【投稿】「医療崩壊」考

【投稿】「医療崩壊」考
                       福井 杉本達也

1.「たらいまわし」報道
 1月15日NHK昼のニュースは、2006年に大阪市内の救急搬送受け入れ拒否(病院に20回以上受け入れ要請したケース)が104件にものぼったと報じられた(大阪市消防局調べ)。これを、NHKは「たらいまわし」と報道している。「たらいまわし」とは大辞林によると「ある一つの物事をなれ合いで他の者に送りまわすこと」とある。むろん否定的な意味合いが濃厚である。最近、大阪・奈良を中心に執拗に救急病院叩きの報道が続いている。「大阪府河南町で昨年3月同府内の男性(70)が、21病院に受け入れを拒否され、救急搬送中に心配停止に陥って17日後に死亡」(福井:1月13日)、「大阪府富田林市で昨年3月、自宅で心配停止状態になって、救急搬送された女性(当時77)が13の病院に受け入れを拒否され、約1時間10分後に死亡」(日経:1月14日)。1月19日NNNニュース「大阪16歳少女・7病院に断られ死亡」(わざわざ2年前の治療を拒否してきた拒食症の少女の事例を出して不信を煽る・「搬送先の病院によると、少女は拒食症で、到着時にはショック状態で意識が無かった。」(時事:1.19))等々。ついには4コマ漫画でA:「キミ医学部学生だったね」B:「ハイ」A:「いまどういうのを習っているんだい」B:(たらいを足で回すシーン)A:「たらい回しか」(産経:2007.12.15「サラリ君」NO.9472)と皮肉る事態にまでに至っている。これらを「天漢日乗」氏はブログ上で『「大阪東南部焦土作戦」遂行中』と評している。

2.マスコミによる“犯人探し”は何をもたらすか
 こうした、マスコミによる“犯人探し”、医療機関・特に救急医療機関叩きは何をもたらすであろうか。上記「天漢日乗」氏の情報によると2007年8月の「奈良高槻妊婦搬送問題での行き過ぎたマスコミの奈良県立医大産婦人科教室叩きが原因となって、研修予定者が辞退を決めたという。産科医不足は深刻と、マスコミは報道する一方で、医師を悪者に仕立てるために過剰な奈良県立医大産婦人科教室叩きをこの何日か続けた。その様子を見て、これから研修を予定していた若手医師が辞退した。産科は慢性的に人が足りない。特に奈良では、大淀病院産婦死亡事例での毎日新聞が第一報で誤報を垂れ流し、メディアスクラムが起きた結果、この3月に奈良県南部の産科の最後の砦であった大淀病院産科が閉鎖されただけでなく、近隣地域でも産科の閉鎖・縮小が相次いでいる。辞退した若手医師についてだが、たった一人であっても、影響は大きい。一人の医師の養成には最低でも10年かかるのだ。その医師が、その10年の間に扱うお産は年間100件を超え、場合によっては200件になる。つまり 一人の医師が産科に進まなかっただけで、1000人~2000人の「未来の母親」が、掛かるべき産科の医師を失ったことになるのだ。そして、受け入れる側の奈良県立医大産婦人科教室では、当然、研修医をシフトに入れて、産婦人科の運営を考えていたはずで、それが白紙に戻ったことになる。予定していた医師が一人減るわけで、これが奈良県立医大産婦人科教室の過重労働をさらに悪化させることは間違いない。」(2007.9.1)とその影響の大きさを分析している。

3.医師不足はなぜおきたのか
 厚労省の調査によると、日本の医師総数は26万人である。人口千人当たり2.0人である。これをOECD諸国の人口当たり平均医師数3.1人と同等にしようとすると14万人たりない計算となる。雑誌『保険診療』の座談会では「ずっと以前から医師たちは過酷な労働時間で働いてきた。それが顕在化した」最近「医者たちが声を上げるようになった」(本田宏:埼玉県済生会)「医療事故の記述が99年あたりから急激に増えてくる…そこから3年ほど経った2002~03年ころから急に増え始め、04年の『新医師臨床研修制度施行』を機に加速されます」(権丈善一:慶応大)「医師のモラールの高さと長時間労働によって医療が支えられていた」(近藤克則:日福大)(『保険診療』2008.1座談会:「医療崩壊」の先に何があるか)と分析している。ようするに、これまで厚労省が「医師数は過剰である」としてきたことは、国際水準からいっても、また、現場の長時間労働という勤務実態から言っても大ウソであり、大学医局の講座制=徒弟制度の枠によって表面化しなかっただけであり、ここ数年、医師の意識が変化してきたことによって表面化してきたものである。それをさらに助長したのが、99年以降の医療瑕疵をめぐる医療裁判、医療事故に対する“誤報の垂れ流し”であり、最終的に「新医師臨床研修制度」の施行によって講座制のタガが完全に外れたのである。講座制のタガのあった99年ころでも、福井医科大学(現福井大学医学部)の場合、毎年百数十名が卒業生するものの、地元に残るものは3割であり、たとえば、主力の第一・第二・第三とある内科講座に残る卒業生はわずか6人しかいないという実態であった。福井県では多くの過疎地域を抱えるが、金沢大学や福井大学の卒業生は全く当てにできず、自治医科大学の2名の卒業生の10年間の「年季奉公」期間のうち研修期間を除く期間で必死にやりくりしているのが実情である。こうした中、原発の交付金などを財源として73億円をかけて整備した市立敦賀病院は03年度には47人の医者がいたものの、07年には38人となり、医師不足のため375床の病床のうち43床を閉鎖に追い込まれ経営危機に直面している(福井:2007.12.23)。

