【投稿】年金記録問題の“ウラ”と“オモテ”を読む

【投稿】年金記録問題の“ウラ”と“オモテ”を読む
                         福井  杉本達也

①年金記録の問題は、年金不信を煽りに煽ってきた結果
 2007年2月17日 納付者を確定できない国民年金や厚生年金の納付記録が、06年6月現在、5095万件(60歳以上が約3850万件、60歳未満が約2215万件、生年月日を特定できないものが約30万件)あることが民主党等の指摘で明らかになった。年金記録問題の煽りをまともに受け、安倍内閣の支持率は33・5%と、昨年年9月の内閣発足以来の最低を更新した。不支持は9・0ポイント急増、57・7%と初めて過半数に達した(共同:6月23・24日・世論調査)。
 厚生年金の掛け金は労使折半であり、経済界は一方の重要な当事者のはずである。ところが、奇妙なことに、年金記録の問題をめぐって、経団連をはじめ経済人の発言は全くといってよいほどない。発言がないのは、自らにやましいところがあるからである。5月に発表された経団連の『規制改革の意義と今後の重点分野・課題』では、「企業年金制度では、雇用の流動化に即した規制改革を進め、特に企業型確定拠出年金に従業員拠出制を導入し、制度普及を促進すべきである。」(2007.5.17)と述べており、ASSERT2006年7月号で指摘したように、「財界としては厚生年金負担部分の2倍もの企業年金を支払っており『二重負担』となっているので(経団連:2004年度福利厚生事業費調査)、これ以上の公的年金の保険料率の引き上げはかなわないというのが本音」なのである。このため、経済界としては、この間一貫して、日本の年金方式である賦課方式(積立金を作らず、現役世代から徴収した保険料で、その年の年金受給者への年金をまかなう方式。)を攻撃し、年金不信を煽ってきたのであり、安部内閣と供に“共同正犯”である。
 
②経団連会長企業自身が偽装請負で厚生年金を負担せず
 キヤノンはグループ全体で、請負労働者が約1万5000人、派遣労働者は約7500人いるが、偽装請負が相次いで発覚している。「子会社のキヤノンファインテック(茨城県常総市)やキヤノン化成(茨城県つくば市)、大分キヤノンなどが、04年以降、労働局から指導を受けた。本体でも昨年10月に文書指導を受け、法令順守の徹底が求められていた」(Asahi 2006.7.31)。 といわれるように、本来は正社員化すべき労働者を偽装請負化し、厚生年金など社会保険を負担せずごまかしている。御手洗冨士夫経団連会長は、「請負労働者に技術指導出来ないのが制約になっている」、「偽装請負のおかげで産業の空洞化がとめられている」などの趣旨の主張を経済財政諮問会議の席上などでしている(議事要旨:2006.1013))。
 社会保険庁は、年金記録処理に対する国民の信頼を回復するために、6月4日に年金記録問題への対応策を公表し、基礎年金番号に結びつけられていない記録について、徹底的なチェックを行い、基礎年金番号に結びつける、今後1年間(20年5月まで)にプログラムを開発し名寄せを確実に実施するとしている。しかし、社会保険庁が本気で名寄せをすれば、本来、加入要件を満たしながら加入していない企業があぶりだされてくる。キャノンに代表される偽装も明るみに出る。社会保険の滞納事業者も10万6千事業所(全体の6.4%)もある(日経:2007.06.20)甚だしい話が、労働者本人からは給与天引きしながら社会保険料を納付しない脱保険料企業(日経:2007.6.26)も表にでてくることは必定である。
 
③所管が曖昧だった年金制度
 1961年に国民年金法が成立し国民皆保険制度が成立したといわれたものの、その後も国民年金は機関委任事務として市町村の窓口において行われてきた。また、厚生年金などの事務は都道府県知事の指揮下で地方事務官が行っていた。これを整理したのが、1997年の地方分権推進委員会第3次勧告であり、年金は国の直接執行事務として社会保険庁が一元的に実施することとして整理された。これを受けた2002年4月の地方分権一括法の施行に伴い、国民年金保険料の徴収については、国が直接行うものとし、地方事務官制度も廃止された。
 社会保険庁の職員数28800人(常勤17400人、非常勤11500人)という現体制は、5万6千人を抱える国税庁とは比較にならない。税務調査は5年前に遡るだけであるが、年金は一生である。軍人恩給などの事例をみても分かるが、戦後60年以上もたった現在も、日中戦争から第二次大戦期の埃にまみれボロボロとなった軍暦の台帳は捨てられないのであり、過去の資料を整理・突合するには膨大な手間と時間がかかる。厚生年金は、事業主からの届出に基づき、事業所ごとの被保険者名簿により被保険者記録を管理。被保険者名簿の記録は、資格喪失した際に社会保険業務センターに送られ、年金を裁定するために必要な記録を被保険者ごとに原簿で管理。 マイクロフィルム化がされているので当時の台帳の確認が可能であるが、オンライン化する際に別の読み方で登録されている記録もあり記録が見つかりづらい。また、国民年金は市町村で、被保険者名簿により被保険者記録を管理。社会保険事務所は、市町村の被保険者名簿に基づき作成した被保険者台帳により記録を管理しているが、廃棄されている台帳もあり、納付記録の確認が困難なケースもある(161自治体(約10%)は、国民年金加入者の名簿を廃棄)。また、自治体そのものの納付記録が不完全であったとの指摘もある(日経:2007.6.5)。1974年にオンライン化したとはいうものの、安部首相のいうように1年で名寄せが完了するとはとても思えない。
 
