【書評】『ネパールに生きる—揺れる王国の人びと』
(八木澤高明 写真・文、2004.12.15.発行、新泉社、2,300円+税)
「ネパールは今、出口の見えない混迷の渦中にある。そんなネパールの現実が日本で伝えられることはほとんどなく、同じアジアであるにもかかわらず、はるか遠い国の出来事としか思われていない。日本はネパールに対する世界最大の援助国であり、多額の政府開発援助(ODA)が注ぎ込まれている。日本人の想像が及ばないほど、ネパール人にとって日本は近い国であり、・・・(後略)。かたや、日本で知られているのはヒマラヤぐらいで、『知られざる国』というのが現実なのではないだろうか」。
本書は、カメラマンとしてネパールに魅せられた著者が、ネパールを撮り続けた記録である。そこからは日本人の想像が及ばないほどの、ネパール社会の諸側面の複雑で深刻な現実が浮かび上がってくる。
ネパールについてごく簡潔に触れておけば、1769年にネパール全土を統一したシャハ王朝は、1846年実権を握ったラナ家一族の下に鎖国政策をとっていたが、1951年立憲君主制をしき、開国に踏み切った。しかし1960年、マヘンドラ国王のクーデターにより議会解散、政党活動禁止のパンチャヤト(評議会)体制で国王親政を開始した。その後1990年のピレンドラ国王時には大規模な民主化運動によって政党活動が解禁され、立憲君主制を柱とする新憲法が公布された。しかしカースト差別、貧困、土地改革などの改革が進まないため、1996年以来マオイスト(ネパール共産党毛沢東派—-ただし中国共産党とは無関係)が武装闘争を展開するにいたった。この中で2001年6月、皇太子によるとされるピレンドラ国王一族の虐殺事件が起こり、前国王の弟ギャネンドラ新国王が即位して、直接統治を宣言、議会諸政党と対立した。こうしてネパールは現在、王権と議会諸政党とマオイストの3勢力の対立が続いている。
このような浮き足立ったネパール社会を著者は撮り続ける。その詳細は本書に掲載されている多くの写真を見ていただきたいが、内容的には社会問題に焦点を合わせたものとなっている。「こどもたちの現実」(児童労働)、「見えざる王室の闇」(王宮事件)、「銃を取る若者たち」(マオイストⅠ)、「出口なき混迷」(マオイストⅡ)などの諸章は、経済の低迷と人口の急増と政治的混乱の中で、どう切り開いてみても縺れてしまう諸要因を抱え込んだネパール社会を映し出している。例えばネパール西部に根を張るマオイストたちへの取材では、一方において確信に生きる左翼運動の主張があると同時に、他方にきわめて単純な理由(今の貧窮生活からの脱出)がマオイストの隊列への参加理由となる、といった具合である。
とりわけネパール社会に歴史的に暗い影を落としているのがカースト制度である。これについては、桐村彰郎「ネパールのアンタッチャブル」(沖浦・寺木・友永編著『アジアの身分制と差別』、2004.9.30.発行、解放出版社、「第Ⅱ部 インド・ネパールのカースト制差別」第3章所収)に詳しいが、本書では「逃れられない宿命」(アウトカースト・バディ)の章で、バディ(桐村論文では、バディは[ダンサー]の職業カーストとされている)の置かれている因習的伝統的で苛酷な状況を紹介している。
またネパール社会の現代的な影としては、「日常に潜む影」(エイズ)が取り上げられる。貧困の故にインドなどに出稼ぎに出ていた夫からHIVを感染された妻、売春婦として身売りされ感染した女性など問題は深刻である。
最終章「夫の無実を信じて」(東電OL殺人事件)では、犯人として無期懲役の判決を受け服役中のネパール人が出てくる。この事件は1997年に発生し、週刊誌などによってセンセーショナルに取り上げられたが、ここでは彼を取り巻く背景(ネパールの社会・家族)を切り口に、日本社会の警察・司法、外国人労働者対策の姿勢が問われる。
なお「忘れられた兵士たち」(グルカ兵)の章では、勇名を馳せたグルカの退役兵が登場するが、過去において(そして現在でもなお)イギリスの傭兵として働いていながら、待遇、補償の面で差別され続けているグルカの人びとの現状が紹介される。そしてこの問題が、日本の戦中戦後の補償問題と共通するものを持っていることが示唆される。
以上本書を概観してきたが、ヒマラヤに聳える高峰以外にはほとんど知られていないネパールに、実は現代世界の諸矛盾が凝縮されたかたちで噴出していることを示してくれたのが本書である。登山と観光というエキゾッチックな舞台裏に、貧困とカーストと内戦という闇の世界が広がっているネパール社会を、最大の援助国である日本が今後どれだけ理解していくのか、課題は重いと言わねばならない。(R)
【出典】 アサート No.331 2005年6月18日