【投稿】日露首脳会談をめぐって 統一戦線論(31)
<<「期待で風船を膨らませて針でぶすっと刺した」>>
12/15、安倍首相は当初の目論見として、プーチン大統領をわざわざ首相の地元である山口県長門市の大谷山荘の温泉地に招き、日露首脳会談を演出、北方領土返還への大きな外交成果を誇大宣伝し、衆院解散・総選挙に持ち込む腹であった。ところが日露首脳会談は、正式な共同声明すら出せず、「プレス向け声明」にとどまるものであった。
「解散近し」と煽ってきた自民党幹部は、「期待で風船を膨らませて針でぶすっと刺した」とその落胆ぶりをぶちまけている。安倍首相のお先棒を担ぎ、自ら先頭に立って年内あるいは1月解散さえ吹聴してきた二階幹事長は臆面もなく「日露問題で解散、解散とあおったのは誰か。我々は解散のテーマにはならないと思っていた」と語る始末である。自らに唾して嘆いて見せて、開き直っている。
民進党の蓮舫代表は「引き分けどころか、一本取られた形で終わったなら残念」「四島の帰属をまず確認して平和条約の締結という基本は変わっていないけれども、今回は大幅にここを言及することなく踏み越えて経済協力、経済援助というところに舵を切りすぎたように思う。率直に申し上げて、なぜなんだろうかという思いしかない」と語る。
又市・社会民主党幹事長の日ロ首脳会談についての談話も「全くの期待外れに終わった。経済協力の満額回答を勝ち取ったプーチン大統領に、「一本」取られた感じがする。」と述べている。
マスメディアの主張もほとんどがこの類である。12/17付・朝日社説は「日ロ首脳会談 あまりに大きな隔たり」と題して「今回あらわになったのはむしろ、交渉の先行きが見えない現実だ。近い将来、大きな進展が見込めるかのような過剰な期待をふりまいてはならない。」とくぎを刺す。
共産党の志位委員長に至っては、「日本国民が何よりも願ったのは、日露領土問題の前進だったが、今回の首脳会談では、この問題はまったく進展がなかった。」「『共同経済活動』を進めるというが、平和条約に結びつく保障はなく、逆に4島に対するロシアの統治を後押しするだけの結果となる。」「『「新しいアプローチ』の名で、安倍首相がとった態度は、首脳間の『信頼』、日露の『経済協力』をすすめれば、いずれ領土問題の解決に道が開けるというものだった。しかし、日露領土問題が、『信頼』や『経済協力』で進展することが決してないことは、これまでの全経過が示している。」と述べ、「日露領土問題の根本は、米英ソ3国がヤルタ協定で『千島列島の引き渡し』を取り決め、それに拘束されてサンフランシスコ条約で日本政府が『千島列島の放棄』を宣言したことにある。」と述べている。これは事実上、第2次世界大戦の戦後処理の大原則であり、「戦後レジーム」の重要な柱の一つである1951年のサンフランシスコ講和条約の放棄・破棄をさえ主張するものである。
<<「戦後レジーム」への怨念>>
第2次世界大戦は日本の自衛のための戦争であったと主張し、憲法9条改悪を柱に、安倍首相が覆そうとしている「戦後レジーム」、その中の重要な構成部分である北方領土をめぐる問題の概要は以下の通りである。
第2次世界大戦末期、1945年2月4日~11日の米英ソ首脳のヤルタ会談でルーズベルト米大統領がソ連に対して対日参戦を求め、ドイツ降伏3ヵ月後に、ソ連は対日参戦すること、樺太・千島はソ連領となることが合意された。1945年8月9日、ドイツ降伏のちょうど3ヵ月後、ソ連は対日参戦、日本政府はポツダム宣言を受諾、連合国に無条件降伏、9月2日降伏文書に調印。ポツダム宣言八条にしたがって、日本の領土は、四つの主要な島(北海道、本州、九州及び四国)及び連合国が定めた諸小島に限定された。そして1946年1月29日、連合軍総司令部・GHQは日本の行政区域を定める指令(SCAPIN-677)を出し、クリル(千島)列島、歯舞、色丹は日本の行政範囲から正式に省かれる。