4.総務省の自治体病院の切り捨て
 総務省は12月7日に自治体財政破綻の新基準を策定した。自治体本体に地下鉄や病院事業会計を加えた「連結実質赤字比率」で自治体の財政破綻を宣告しようというものである。総務省の「公立病院改革懇談会」では、連結の対象となるため、経営改善の必要な公立病院の「独立採算」を強く求め、3年以内に経営の効率化をするよう病床削減や診療所への転換、民間への指定管理者制への移行を指導するという。公立病院の7割は赤字といわれ経営難ではあるが、地域医療の中核を担う公立病院がなくなれば地域の医療は崩壊する。こうした中、05年には福岡県が5県立病院の廃止・民間への譲渡と委託を、また、大阪府も5病院の独立行政法人化を行っている。しかし、民間譲渡・独法化・指定管理等の方策が地域医療の改善に繋がるとは思えない。職員給料の削減・長時間労働のさらなる常態化とそれに伴う医師・看護師のさらなる確保難・設備の老朽化や小児科や産婦人科などの赤字部門の廃止へと回転していくだろう。自治体が自らの財政状況を正確に把握するということは重要ではあるが、無目的に一般会計からの繰出しを減らし、病院に「独立採算」を押し付け、地域医療に対するコミットをできるだけ薄くしていこうとすることは、地域のさらなる疲弊と地域全体の崩壊を早めることになろう。

5.マスコミによる救急医療機関攻撃の本当の目的は何か
 前記座談会で虎の門病院の小松秀樹氏はマスコミの報道について、被害者の感情をそのまま出してしまうというのが日本のメディアの病気であり、『誰それが悪い』ということを根拠もなしに社会に植えつけ、『正義のために』と書いた記事が、結果として社会に悪い影響を与えていると分析しているが、はたしてそこに本当の目的があるのであろうか。
攻撃の目標は日本の医療サービス体制の根幹の1つを担う救急医療体制を崩壊させることにあるのではなかろうか。在日米国商工会議所は2006年版の『ビジネス白書』で、「医療制度の包括的改革にあたっては、現行の国民健康保険関係規則が本制度の足枷になっている…診療報酬体系や複雑なモニタリング規則に縛られ…医療資源の効率化および費用の効果的活用という目標としばしば矛盾した対応に走るケースが見受けられる。市場主導のシステム…効率的な資源配分を促す決定を反映させるべく、新たなインセンティブの設定が必要である。」と日本の医療制度を勝手に分析し、「医療財政の効率化のため、競争と選択の機会を拡大」し、「 効率的な医療制度を実現するため、自己負担を通じて患者に適切なインセンティブを提供」すべきであるとし、「医療機関に株式会社としての組織化を認めることは、医療機関のみならず、サービスの提供を受ける患者側の選択の幅を広げることになる。資金の新たな調達先や調達方法が医師や医療機関にもたらされれば、医療サービス産業への国の内外からの新規参入が促進」されると病院の株式会社化を要求している。
 救急医療体制を崩壊させることは、地域医療の中核を担ってきた総合病院をなくすということであり、国民皆保険制度に風穴をあけるととになる。病院経営は「競争と選択」の嵐の中に投げ込まれ、赤字を抱える自治体病院・独立行政法人病院は撤退を余儀なくされ、民間の中核病院は小児科や産婦人科など費用や手数のかかり、医療訴訟のリスクの大きい医療部門から撤退し専門科に特化せざるを得なくなる。地域医療の焼野ヶ原には、外資ファンド・保険会社を後ろ盾とし、「自由診療」ないしは「混合診療」を柱とする株式会社が容易に参入してくるである。
 米ベクテル社の主導により神戸・ポートアイランドに『医療産業都市』が整備中である。ベクテル社の構想によれば、『メディカルイノベーションクラスター』の形成には「「研究」-「治験」-「製造」-「医療サービス」の各過程を通じて産業化され、これがクラスターの成長の起動力となる。特に「研究」-「治験」の過程には、何回かのフィードバックが必要であり、そのプロセスが長いほど投資額は巨額になる。そこで、…研究者と臨床医を集積させ、また臨床疫学の研究を進めることで…効率化することが可能となる。」(『神戸健康科学振興ビジョン』)としている。つまり、人体を使った新薬の臨床試験=「治験」を繰り返すには「次世代の優秀な臨床医の集積」と大量の「国内外からの患者の集積」(同ビジョン)が必要なのである。福井県立大の本山美彦氏は「神戸空港を降りれば再生医療都市です。世界の最先端の医療が受けられます。しかも、米スタンフォード大学と遠隔指令で結ばれている。おそらく、アジアの有事を考えています。我々は、PETなどを受けに行きますが、いろんなアジア人の医療データが収集されていくのでしょう。」と指摘しているが、大阪・奈良の救急医療の焦土化作戦によって自然とべクテル社が描いた『医療産業都市』神戸・ポートアイランドに“全てが”集中することとなると考えるのはうがった見方だろうか。

 【出典】 アサート No.362 2008年1月26日

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