧州という構図になる。残念ながらウクライナは捨て駒となる。」と書いた。
周知のように。第2次大戦末期の1945年2月、ルーズベルト大統領・チャーチル首相・スターリン書記長の米英ソ首脳がクリミア半島のヤルタに集まり、密約を交わした。ドイツの分割占領、ポーランドの独立やバルト3国・東ヨーロッパの戦後処理、ソ連の対日参戦、朝鮮半島や台湾の処遇、南樺太や干島列島の扱い…米英ソで戦後の勢力圏を定め、国連の創設も決めた。戦後の世界は、ほぼその通りに動き出した。
2 トランプ大統領はウクライナ戦争の責任は「NATOの東方拡大にある」と認める
トランプ大統領は政権発足当初より、ウクライナ戦争の責任はパイデン前政権やウクライナが負っているという趣旨の発言を繰り返している。NATOの東方拡大がロシアとの緊張を高め、結果として戦争が勃発したもので、自分が大統領なら戦争にはならなかったというものである。ウクライナ戦争はロシアと米国がウクライナを介して正面からぶつかった戦争である。米国とNATOは核兵器以外の持てる武器を全て投入し、ロシアを経済制裁し、SWIFTからも除外し、ロシアの対外資産を盗み取り、ノルドストリーム1・2のパイプラインも破壊して、3年以上にわたり戦ったが、結果として敗北したということである。
3月29日付けのニューヨーク・タイムズ紙は、バイデン政権下、「米国とウクライナがロシアの侵攻開始直後から機密情報の共有や戦略立案を巡り、秘密の提携関係にあったと報じた」「提携拠点はドイツ西部ウィスパーデンにある米軍基地に置かれた。両国の軍関係者が協議し、対ロシア戦での攻撃対象の優先リストを作成。衛星画像や無線傍受によって正確な位置を特定し、ウクライナ軍部隊に伝えられた。その結果、南部ヘルソン州のロシア軍拠点やクリミアのロシア黒海艦隊の艦船に損害を与えることに成功した。」(福井=共同:2025.4.1)と報道された。ここまで米国側情報で、ウクライナ戦争への具体的軍事的関与が明らかになったのは初めてであり、そこまで関与しても戦争に負けたということは米国としては素直に認めざるを得ない。
トランプ政権としては、敗北の責任をバイデン前政権(ネオコン・民主党)に押しつけ、ウクライナを捨てるしか名誉ある撤退はできない。
3 徹底抗戦を主張する英仏
英スパイ機関、秘密情報部(MI6)のヤンガー元長官は、2024年11月、「トランプ氏は徹顕徹尾、ヤルタ人間だ」、大国の利益を優先するような世界観は「英国の利益と根本的に相いれない」と批判した(日経:秋田浩之コメンテーター:2025.1.14)。ゼレンスキーは戦争から利益を得ている欧州への依存を高めており、特に英国はウクライナ人の犠牲者をさらに増やすよう励まし続けている。2022年3月に停戦交渉が開始されたが、ウクライナは合意寸前になって、一方的に交渉を放棄した。アメリカがそうするように指示し、イギリスもそれに拍車をかけた。ボリス・ジョンソン元英首相が2022年4月初旬にキエフを訪れ、同じ主張をウクライナに伝えて事態をさらに悪化させた。現在のスターマー英首相はさらに悪く、より好戦的である(ジェフェリー・サックス:『長州新聞』2025.3.19)。
しかし、欧州連合は3月20日開いた首脳会議で、新たな400億ユーロのウクライナ支援策について合意できなかった。ハンガリーが反対した。イタリアとスペインも慎重姿勢を見せた。敗者連合は幻想にすぎない。
NATOの軍事費のほとんどをアメリカが負担している。アメリカが抜ければNATOは自ずと解体されることになる。最高司令官から米軍が抜けるということは、NATO解体に向かってアメリカは進んでいる。(遠藤誉:2025.3.23)
4 いまだネオコンに操作されている日本の立ち位置
3月18日のプーチン氏と電話会談後、トランプ大統領はFOXニュースのインタビュー番組で、「習近平主席は仲良くしたいと思っていると思いますし、ロシアも米国と仲良くしたいと思っていると思います。また、私たちの国はほんの数ヶ月前とはまったく違うと思います。私たちは今や尊敬される国です。私たちは尊敬されていませんでした。私たちは笑われていました。私たちの指導者は無能でした。たとえば、この戦争は、私が大統領だったら決して起こらなかったでしょう。」(遠藤誉:Yahooニュース 2025.3.23 「米露中vs.欧州」基軸への移行か? 反NEDと反NATOおよびウ停戦交渉から見えるトランプの世界)と述べている。
訪日した英マコネル上院議員は3月18日、「停戦後のウクライナを守る英仏主導の有志国連合への日本の参加に期待を示した。民主主義国家の結束は中国の抑止にもなると訴えた。」「英国はウクライナの停戦を見越して各国に有志国連合への参加を呼ぴかけている。日本は是非を明らかにしていないが、石破首相は15日に聞かれたオンライン形式の有志国連合の首脳会議に「時宣を得たもの」とする書面のメッセージを送た。」(日経:2025.3.20)。「ヤルタ2.0」の状況において、いまさら欧州敗者連合に組みしてどうするつもりか。
寺島実郎は『雑誌世界』2025年2月号において「中国の文明文化への憧憶を込めた米中関係の根深さは注視すべきで、太平洋戦争後の米外交の理論的指導者となった、H・キツシンジャーやプレジンスキーは『大陸主義』というべき論者で、歴史的に中国がアジア・ユーラシアの中核であり、正対すべき相手とする視座に立っていた」と書いているが(寺島実郎「日米中トライアングルの歴史的位相(その2)」、ユーラシアの中核は中国とロシアであり、トランプの米国は中ロに正対するということである。これが『ヤルタ2.0』の新しい枠組みである。
日本は戦後80年にして、再び「枢軸国」に分類されるつもりか。はたまた「東夷(とうい)・北狄(ほくてき)・西夷(せいい)・南蛮(なんばん)」に分類されるつもりか。石破政権ばかりか、野党からも何の反応がないという日本の現状は厳しい。