このとき竹島も日本の行政範囲から省かれている。1951年、サンフランシスコ講和条約批准、条約第2条C項『日本国は、千島列島並びに樺太の一部及びこれに近接する諸島に対するすべての権利、権原及び請求権を放棄する。』と明記されている。吉田首相は演説で、国後・択捉は南千島と明確に述べている。同年10月衆議院で、西村外務省条約局長は、放棄した千島列島に南千島(国後・択捉島)も含まれると答弁、国内外に向けて国後・択捉島の放棄を宣言。但し、歯舞・色丹島は北海道の一部と説明。
他方、1956年の日ソ共同宣言では「ソヴィエト社会主義共和国連邦は,日本国の要請にこたえかつ日本国の利益を考慮して、歯舞諸島及び色丹島を日本国に引き渡すことに同意する。ただし,これらの諸島は、日本国とソヴィエト社会主義共和国連邦との間の平和条約が締結された後に現実に引き渡されるものとする」と明記された。
こうした歴史的経緯を覆そうとすることは、日本の侵略戦争がもたらした現実を否定するものであり、「戦後レジーム」への怨念と報復、歴史への反動と言えよう。
当然、今回来日したプーチン大統領が「1956年の日ソ共同宣言には平和条約後に二つの島を引き渡すと書いてある」「私たちにとって一番大事なのは平和条約締結だ」として、1956年の日ソ共同宣言を堅持する姿勢を示している。これに対して安倍首相は「北方四島が日本領だという日本の立場を“正しいと確信している“として、サンフランシスコ条約の国後・択捉放棄の事実を踏まえてはいない姿勢にこだわり続けている。その意味では、今や安倍政権と共産党は、同列に並んでいるのである。共産党は、いやそれ以上に、これまで、国後、択捉からロシアのカムチャツカ半島の南西に隣接する占守(しゅむしゅ)までの諸島、「北千島を含めて日本の領土ですから全部返せという交渉」、「全千島返還をロシアに求めるべき」だとして、政府の弱腰外交を叩き、日本のナショナリズムを煽ってきたのであった。
<<「新たなアプローチ」>>
しかし今回、安倍首相は、日露交渉の局面を打開せんとして、「新たなアプローチ」を提起し、首脳間の「信頼」、日露の「経済協力」を前面に打ち出した。共同記者会見で「『新たなアプローチ』に基づく(北方領土での)共同経済活動を行うための『特別な制度』について、交渉を開始することで合意した」と発表。安倍首相は「私はプーチン大統領と、日本とロシアはすべての分野で関係を発展させる無限の可能性を持っているという考えで一致した」とし、「平和条約締結に向けた重要で大きな一歩になった」と表明、日本側は今回、ロシアへの80件もの経済協力で合意したという。
これらの合意は、千島歯舞諸島居住者連盟に結集する元島民や関係者の、「返還」の二文字にこだわることなく、「経済交流の促進」をと強く主張してきた願いとも合致するものである。
ただし、安倍首相の外交姿勢は、毀誉褒貶が激しく、信頼性に欠けるものである。しかし、ともかくもナショナリズムに基づいて対立をあおるのではなく、首脳間の「信頼」と「経済協力」を前面に打ち出したことは、日ロの平和的友好関係を構築・維持する上で前進と言えよう。安倍首相は、対中国、対韓国の領土問題においてもこのような姿勢をこそ貫くべきなのである。こうした姿勢、「新たなアプローチ」にこれまで踏み出さなかったことこそが厳しく問われるべきなのである。これを共産党・志位委員長のように、領土問題の解決は「『信頼』や『経済協力』で進展することが決してない」などと切って捨てることは、日露、日中、日韓の対立と緊張激化をあおりたてる好戦主義的な勢力や内外の軍需利益を追求する勢力をを利するものでしかない。
<<安倍首相にとってのパールハーバー>>
