【投稿】米大統領選が明らかにしたこと 統一戦線論(30) 

【投稿】米大統領選が明らかにしたこと 統一戦線論(30) 

<<ヒラリーの誤算>>
 映像を通じて現代アメリカ社会・政治の問題を鋭く提起してきたマイケル・ムーア監督は、今年7月、早々と、自分のウェブサイトに、ドナルド・トランプの当選を予測するエッセイを投稿している。そして投票日直前の11/4のアメリカの独立放送番組・デモクラシーナウで、予備選では「大統領選で社会主義者と億万長者のどちらかを選ぶ大きな決定が下されるのだと私は期待していました」とバーニー・サンダース候補を支持していた彼が、クリントン候補を支持するようになった経過を語っている。
 ムーアは語る。「悪いニュースを知らせる人になってしまうのは残念だが、昨年夏にも、僕は、ドナルド・トランプが共和党の指名を受けるとはっきり言ったよね。今、もっと悪いニュースを告げよう。この11月、ドナルド・J・トランプは、当選するよ。卑劣で、無知で、危険な、時に道化師、常に狂ったこの男が、僕らの次の大統領になるんだ。」
 ムーアは、トランプが、ミシガン、オハイオ、ペンシルバニア、ウィスコンシンの4つの州に集中したキャンペーンを行うと予測。そこは、かつて工業地区として栄えた地域。「もし本当に工場を閉鎖し、メキシコに製造を移すなら、メキシコで作られた車がアメリカに送られてくる時、35%の税金をかけてやる」「iPhoneを中国で作るのをやめさせ、アメリカにそのための工場を作らせてやる」というトランプの言葉は、まさにここの住民が聞きたい言葉だったのだ。ここはイギリスのど真ん中と同じ。イギリスのEU離脱で起こったことが、ここで起こるのだ、とも述べる。
 トランプに対するクリントンについては、「彼女はタカ派です。彼女はオバマより右寄り。それが事実です」、「ヒラリーがイラク戦争に賛成した時、自分は絶対に今後彼女には投票しないと決めた」と言う。だが、「ファシストが僕らの軍を率いる人になることを防がなくてはいけないので、僕は自分に対して結んだ約束を破る」と、消極的ながら、今度の選挙ではクリントンに投票すると述べる。しかし、自分が選挙に勝つことだけを重視している彼女は、古い政治の象徴だとし、「若者は彼女が嫌い。ミレニアル(2000年代に成人あるいは社会人になる世代)が彼女には投票しないと僕に言ってこない日は、1日たりともない。民主党支持者ですら、この11月8日、オバマの時みたいに、あるいはバーニーの名前が投票用紙にあった時みたいに、興奮に満ちて投票所に出かけることはしないだろう」と述べている。そしてこれが現実となってしまったのだ。
 ヒラリーがトランプ支持者たちを指して「a basket of deplorables」(嘆かわしく恥ずべき人々)と、いかにも上から目線で見下したエリート主義が、逆にこの言葉を利用され、「I am an adorable deplorable」(私は愛すべき恥ずべき人間です)という言葉を印刷したバッチが作られ、1つ2ドルで売り出され、飛ぶように売れるという皮肉な現象を招き、ヒラリーの誤算をさらに深めてしまったのである。金融資本の横暴を許し、貧困と雇用不安と格差の拡大をもたらしてきた新自由主義と闘うことを明示せず、このような従来の政治に取り残された人々に歩み寄ることをせず、トランプを支持する「残念な嘆かわしい人々」への批判に明け暮れ、マスメディアのヒラリー支持に慢心し、これで圧勝できると楽観した結果が、この事態をもたらしたと言えよう。日本の野党共闘や統一戦線にとっても貴重な教訓である。安倍政権やその支持者を見下し、こき下ろすだけでは、有権者の支持を獲得できないのである。

