【投稿】集団的自衛権の虚像
<実質改憲を先行>
安倍政権は参議院選挙の大勝を梃に、次々と軍拡、対外挑発政策を進めようとしている。
安倍政権の目指す「本丸」は憲法改悪であるが、それに至るプロセスとして政権発足以来しばらくは、改正要件緩和を目論み、96条の先行改正をアピールしてきた。
しかしながら、世論や公明党がそれに積極的ではないと判ると、参議院選挙の公約では一番後ろに引込め、争点化を避ける戦術に徹した。
結果として、改憲派の自民、維新、みんなの議席は3分の2に達せず、正面突破は当面難しくなったのである。
そこで、安倍政権は「中国の脅威」「日米同盟強化」を最大限利用し、これまで認められてこなかった集団的自衛権行使容認へと舵を切った。
これはまっとうな論議、手続きを経ないで憲法9条の空洞化を進めるという非常に危うい策動であり、歴代自民党内閣が行ってきた「解釈改憲」路線をも踏み出した、「実質改憲」である。
そのため、安倍総理はこれまで改憲への壁となって立ちはだかってきた、内閣法制局の長官を外務省出身の推進派に挿げ替えるという、極めて乱暴な人事を強行し、「法の番人」と言われる法制局に法匪的行為を合理化する役割を押し付けたのである。
法制局は内閣の一機関であり人事権は内閣総理大臣にあるが、業務内容は憲法に則しての法案の審査、内閣への意見であり、厳密かつ中立性が求められるものである。
それを自らの意を忖度する人物に仕切らせるというのは、監督が自分のチームに有利な判定をする審判を選任するに等しい。
早速就任した小松一郎新長官は「検討の議論に法制局も積極的に関与していく」(8月17日「読売」)として、政府の解釈見直し作業に参加していくことを明らかにした。
<4類型は現実離れ>
この政府レベルの検討のたたき台になるのが、総理の私的諮問機関「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」(安保法制懇:座長=柳井俊二元駐米大使)が、この秋にも提出する報告書である。
その内容については、法制懇の実質的統括者である座長代理の北岡伸一国際大学長が「集団的自衛権の全面解禁」とする基本的方向性を明らかにしている。
第1次安倍内閣時の07年5月に設けられた安保法制懇は、安倍退陣後の08年6月の報告書で、自衛隊の武力行使が認められるケースとして次のいわゆる4類型を提示した。
それは①公海におけるアメリカ艦船の防護②アメリカに向かうかもしれない弾道ミサイルの迎撃③国際的な平和活動における武器使用④PKO参加国に対する後方支援、について、①、②は集団的自衛権として武力行使を認める。③、④については、集団安全保障として憲法に抵触しない、との見解であった。この中で①、②は朝鮮半島有事を、③、④は中東での米軍支援を想定したものであるが、アメリカの戦略との整合性がとれていないのである。
①、②とも海上での支援が考えられているが、朝鮮半島におけるアメリカ軍の4つの作戦計画①5026(90年代の核危機時に想定された核施設へのピンポイント攻撃)②5027(北朝鮮の南進阻止と米韓軍の北進作戦)③5029(北朝鮮内乱への介入)④5030(03年に策定された積極的な内乱画策)は、いずれも朝鮮半島内を主要な作戦区域としている。
これらの想定でアメリカ艦船が攻撃されるとすれば、米軍の北朝鮮上陸作戦時、すなわち北朝鮮領海内であり、北朝鮮の地対艦ミサイルや航空機、艦船の能力からも日本が考える公海上の米艦船への攻撃というシナリオは無理がある。
弾道ミサイルについては、海自の保有するミサイルでは北朝鮮からアメリカ本土やハワイに向かうミサイルを迎撃するのは技術的に不可能で、グアムに向かうミサイルを迎撃可能なミサイルが配備されるのは、早くても2018年以降になる予定である。
そもそも北朝鮮が、そうしたミサイルを戦力化できるのかは不明であり、7月28日平壌で行われた朝鮮戦争「勝利」60周年の軍事パレードに登場した新型弾道ミサイルもダミーではないかと言われている現状から、攻撃・迎撃とも現時点では画餅に過ぎない。
しかも冷戦終結以降、アメリカの安全保障政策の最優先事項は、中東問題であり日本の思惑とはずれがある。朝鮮半島での作戦計画を策定していても、韓国駐留部隊から相当数をイラクやアフガンに派兵をしたのである。
<目的は権益確保>
