【投稿】日本に資源戦略はあるのか 

【投稿】日本に資源戦略はあるのか 
    ―アザデガン油田の権益縮小と東シナ海天然ガス開発の行方―
                            福井 杉本達也

1.米国に脅されて撤退するアザデガン油田開発
 イラン南西部のアザデガン油田の開発交渉で、国際石油開発は10月6日、75%持っていた権益を10%に引き下げることでイランと合意した。開発投資に対する政府からの融資保証が得られないため、事実上の撤退である。2004年に開発契約を締結。推定埋蔵量260億バレルと中東最大級を誇るアザデガン油田は、日本にとって悲願の大規模自主開発油田となるはずだった。日量26万バレルは、日本の原油輸入の6%分に相当する。しかし、契約前から、米はイランの核開発疑惑を理由に日本の参画に反対を表明。開発着手は延期が重ねられた。イラン側が早期着工を強く求めたのに対し、日本は対米追随か、資源獲得との板挟みに陥り、この2年間、交渉は混迷を極めてきた。
アザデガン油田の開発交渉は、2000年11月ハタミ大統領が来日時に、日本が優先交渉権を獲得するという形で始まり、優先交渉権の見返りとして日本側が30億ドルの原油購入の前払い金を支払うことで合意した。当時わが国最大のアラビア石油がサウジアラビア・カフジ油田の利権を失った。サウジの見返り要求が過大すぎることが原因であった。このため日本はこれにかわる大型油田を求めていた。日本は原油輸入量の15%程度をイランに依存しており、アザデガン油田開発と言う経済協力によってイランとの絆を強め、同時に26万バレルの石油を確保できることは、日本にとってまさに一石二鳥の開発計画であった。
 10月13日の日経は社説で「エネルギー安全保障は、国家の総合的な安全保障政策の一部であり、両者の間に矛盾があってはならない…日本が国際社会と足並みをそろえて核拡散を阻止するという政策をとる以上、自主開発油田の確保もそれに沿ったものでなければならない。」と対米追随こそ『国益』と述べるが、果たしてそうか。日本が今後も米国の意向に忠実に従えば、米国が日本のエネルギーの安定確保を保証してくれるのであろうか。米国は世界最大のエネルギー輸入国であり、その最大の石油供給源であるベネズエラでは反米機運が高まっている。世界的に資源ナショナリズムの高まる中、イラクへの侵略は何としても中東の石油を押さえておきたいというエネルギー戦略の一環であり、米国は今後も自国の国益を優先し、その分け前は米英系石油資本にしか配分されない。日本がいかに対米追随の姿勢を示しても見返りは期待できない。そもそも、自衛隊のイラク派遣もアザデガン油田開発の『お目こぼし』を狙ったものであったが、石油に関する限り米国の態度は厳しいものがある。中国・インドをはじめ発展途上国も原油確保に必死となる中、その膨大な量を他に代替を求めようと言うのは幻想に過ぎない。日本のLNG需要の3割近くを占めるインドネシアも、一時期、輸出削減を打ち出し、ロシアのシベリア石油パイプラインも中国への敷設を優先され、日本の商社が権益を得て液化天然ガス(LNG)生産を目指すロシアのサハリン2プロジェクトも「環境問題」で頓挫の危機にある。アザデガン油田開発からの撤退は小泉内閣5年間の対米追随外交のみじめな失敗の結果である。

