【投稿】「格差社会」を巡って

【投稿】「格差社会」を巡って
                       福井 杉本達也
 
 日本の経済格差が拡大している。山家悠紀夫氏は「『実感なき景気回復』を読み解く」(「世界」2006.3)の中で、輸出主導により企業の設備投資は拡大しているものの、家計部門は回復していないとし、小泉内閣の4年間で、民間法人企業所得は6兆円増加したものの、雇用者報酬は16兆円の減となっており、それ以前1998~2000年の3年間の減少8兆円よりもさらに減少幅が拡大していると指摘している。減少の要因を①企業のリストラ、②賃金の安い非正社員の増加、③正社員給与自体の減少にあるとする。これを裏付ける氏の資料によると、この4年間で、正社員の減少は307万人、一方非正社員の増加が231万人、正社員の平均年収の減少が22万円である。
 日本の経済格差の拡大をジニ係数の国際的比較により早くから指摘したのは橘木俊詔氏(岩波新書「日本の経済格差」1998年)である。橘木氏は「わが国の所得分配の不平等度は課税前所得と課税後所得ともに、急激に高まっている。特に当初所得は、ここ10年あまりの間に、ジニ係数が0.1前後上昇しており、短期間のうちにこれだけ不平等度の高まった国はない。しかも、ジニ係数が0.4を超えたかなりの程度の不平等である」とし、「1億総中流」=平等社会と思われていた日本が世界的にも有数の不平等社会になりつつあるという指摘はきわめてショッキングな内容であった。橘木氏の指摘は研究者の間では高く評価されたものの、小泉「改革」のもと、情報統制下のマスメディア等では無視され続け、これまで取り上げられることはほとんどなかった。そして、山家氏の指摘するように、この4年間で、小泉「構造改革」の“成果”として、格差はさらに拡大する傾向にある。
 しかし、小泉首相はこうした経済格差の実態に一切目をつむろうとしている。1月24日の衆議院本会議で、『ジニ係数』という専門用語まで用いて「格差社会」への反論を展開した。「近年、ジニ係数、ちょっと聞きなれない言葉でありますが、ジニ係数の拡大に見られるように所得の格差が広がっているとの指摘がありますが、統計データからは、所得再分配の効果や高齢者世帯の増加、世帯人員の減少といった世帯構造の変化の影響を考慮すると、所得格差の拡大は確認されない、また、資産の格差についても明確な格差の拡大は確認されないという専門家の報告を受けております」と答弁している。答弁の「高齢者世帯の増加…」はという下りは、大竹文雄氏らの橘木氏への“単純明快”な反論を踏まえてのものである。「日本の所得格差の変化の特徴は、所得格差拡大の主要要因は人口高齢化であり、年齢内の所得格差の拡大は小さい」(大竹文雄「日本の不平等-格差社会の幻想と未来」日本経済新聞社 2005年)、ようするに、見かけの経済格差が高まったのは、元々経済格差が大きい高齢者世帯が増加したためであり、実質的な不平等は拡大していないという主張である。確かに、高齢者世帯は所得格差が大きいが、高齢者世帯を除く一般世帯でもジニ係数は1980年代に比較して確実に拡大している。
 生活実態を見ようとしない者にとって、統計に様々な解釈を加えることはたやすいことである。たとえば、非正社員231万人の増加も、雇用の規制緩和によってもたらされたと主張することも可能である。八代尚宏氏は、「低賃金労働者の増加もゆゆしき事態に見えるが、収入がゼロだった専業主婦が低賃金労働者になったのなら悪いことではない。構造改革、規制改革により個人や企業は多様な選択ができるようになる。格差が拡大して人々が苦しんでいるという見方は一面的過ぎるのではないか」(日経2006.2.11)と主張する。
 マクロ統計の上では格差の実感が把握できないとする者に対しては、生活実態に即した具体的な統計を指し示す必要があろう。たとえば、生活の最も基礎的な住宅を例に見てみよう。「公的賃貸住宅の施策対象及び検討課題について」(国交省住宅局2006.5.19)によると、公営住宅の応募倍率は大都市圏を中心に近年増加傾向にあり、全国では9.4倍(2003年度 ボトムは1997年度:2.6倍)となっている。応募者の所得階層は最も所得の低い月収12.3万円以下の世帯が、1998年度は58.4%であったものが、2003年度には72.6%への大幅に増加している。さらに、世帯主が70歳以上の世帯は21.6%と全体の5分の1を超えており、増加傾向にある。また、母子・父子世帯の比率は、公営の借家で家族類型の約2割、公団・公社借家で1割を占めている。以上のように、公営住宅団地の状況は、この間の所得格差の拡大によって、ごみの分別回収もままならない、自治体会長の受け手もいない、火事があっても隣近所で助け合うこともできないというコミュニティー崩壊の状況にある。
 2月1日の参院予算委員会でも、首相は、社民党の福島瑞穂氏が構造改革に伴う経済格差拡大への批判が強まっていることをただしたのに対し、「どの時代におきましても成功する人としない人います。また、それぞれの人の持ち味が違います。力も違います。ですから、今後、我々は気を付けていかなければならないのは、貧困層を少なくするという対策と同時に、成功者をねたむ風潮とか、能力のある者の足を引っ張るとか、そういう風潮は厳に慎んでいかないとこの社会の発展はないんじゃないかと。できるだけ成功者に対するねたみとかそねみという感情を持たないで、むしろ成功者なり才能ある者を伸ばしていこうという、そういう面も必要じゃないかと。」答えた。「格差」を「ねたみ」という一言でバッサリ切り捨てようとするなんと非人間的な答弁であろうか。
 しかし、首相が何と答弁しようが、首相とホリエモンという「二人の寵児のシルエットは見事に重なった」(日経 2006.1.30 田勢康弘「時代の寵児一重なる陰影 政治の潮目変わる予感」)のである。熱に浮かされたような「自由主義」「市場化」「効率化」の波が去る政治の潮目にあたり、経済格差をこれ以上拡大させない公正な政策を打ち出さねばならない。 

 【出典】 アサート No.339 2006年2月25日

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