12/5、安倍首相は12月26~27日、アメリカ・ハワイを訪問し、オバマ大統領とともに真珠湾を訪問する、と唐突に発表した。首相が忌み嫌う、日本軍の真珠湾への先制・奇襲攻撃を「謝罪」するためではなく、責任を不問にした抽象的な「慰霊」のためであることが見え透いている。今年5月、オバマ大統領の広島訪問に際しての記者会見で、首相は「現在、ハワイを訪問する計画はない」ときっぱり否定していたものが、わずか半年後の方針転換である。この右往左往は、11/17にニューヨークで行われた、現職大統領を無視して行われた“異例”の次期大統領との「トランプ・安倍会談」、これによってペルー・リマで11/20に予定されていたオバマ大統領との日米首脳会談が流れ、それを埋め合わせ、なおかつ日ロ交渉にも役立てる、何よりも解散・総選挙に向けて支持率向上をはかる、姑息な意図の反映でもあった。すべてが首相の安易で軽薄な政治的打算とも言えよう。しかし、それが客観的に持つ意味は重大である。
問題の1941/12/8パールハーバー奇襲攻撃は、単なる日米開戦の日ではない。それは、1874年の台湾出兵から始まり、1894年の日清戦争、1904年の日露戦争、1910年の日韓併合、1914年第一次世界大戦への参戦、1915年対華21か条要求、1931年の満州事変、1937年日中全面戦争、1941年の仏領インドシナへの侵略、それに引き続く東南アジア諸国への侵略を経た、「大日本帝国」ファシズム・軍国主義が犯してきたアジア侵略戦争の必然的な帰結点であったのである。パールハーバー訪問の前に、これらアジア諸国への侵略に対する真摯な謝罪がなされるべきなのである。
しかし安倍首相にとっては、そのような謝罪は眼中にない。安倍首相にとってのパールハーバー訪問は、単なる日米軍事同盟の意義を高らかに喧伝する場と言えよう。なにしろ、「米国にだけ負けた」、「米国に邪魔されなかったら中国には勝っていた」「あの戦争はアジア解放のためだった」という言葉がのどに出かかる歴史観を持つ人物である。しかしそれでもパールハーバー訪問は、安倍首相にアジア侵略戦争への反省を厳しく迫るものであり、そうさせなければならない。
「アベ政治を許さない!」野党共闘と統一戦線にとって、日ロ首脳会談とパールハーバー訪問は、何よりもアジア諸国との善隣友好関係の構築へと外交姿勢を全面転換させる契機とさせなければならない。それを逆に、ナショナリズムに取り込まれて、領土問題の解決は「『信頼』や『経済協力』で進展することが決してない」などと叫んで、日露、日中、日韓の対立と緊張激化に同調したり、民族主義におもねっていたのでは、圧倒的な多数の人々から見放されてしまうであろう。
折しも、沖縄県名護市沖に問題の米軍輸送機オスプレイが大破、墜落。在沖米海兵隊トップのニコルソン四軍調整官は、沖縄県の安慶田副知事の抗議に対して「被害与えず、感謝されるべき」と激高する事態が露呈された。同副知事は記者団に「謝罪は全くなかった。本当に植民地意識丸出しだなと感じた」、「県民に被害がないのは表彰ものだと言い、抗議に興奮して怒っていた。感覚が全然違う。私たちはオスプレイそのものがいらない」と述べている。オスプレイを購入し全国展開しようとしていた安倍政権は、墜落事故に驚き衝撃を受け、動揺し、これを矮小化することにのみ腐心している。稲田防衛相は「墜落ではなく不時着水」、菅義偉官房長官は「パイロットの意思で着水したと報告を受けている」とシラを切り、沖縄の世論は怒りで渦を巻いている。「アベ政治を許さない!」野党共闘と統一戦線は、領土問題や民族主義に煩わされることなく、いまこそオスプレイNOの広範で強大な運動のすそ野を広げ、強化することが求められている。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.469 2016年12月24日