【本の感想】近くて遠い国、台湾を理解する

【本の感想】近くて遠い国、台湾を理解する
                                 「台湾は台湾人の国」(許世楷・盧千惠:はまの出版 2005-04)

東アジアを考えた場合、朝鮮半島の二つの国、そして中華人民共和国、そして中華民国の4つの国が文化的に歴史的にも関係が深い。しかし、中華民国(台湾)について、余りに我々は理解していないのでは。紹介する「台湾は台湾人の国」を読んで、私は反省を込めて言うことができる。
著者の許世楷氏は、台湾独立運動を経て、現在は台湾の民進党陳水扁氏より任命された台湾駐日大使である。戦前の日本植民地時代に生まれ、戦後国民党蒋介石支配時代に日本に留学され、国外から国民党の恐怖政治に対して台湾独立運動を展開、90年代に一定の民主化の中で、帰国を果たした。本書は、連れあいの盧千惠女史との共著の形を取り、台湾独立・憲法制定運動を展開されてきたご夫妻の「自伝」である。

氏によれば、現在4つのエスニック系住民が共存した国家であると言われる。原住民、15世紀以降に福建などから移住した人々(ホーロー語系、客家系)、そして中国の社会主義革命の中で大陸から逃げ出してきた蒋介石国民党政権に繋がる人々。確かに歴史的に中国大陸から移住してきた人々を中心にしているが、1949年以来、中国大陸とは分離された主権・領土、独自の文化圏、国家圏を形成しているのである。当然、中国(中共)の一部などではない。
近代になり、アヘン戦争の頃から台湾は、列強のアジア侵略の中継地として注目され、日本と同様にイギリス・フランスの侵略行為を受ける。清王朝の庇護の下にあったが、最終的には日清戦争の戦後処理として、1895年下関講和条約により、清朝は、台湾を日本に割譲し、以後1945年日本の敗戦まで植民地となった。

著者は、日本統治が始まって40年程経った1936年に台中市に生まれる。著者の少年時代は、日本支配の時代であり、台湾語は禁止され、学校では日本語が強要されていた。その影響は文化の継承にも及ぶこととなった。著者の祖父が日本支配に抵抗する台湾文化協会に属し、京大卒の弁護士であり、台湾人としての誇りを強く持っていた影響もあり、日本人学校への入学を拒否したことが、彼の生き方を決めたと語る。

1945年の日本の敗戦により、日本軍が引き揚げた後、今度は大陸から国民党軍が台湾に入り、国民党の支配が始まる。日本語に変わって北京語が強要される。日本語しか話せない多くの人々に対して、「反日教育」が行われ、敵国日本の文化を否定し、今度は中国の文化・教育が強要されることになる。国民党支配は2000年まで55年間続くことになる。
国民党支配の下では、戒厳令体制となり、反政府運動は弾圧される恐怖政治が続く。著者は、1959年日本に留学、早稲田大学に入学し、国外から台湾を見つめ、台湾人としての自覚を強め、台湾独立運動を広げていくのである。
60年安保闘争期には、日本の運動を見つめ、台湾人としてのアイデンティティを獲得していく。以後、著者は国民党政権から危険人物として見なされ、33年間台湾に入国できなかった。
台湾国内の政治犯釈放運動を展開した著者達留学生は、1966年米ラスク国務長官が京都で開催された日米貿易経済合同委員会のため来日。会場前の墓地で「政治犯の釈放」を求めるハンガーストライキを決行している。
大学卒業後、東京大学博士課程を経て、津田塾大学国際関係学科に職を得て以降も、在日台湾人の人権擁護、台湾国内の政治反釈放などの人権運動の中心となり活動していくことになる。

やがて、蒋経国死去後、1990年に国民党李登輝政権の下、一定の民主化が図られ、1992年に帰国を果たす。以来、現台湾憲法が国民党により作られた憲法であり、台湾にそぐわないと「憲法改正運動」を提起。この運動を進めた仲間が、民進党政権誕生後、その中枢を形成している。

台湾人としてのアイデンティティの確立のため、夫人であり児童文学者の盧千惠女史は、伝承民話の収集や台湾文化を見直す運動を進められ、文化面での台湾復権を担われてきた。民進党が2度に渡って、国民党に勝利してきた台湾国民の力の源泉が、この二人の闘いに象徴的な「台湾独立」という願いなのである。
植民地として日本に支配され、続いて国民党による恐怖独裁政治を経て、今、台湾の政治的変化の源泉が、ここにあると思われる。

本書は、お二人の共著として、大変平易な言葉で語られ、人間味溢れる内容となっている。中国の脅威に対して台湾の独立を掲げている、という台湾の立場を理解することができる。現在、日台は、「中国はひとつ」という中国の主張により、国交がない。経済的には台湾の成長も著しく、日本を訪れる最大の外人観光客が台湾人であること、55年の植民地支配にも関わらず親日家が多いことを含めて、日本に対しては、「中国は二つ」を明確にすること、「親日的な台湾」とも友好を深める立場にたつことを期待されている。国外生活33年(夫人は38年)に及ぶ長い闘いを貫いてこられた著者の言葉は自信に満ちている。台湾の歴史と変化の中にある台湾を理解するには最適の本と言えると思う。
(佐野秀夫)

【出典】 アサート No.334 2005年9月24日

カテゴリー: 書評 パーマリンク