安倍政権は、集団的自衛権の行使はアメリカを援助するためと思い込んでいるかもしれないが、本当にアメリカが支援を要望したのは、「湾岸戦争」「イラク戦争」時であろう。この時日本政府は参戦するのは憲法上不可能とし「戦闘終結後」の「ペルシャ湾の機雷掃海」と「サマーワでのイラク復興支援」でお茶を濁し、アメリカを落胆させた。
しかし今後、アメリカは中東を最重要視するものの、中東和平交渉の再開や、リビアやシリア、エジプト情勢への対応を見ても明らかなように、援軍を必要とするような大規模な軍事行動は展開しないだろう。4類型の①、②は非現実的であり③、④は遅きに失したのである。
ここにきて日本が集団的自衛権行使容認を申し出ても「何を今更」というのがアメリカの本音だろう。政府としても「4類型」と現実とのズレは認識しており、それが今回の「集団的自衛権の全面解禁・集団安全保障での武力行使容認」として出てきたと言える。
これは日米安保の攻守同盟化、さらにはPKO活動を突き抜ける多国籍軍への参加に道を拓くものであるが、もっと早く具体化するのは東アジアでの日米共同作戦よりも、アフリカ・アジアの紛争地域での多国籍軍も含む国連平和活動に対する自衛隊戦闘部隊の派兵であろう。
今後の工程表について北岡座長代理は「解禁に伴う具体的な行使の範囲については『全面的な行使容認とするかどうかは、(自衛隊の活動内容を定めた)自衛隊法改正の時の議論になる』と指摘した。さらに『自衛隊法を改正し、予算をつけ、装備を増やして訓練をし、ようやくできる』と語り、解禁即行使ではないことを強調」(8月10日「朝日」)した。
また礒崎陽輔首相補佐官は、自らのFACABOOKに「集団的自衛権の行使は、憲法解釈を変更した場合でも『必要最小限度の範囲内』でしか許されず、具体的に何ができるかは自衛隊法などに明確に規定する必要があり、何でもできるようになるわけではない」と書き込み、歯止めの必要性を強調した。
しかし、強引な解釈と、それに基づく自衛隊法改訂、恣意的な運用により事実上のフリーハンドが手に入れば、日本が不可能な軍事行動は、憲法を改悪しなくとも、二国間問題での先制攻撃=「武力による国際紛争の解決のための国の交戦権の行使」以外は無くなるだろう。
<反省無き軍拡>
こうしたソフト面での工作とともに、ハード面での整備も着々と積み上げられている。8月6日広島が原爆犠牲者追悼の祈りに包まれているとき、横浜では「軍艦行進曲」が鳴り響いた。麻生副総理、石破幹事長らの臨席のもと行われた護衛艦「いずも」(満載排水量27000t)の進水式である。(安倍総理は祈念式典よりこちらに出席したかったのではないか)。
「いずも」は、ヘリコプター搭載護衛艦とされているが、ヘリのほかに陸自のトラック50両と兵員約500人、燃料3300klが搭載でき、国際的には「軽空母」もしくは「多目的母艦」と考えられる艦艇である。
さらに防衛省は来年度概算要求に、水陸両用装甲兵員輸送車など「日本版海兵隊」設置に向けた経費を計上することが明らかになった。また開発中の新型輸送機C-2も配備が進めば、自衛隊の海外展開能力は拡大する。
このような権益確保のための軍事力の海外展開=緊張激化、対外膨張政策を「日米同盟強化」を口実に進められては、アメリカとしては迷惑千万だろう。
6月の米中首脳会談の緊密さに動揺した安倍政権は、直後の北アイルランドサミットでの日米首脳会談を模索したが、オバマ大統領は電話一本でお茶を濁した。
7月にはバイデン副大統領とシンガポールで会談したものの、首脳会談はめどが立たず、当面のトップレベルの会談は10月の同氏の訪日が決まっているのみである。
中国、韓国、そしてアメリカからも厳しい視線が注がれる中、安倍総理は8月15日の靖国参拝は見送った。しかし同日の戦没者追悼記念式典では、細川氏以降の歴代総理が述べ、自らも第1次政権時はそれを踏襲した「不戦の誓い」や「アジアの国々への反省の言葉」はどこかに消えていた。
この振る舞いは関係各国には、非常に不気味に映ったことは想像に難くない。安倍総理は「靖国参拝は心の問題」と言っているが、「ナチスを見習う」副総理を傍らに置くようでは、世界から「心の中で報復を誓っているのではないか」と疑われても仕方がないであろう。(大阪O)
【出典】 アサート No.429 2013年8月24日