2.ようやく『共同開発』の方向へ動き出すか・東シナ海天然ガス開発
 一方、この間、日中の政治的緊張の中で膠着状態にあった東シナ海天然ガス開発は、さる10月8日の安倍首相と胡錦涛国家主席らとの首脳会談により、ようやく『共同開発』の方向へ動き出す気配である。この東シナ海の天然ガス開発問題は、尖闇諸島の領有権も絡む。「日本側が主張するEEZ境界である日中中間線付近の複数のガス田で開発を進める中国側に日本側は『日本側のEEZの海底にあるガスも採掘される懸念がある』と中国側に主張している」(日経:10.8)。国連海洋法条約では、EEZが重なりあう場合は、中間線をもつて境界とするとされているが、国土の地形・地質的自然延長としての大陸棚はそれに接する国のもの、という規定もあり、中国は東シナ海の大陸棚と琉球列島との間にある沖縄トラフまで権利があると主張している。
 中国側が設置した採掘井プラットフォームは、この中間線より中国側に五キロメートル人ったところにある。「油や天然ガスが眠る鉱脈が境界線をまたいで日本側の海域につながっている可能性があるため、日本は開発中止を要求」(日経:2005.7.15)。日本は『コップの中の飲み物をストローで呑み尽くすに等しい』という中川経産相(当時)の比喩に代表されるように、日本国内のナショナリズムを煽り、いたずらに日中間の緊張状況を作りだしてきた。
 しかし、元石油資源開発取締役の猪問明俊氏など、資源探査の専門家からは日本側の主張に疑問の声が上がっていた。「日本の国内法では、石油・ガス井戸は鉱区境界から100㍍離せば掘ることが認められており、それだけ離れさえすれば、先に掘った者が結果的に隣の鉱区の資源を採ることを禁じていないのである。隣の鉱業権者がそれで不満なら、自分も境界から100㍍離して井戸を掘るほかなく、相手に対して開発をやめろという権利はない。国際的に、国境からどれだけ離せという法律はないし、日中間でそのような取り決めもないのだから、「春暁ガス田」 の開発をやめろというのは国際的に通らない要求なのである。中国は、「春暁ガス田」を見つけるまでに不成功井を含め、いろいろな調査や掘削を実施し、その結果、地下地質資料を蓄積してきたはずである。そのために膨大な投資をしてきたことは間違いない。つまり、地下地質資料というのは、石油開発会社にとつては貴重な財産なのである。それを見返りもなく見せろという日本側の主張は、工業製品メーカーにその特許技術を開示しろと迫るのと同じくらいに失礼なことで、この業界では世界のどこでも通用しない要求である。」(東洋経済2005.10.1『非常識な日本側の要求中国と共同開発交渉を』)と猪間氏は明確に述べている。

3.身勝手な米国の対インド政策と追随する日本
 今年3月1日、ブッシュ大統領はインドを訪問し、両国は「グローバルな戦略パートナーシップ」であると確認し合った。インドは核不拡散体制の要であるNPT(核不拡散条約)に公然と背を向け、非加盟を貫いてきた。米国がインドに原子力協力することは、NPT否定派のインドのこれまでの行為を容認するものである。1974年の核実験実施以降米国はこれまでインドの核計画を非難し、1998年の再度の核実験を受けて核技術輸出を禁止した。しかし、9.11で米国は対印制裁を解除、日本も米国に追随し何の整合性もなく2001年にはインドに対する経済制裁を解除した。米国の豹変の背景には台頭するインド経済への接近政策と中国への牽制がある。
 インドはイランの天然ガスを輸入しようと、イランからパキスタンを経由してインドに至る全長2,800KMのパイプラインを敷設する総額70億ドルのプロジェクトを計画している 。インドとパキスタンは対立しているが、エネルギーを安定的に確保するために両国は協力しようとしている。イランの孤立化を図りたい米国は、この計画からインドに手を引かせるため、インドに民生用の核開発技術を供与することに合意したのである。NPTに加盟していないインドに核技術を供与することは米国の明らかなダブル・スタンダード(二重基準)である。そして思惑通りパイプライン・プロジェクトは立ち消えつつある。麻生外相はイラン制裁が議論される中、8月1日に「『アザデガン油田で話の趣旨を変えるつもりはない。核(問題解決)の方が優先だ』と述べ」対米追随政策を明らかにした(日経:8.2)。今回の北朝鮮の核実験により、日本政府の否定にもかかわらず海外のメディアの間には日本の核武装を論じる報道が目立ち始めた(日経:10.12)。背景には日本が大量のプルトニウムを保有することにある。核拡散は防がなければならないが、米国追随のダブル・スタンダードでは国際的信用も得られずエネルギーの確保もままならないことを自覚すべきである。

 【出典】 アサート No.347 2006年10月21日

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