④社会保険庁法・年金法改悪の真の狙いは公的年金の私的年金化
 社会保険庁法・年金法改悪の真の狙いは、公的年金の所得代替率を低く抑えることにより、私的年金に、そして世界市場に膨大な年金資金を回すことである。米国はこれまで執拗に日本に対し私的年金の拡大を要求している。『日米投資イニシアティブ 』(米国大使館:2006 .12 .5)では、わざわざ「確定拠出年金」の項を起こし「非課税拠出限度額の引き上げや被雇用者拠出を認めることにより、年金の加入を拡大・深化させ、労働移動性を強化する。」「被雇用者拠出を認める(例えば、雇用者拠出額と同額の拠出)。」「加入者への投資助言サービスを認める。」ことなどを事細かに要求している。
 米国の圧力を受け、国内では、経済同友会の『社会保障改革委員会』(2006.5.10)は、「『世代間共助』から『各世代自立』へ:世代会計を示して世代間格差の是正を」「権利と義務の主体を『世帯』から『個人』へ:個人番号と個人会計の導入を」とし、「個人は、一生涯に亘り社会保障との関わりを持つが、生を受けたと同時に個人番号を割り当て、個人会計を設ける。各制度の給付と負担を個人単位にて、ライフサイクルを通じて管理する仕組みとして構築する。」との提言をしている。これは、現行の公的年金の「賦課方式」を根本から否定し、「積立方式」=確定拠出年金制度への解体を意図するものである。そもそも、この委員会には副委員長として、津 野 正 則 (ラッセル・インベストメント)、松 井 秀 文 (アメリカンファミリー生命保険)、松 島 正 之 (クレディ・スイス証券)氏らが入っている。誰の利益を繁栄した委員会であるかは一目瞭然である。
 こうした流れを受け、安倍政権の『骨太方針』では、「加入者が給付・負担の情報を容易に把握し管理できる仕組みの導入を目指すこと」、「社会保障においても、現在の世代が将来世代の選択肢を狭めることがないよう、ほかの世代に過度に頼らない『世代自立』の社会構造を目指すことが必要である」と強調し、「投資促進の観点から、確定拠出年金における拠出の在り方の見直しを検討する。」と明記した。(「経済財政改革の基本方針2007」:2007.6.19)
 さらに、安倍首相は、年金記録問題のどさくさに紛れ、6月14日の参院厚生労働委員会で、「年金や医療、介護などの給付と負担を一元的に管理するための社会保障番号制度の導入に向けた検討を急ぐ考えを」(日経:2007.6.15)表明し、また、7月5日の参議院選にあたっての記者会見でも年金・医療などの個人情報を一元管理する「社会保障カード」を11年をめどに発行すると繰り返した(日経:7.6)。では、なぜ、唐突にも『基礎年金番号』の名寄せもうまくいっていない段階での、全社会保険を網羅する『社会保障番号』制度の導入を提案するのか。
 
⑤『社会保障個人会計』の導入によって、社会をバラバラに
 現在の公的年金体系を解体し、日本版401(K)のような「確定拠出年金」型の導入を図り、年金資金管理を民間保険会社に任せるには「各制度の給付と負担を個人単位にて、ライフサイクルを通じて管理する」『社会保障番号』は欠かせない。
権丈善一慶應義塾大学商学部教授によれば、経済財政諮問会議に巣食う輩は「公的年金の世代間格差をことさらに問題視する姿勢を示し、積立方式化や民営化を論じては必要以上に国民に年金不信を植え付け、この国で暮らす人びとの生活不安の根源を長きにわたって醸成してきた。彼らは個人の負担と給付を一元管理する社会保障個人会計を2010年前後に導入するつもりでいる。公的年金の世代間格差論よりもはるかに大きく多くの楔を、この国の人びとの間に打ち込み、互いに反目するすさんだ社会を、彼らはどうしても作りたいらしい」(権丈善一教授HPより)のである。既に社会保険庁長官には、損保ジャパン副社長であった村瀬清司氏が送り込まれている。 又、日本の生命保険会社の多くはAIGグループを中心とする欧米資本に乗っ取られている。
 ところで、「生命保険会社全38杜の過去5年間の不払いの合計が約44万件・約359億円に達すること…不払いの可能性があり今後調査の必要な契約も170万件超あることが判明…不払いの規模がさらに膨らむのは必至だ。」(日経:2007.4.20)と報道されているが、生保・損保の保険金の不払い問題を指摘するまでもなく、こうした民間企業は個人が掛けた年金をまともに個人に返すとは思えない。厚生労働省企業年金研究会は、現在「企業が導入した確定拠出年金「日本版401(K)で、企業にしか認められていない掛け金拠出を会社員本人にも広げることを提言する…会社員の投資意欲を高めるのが狙い。」(日経:2007.6.27)としているが、国内外での投資リスクや為替変動の荒海の中で、個人の年金原資が消滅していくことは火を見るよりも明らかである。 社会保険庁の非公務員型公法人「日本年金機構」への改組=外郭団体化は、理事に保険会社のエージェントが乗り込み、その予算・運営・決算を含めて、国会・国民の監視の目が届かないようにするものである。安倍首相の役割は、こうした大きな流れに沿った道化にすぎない。

 【出典】 アサート No.356 2007年7月21日

カテゴリー: 政治, 杉本執筆, 経済 パーマリンク