<<「驚いた」、「ショックだ」と言うのはやめないか>>
 さらにこの米大統領選の争点として、トランプの、移民排斥ナショナリズム、人種差別、女性差別、反グローバリズムなどが目立つ争点として取り上げられてきたが、本質的にはより重要な争点としてヒラリーのタカ派的好戦性 対 トランプの非軍事的外交政策というメディアが見過ごし、あるいは過小評価した隠れた争点の存在がある。ヒラリーの好戦性は、ムーアも指摘しているところであるが、クリントン夫妻財団が軍事産業から数百万ドルもの寄付を受けていること、ISISよりもロシアそのものに敵対する世界戦争をも辞さないタカ派的外交政策。対するトランプの、海外介入反対、ロシア・中国との関係改善など非戦闘的外交政策、軍事撤退発言、NATOの存在そのものを疑問視する(堤未果「戦争が隠れた争点」エコノミスト誌10/25号)という政策対立である。そしてこの政策対立でも敗北したのである。
 しかし、なおそれでも実際の投票結果は、クリントン氏が約5973万票で得票率48%、トランプ氏が約5952万票で得票率47%と、クリントン氏が僅差だが勝っている。州ごとでの得票数が一番多かった候補が、大統領を指名する「選挙人」をその州で総取りできる選挙人制度のゆえに、総得票数で敗北したトランプに勝利をもたらしたのである。
 ムーアは、投票日翌日の11/9、IN THESE TIMES WEB 上で、「「驚いた」、「ショックだ」と言うのはやめないか。そんなことを言うのは、君が泡の中に生きていて、まわりの人たちのことやその人たちの絶望に見て見ぬふりをしていたことを告白しているだけだ。何年も両方の政党に見放されてきた人たちの間で、現在のシステムへの怒りと復讐心がたまりにたまってきたのだ。トランプの勝利は驚きではない。彼はメディアが作り出したのだが、同時にメディアを作り出してきた。そしてメディアの手に負えなくなった。トランプが大統領に当選したのは、選挙人という不可解な、まともでない、18世紀に考え出された制度のせいなのだ。この制度を変えない限り、私たちは選んでもいないし、望んでもいない大統領を戴き続けるのだ。」と語っている。
 敗北した民主党では、クリントンと闘ってきたサンダース氏が、米民主党上院指導部入りし、新設のアウトリーチ(普及)委員会の責任者となり、上院予算委員会の上級議員にも再任、サンダース氏とともにウォール街・金融資本の横暴を批判し、改革を訴えてきたエリザベス・ウォーレン上院議員も指導部入りし、再建に乗り出している。
 サンダース氏は11/16、ワシントンのジョージタウン大学で行われた演説で、「人種差別や男女差別、性的マイノリティーへの差別、イスラム教敵視などとは徹底してたたかう」と語ると同時に、いくつかの問題についてトランプ次期大統領とともに働けることを希望していると述べて、以下の6点の大多数の共和党の政治家とは異なる公約を具体的に取り上げて、その実行をせまっている(保立道久の研究雑記、11/19より)。
 (1)トランプ氏は社会保障予算をカットすることはしない。メディケアとメディケードを切ることはしないといった。私は拡充せよと主張するが、切らないというのは前提であり、重要な約束だ。
 (2)トランプ氏は、1兆ドルを我々の公共的なインフラ整備に投下すると約束した。それをすれば何百万もの給料の良い仕事口ができる。これも私の主張に共通する。
 (3)私は、今日の連邦の最低賃金が飢餓賃金であり、それは1時間につき15ドルにアップされねばならないと主張した。トランプ氏は、1時間につき10ドルまで最低賃金を上げなければならないと言った。これは十分ではないが、一つのスタートだ。
 (4)トランプ氏は、ウォール街の許しがたい強欲さと悪行を批判し、ニューディールで採用されたグラス・スティーガル法を復活するといった。これは最大の焦点のひとつだ。賛成なことはいうまでもない。
 (5)トランプ氏は、6週の有給出産休暇を実現すると約束した。地球上で主要な文明国といえば少なくとも12週の有給の家族と病気療養休暇が条件だが、これもスタートとしては重要だ。
 (6)トランプ氏はTPPなどの我々の壊滅的な貿易政策を変えるといった。これも賛成だ。
 時代錯誤の無知で頑迷な人種差別、外国人ヘイト、性差別などではまったく妥協はしない。しかし、以上が、誠実に行われるかどうかが問題だ。一緒にできることはいくらでも協力する。期待していると言ってもよい。
と語っている。これを紹介した保立氏が言う通り、「アメリカ政治はトランプ対バーニー・サンダースで動き始めた」と言えよう。

