【投稿】もはや「死んだも同然」長良川–ゲート開放が最後の手段—

【投稿】もはや「死んだも同然」長良川–ゲート開放が最後の手段—

<シジミは絶滅し、鮎は消えた>
 9月上旬、長良川上流域の郡上八幡を訪れた。郡上踊りで有名なこの町は、また水の町であり、長良川に注ぐ吉田川が町を貫き、水と共に生きる町でもある。町の中には水路によって水が導かれ、生活用水として活用されている。それが町の風情を演出し、多くの観光客を呼びこんでいる町であった。
 しかし、長良川のはるか上流でながら河口堰の影響は確実に現れてきている。下流に河口堰が完成しゲートが閉められて11年が経過し、長良川は、まさに死の淵にあるのである。
 すでに、ゲート閉鎖により長良川の汽水域(海水と淡水が交じり合う場所)は消滅し、長良川のヤマトシジミは絶滅した。
 年々漁獲量が減少している鮎は、毎年稚魚放流が40トンから50トン程度行われてきた。しかし、1992年は1029000kgの漁獲量があったが、2005年には181800kgと17%に激減している。もはや長良川は鮎の棲みかではなくなっている。これに比例して、鮎の日釣券の販売も、1993年16500枚(延べ16500人の釣り客が来た)であったものが、2005年には6100枚と3分の1強にまで激減しているのである。鮎師達は長良川から去っていった。
 長良川は鵜飼で有名であったが、鮎の激減などにより観光客が激減している。昨年は愛知万博の影響で若干増えたというが、2004年は、過去最高であった74年の3割にも満たない鵜飼乗船者数であった。この影響は、岐阜市内の旅館・ホテルの廃業となって表れてきている。
 
<生態系が激変し、川は湖沼化している>
 ゲートが閉鎖されて、単に魚道が無くなり、鮎の遡上ができなくなっただけではない。ゲート上流には、ヘドロが堆積し、自然の浄化作用が無くなり、水質が異常に悪化している。川に生息するすべての生き物の生態系が激変しつつあるという。
 河口堰近くの上流部は、すでに川ではなく湖沼化しており、水中のリン・窒素濃度の上昇によりかつては見られなかったアオコの大量発生が繰り返されている。また、水位の上昇によりヨシ原が激減し、自然の浄化作用も奪ばわれてしまった。
 郡上周辺のある川では、ヨシノボリ(淡水魚で高級魚)が大量発生したという。サツキマスなどの大型川魚が激減したためではないかと言われている。
 
<利水も治水も、事業目的に利用されず>
 事業目的が消滅しても、事業変更しないのが、国土交通省(旧建設省)はじめ日本の公共事業は特徴である。長良川河口堰についても同様である。最初「利水」目的によって河口堰は計画されたが、ゲートが閉じられても、利水は一向に進んでいない。
 当初の計画では、愛知・三重に、工業用水として14.8立方m/s,上水7.7m/sの利用であった。しかし、堰のゲートが閉められて11年間、1滴の水も中部地方の工業用水として利用されてはいない。困った当局は、地元の反対を押し切って愛知・知多地方に河口堰から上水を供給した(1.6m/s)。しかし、異臭が強いと不評である。また、河口堰周辺に堆積した大量のヘドロの浚渫工事が行われたので、水害対策としても河口堰は必要が無くなっている。
 
<ゲートを開放し、長良川を自然に任せよ>
 こうして、ゲート閉鎖から11年が経過し、何が残ったのであろうか。工業用水も上水も売れない、買わないとなれば、建設費用は誰が負担するのか。自然資源の激減は、漁獲量の激減となって漁業者を廃業に追い込むことだろう。観光客の減少も同様である。
 建設コストを回収できないばかりか、自然が本来持っている浄化作用や再生作用を奪った結果、建設コストをはるかに上回る再生コストが必要となるのではないか。さらに、川の自然が生み出してきた産業は衰退し、経済に与える影響も計り知れない。
 確実な答えは一つしかない。河口堰ゲートを開放し、本来の姿をもう一度再現することであろう。漁協関係者からは、鮎の遡上時だけでもゲートを開けたらどうかとの要望もある。売れない水を貯めておく必要もない。治水が目的というなら、梅雨や台風シーズンを除いてゲートを開放するという方法もあり、どのような変化が現れるか、実証すればいいのである。
 しかし、現時点では、国土交通省は従前の姿勢を変えていない。小泉は公共事業を縮小したというが、有効な公共事業のあり方もまた求められているのではないか。
 ゲート開放こそ、長良川再生に必要なのである。(佐野秀夫)
  
 さらに詳しい情報は、以下の「長良川ネットワーク」参照のこと。
 http://nagara.ktroad.ne.jp/network

 【出典】 アサート No.346 2006年9月23日

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