<<自衛隊を「災害救助隊」に>>
 安倍政権は、このトランプ次期米大統領に便乗し、この機会を逃さずと、防衛費をさらに増大させ、軍事政権化をますます強め、独自核武装をさえ視野に入れ、改憲への動きを一層加速させる強い衝動に駆られていると言えよう。
 安倍首相のこの衝動は、すでに9/26の衆院本会議で行った所信表明演説で、領土や領海、領空の警備に当たっている海上保安庁、警察、自衛隊をたたえ、「現場では夜を徹し、今この瞬間も海上保安庁、警察、自衛隊の諸君が任務に当たっている」と強調。「今この場所から、心からの敬意を表そうではありませんか」と呼びかけ、首相自ら壇上で拍手をして演説を中断、自民党議員らのスタンディングオベーションを促し、この呼び掛けに、自民党議員が一斉に立ち上がり大きな拍手で呼応した、そのまるで「国防戦士」をたたえるヒトラー気取りの姿勢とぴたりと重なり合っている。これに対して共産党は、「自衛隊が災害時の救命・救援に当たっていることを多くの国民は共感し支持していますが、…」(しんぶん赤旗10/2号)と完全に腰が引けてしまったのである。
 このヒトラーまがいの独裁的姿勢は、参院選さなかの6/26のNHK「日曜討論」で共産党の藤野政策委員長が防衛費について「人を殺すための予算」と形容したことをここぞとばかりに攻撃、これに屈して共産党が政策委員長を辞任させ、「自衛隊員の皆さまの心を傷つけた」として取り消し、謝罪させたこと。さらには7/4にはNHK番組の中で、小池書記局長が「私は、熊本地震や東日本大震災で、本当に自衛隊員のみなさんが大きな役割を果たしていると思います。・・・もし日本に対して急迫不正の侵害があれば、自衛隊のみなさんに活動していただくということは明確にしているんです。」と、自衛隊の違憲性を主張するどころか、自衛隊を持ち上げる路線に踏み出したことと軌を一にしており、このスタンディングオベーションはさらに共産党に対してより一層屈服するように畳みかけたものとも言えよう。
 先ごろ、日本共産党が11/15-16の両日に開いた第7回中央委員会総会で、志位和夫委員長が行い、承認された、来年1月の第27回党大会決議案は、自衛隊に関して
「安保条約を廃棄した独立・中立の日本が、世界やアジアのすべての国ぐにと平和・友好の関係を築き、日本を取り巻く平和的環境が成熟し、国民の圧倒的多数が「もう自衛隊がなくても安心だ」という合意が成熟したところで初めて、憲法9条の完全実施に向けての本格的な措置に着手する。
 ――かなりの長期間にわたって、自衛隊と共存する期間が続くが、こういう期間に、急迫不正の主権侵害や大規模災害など、必要に迫られた場合には、自衛隊を活用することも含めて、あらゆる手段を使って国民の命を守る。日本共産党の立場こそ、憲法を守ることと、国民の命を守ることの、両方を真剣に追求する最も責任ある立場である。」と述べている。
 これでは、「かなりの長期間にわたって」自衛隊批判が許されない風潮を蔓延させる完全な屈服路線である。
 森永卓郎氏は、マガジン9NEWS ’16.11.16号「森永卓郎の戦争と平和講座」で、トランプ大統領誕生を機に、防衛費増大ではなく、自衛隊の「災害救助隊」への改組を提案している。森永氏は言う、「私のアイデアはこうだ。まず、自衛隊を『災害救助隊』に改組する。自衛隊の本務を災害救助に変更するのだ。だから日常的に行う活動や訓練は、災害救助だけにする。ただし、災害救助隊は、日本の本土が侵略された場合には、国土を守る任務を別途持つことにする。つまり災害救助隊は、副次的に、有事の際の本土防衛に限定した機能を持つのだ。だから、災害救助隊は、海外には災害派遣以外の目的では行かないし、装備も災害救助のためのものを最優先し、武器は本土防衛に必要なものしか保有しない。イージス艦は持たない、空母も持たない、敵軍を攻撃したり、敵地を侵略するための兵器は一切持たないのだ。イメージとしては、海上保安庁と同じだ。」
 すでにこうした政策提起は、全国水平社設立の中心となり、水平社宣言の起草者として知られる西光万吉さんの「和栄隊」構想と軌を一にするものである。西光さんは、戦前軍部に利用された苦い経験から、原水爆禁止の運動に挺身し、破壊的な武力で国を守るよりも、日本の一切の武力を否定し、知識や技能の訓練を受けた若者らを平和建設の部隊として、世界の平和と人類の幸福に貢献すべきだとして、「国際和栄隊」の創設を提唱したのであった。(加藤 昌彦著『水平社宣言起草者 西光万吉の戦後』‐世界人権問題叢書、明石書店、2007/5/17発行に詳説)
 日本の野党共闘と統一戦線は、安倍政権の軍事対決・緊張激化路線に対して、受け身で屈服するのではなく、こうした明確な平和・軍縮政策をこそ積極的に対置し、打ち出すべきであろう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.468 2016年11月26日

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