【本の紹介】山口二郎著 「戦後政治の崩壊」

【本の紹介】山口二郎著 「戦後政治の崩壊」
             (岩波新書 2004年6月)   

 山口二郎教授の政治分析には、いつも注目している私だが、ちょうど参議院選挙が小泉自民党の敗北に終った後で、本書の出版を知り、早速購入し、読ませていただいた。
 
 <戦後政治の崩壊>
 山口氏は、現在進行している政治的状況、日本政治が陥っている危機を「戦後政治の崩壊」と捉えることから、解明し、危機を乗り越えるための変化の兆候に光をあてる、と序において語る。
 本書の構成は
  第一章 戦後政治とは何だったのか
  第二章 変質した憲法政治
  第三章 迷走の政党再編
  第四章 構造改革の政策対立
  第五章 政治主導への挑戦
  第六章 デモクラシーの融解
  第七章 次なるデモクラシーに向けて
  
 第一章においては、戦後政治の構造を次の4つの構成要素から解き明かそうとする。「外交・安全保障」「政党システム」「政策内容」「政策決定システム」である。
 著者が、戦後政治の崩壊と捉えているのは、冷戦終焉とバブル崩壊までは、それなりに平和を維持し、経済復興・成長を支え、機能してきた「戦後政治」が機能不全に至っている状況を言う。そして、冷戦終焉から15年を経過した現在、それに対応した外交・安保政策も未確立であり、経済政策においても市場万能主義が強力に推し進められているにしても、それが決して成功していない。
 冷戦終焉とグローバル化の進展という事態の中、15年を経て、新しい政治のシステムを構想しようと著者は、分析を進めておられる。
 
 外交・安全保障においては、60年安保を経て、「第9条も自衛隊も」という、「軽武装+経済発展」を重視する「保守本流路線」が自民党の基本政策となる。専守防衛と日米安保の傘の下で経済発展が保証されたわけであるが、この間の内政中心的傾向は、日本の思考力を麻痺させ、冷戦終結以後問題を噴出させることになる。
 政党システムにおいては、自民党一党支配が冷戦体制の間継続した。中選挙区制の下で、保守と革新が二対一で推移した結果、政権交代の起こらないシステムと、「保守本流路線」の下で、自民党議員は、それぞれの出身地域への利益誘導型政治にまい進した。一方野党は政権を目指さず、政権のチェック役を果たして、社会党も野党第一党に安住した。
 自民党が推進した政策は、「国土の均衡ある発展」であり、地方への財源分配であった。高度成長にも支えられ、都市部から地方への税財源の一方通行的移転に不満が起こらなかった。(現時点では、都市部の反乱といわれるほど、シビアになっている)
 安定した政権の下で、実際に政策を立案・決定してきたのは官僚であった。同じ議員内閣制を取るイギリスとの比較において、「官僚内閣制」とも言えるシステムであった。さらに、省庁利害と結びつく族議員の形成を通じて、「無謬の官僚」達が、閉鎖的な省利害を追求してきた結果、財政赤字は深刻な事態となった。

<護憲勢力の衰退と日本版ネオコンの登場>
 第二章では、「九条=安保」体制の終焉との副題で、冷戦終結後に起きた諸変化を分析する。冷戦後、地域紛争が強まり、国際的には日本の役割が直接問われる場面が現出する。「九条は役に立たない」とする改憲派に対して、「九条を守ろうとする護憲派は、こうした逆境の中で、国際紛争の解決や平和の創出にどのように取り組むかという難問に取り組まねばならなかった。そして、この問いに答えを出せなかったところに、護憲勢力の衰退の原因がある」と著者は言う。
 村山政権による社会党の路線転換(自衛隊・安保容認)、自民党の右傾化を経て、日本ネオコンが登場することになる。しかし、「安倍の核武装発言に現れているとおり、世界の現実を知らないのは彼ら(安部や石破)の方である。・・日本の独りよがりの行動がどれだけ国際的な緊張を高めるかについて考慮することもできない。・・・これこそ平和ボケ以外の何であろうか。」と批判される。
 保守本流といわれた自民党内の老練な政治家が退場し、二世、三世のタカ派政治家が改憲論議の主役となっており、「改革」の仕上げとしての改憲に躍起となっているが、単に自衛隊への制約をはずし、武力行使を可能にすることのみが改憲の目的となっているのである。
 
<政党の変質、政策不在の連立政治>
 1993年の細川連立政権は、政治改革の実現をめざし、村山政権は戦後政治体制の維持を通じて、歴史の積み残し課題に取り組むという、政権の性格がはっきりした政権であった。しかし、1996年の総選挙以後の連立政権は、自民党が連立相手を社会党から自由・公明という転換させた事を含めて、「自民党主導の政権維持」を目的とする連合政権となった。
 現在の公明党も、連立政権に入るにあたって、実現する政策目標の示さず、「与直し」「実現力」ともっぱら、政権維持による利益を求めているにすぎない。実際にはチェック機能さえ果たせていないが。
 小選挙区制では自民党議員が一層利益誘導を図るため、政権交代を不可能にする可能性にこれまで言及してきた著者であったが、特に昨年の総選挙以降は、民主党がマニフェス戦略を採用し、ほとんどの選挙区に候補者を擁立させたことで、必ずしも現職に有利に働かず、政権選択を意識した投票行動が生まれつつあること、さらに利益誘導策だけですまない基本戦略において、自民党の側にも候補者選びにも変化が出てきていることを肯定的に評価する。
 その意味において、民主党の戦略については、以下の2点を指摘されている。
 第1は、正攻法による政権交代の道筋の重要性である。菅前代表の手法として、自民党を書き込んだ政変による政治戦術が目立った。自らの党首辞任もこうした戦略の裏返しであった。第2は、国会における与党との戦い方で、明確な反対を貫くことの重要性をあげている。与党の推進する法案の問題点を明らかにし、反対を貫くことの重要性である。与党との妥協については、野党の役割放棄につながる、「野党の政策は、政権交代が成就した暁でなければ実現しない。野党は採決で負けることを前提として、自らの政策・主張の優位を効果的に訴える戦術が求められる」と。
 
<構造改革の政策対立>
 この著書のメインテーマは、ここからだと思う。つまり、構造改革をめぐる構造を明らかにし、対抗軸の設定についての議論に言及されている部分が、第四章、第五章である。
 著者は、まず自民党が戦後推進して生きた「社会経済政策」を、「リスクの社会化-個人化」と「裁量的政策-普遍的政策」の二つの軸で類型化し解明しようとする。
 「リスクの社会化-個人化」の軸は、健康や失業などの不幸に対して、リスクにどう対応するかを巡る軸となる。極端な例として、アメリカでは公的健康保険が存在せず、4000万人以上が、未加入の状態にあり、「リスクの個人化」そのものである。一方、「リスクの社会化」とは、誰もが陥る可能性のある困難については、みんなでコストを負担しあって、分散させる、健康保険や雇用保険など社会保障を整備する考え方となる。
 小泉構造改革は、基本的に前者の「リスクの個人化」路線であるが、実は保守本流と言われた自民党の旧来の路線は、どちらかと言えば「リスクの社会化」の考え方にあったはずである。
 もうひとつの軸、「裁量的政策-普遍的政策」は、政府の政策手段の特徴を捉える軸であり、普遍的政策とは、政府の行動についてルールや基準が明確な政策であり、裁量的政策とは、権限を持つ省庁や官僚が裁量によって、補助金や業界への利益配分を行うことである。
 これまでの自民党は、基本的に「リスクの社会化」を「裁量的政策」で運営してきたわけだが、80年代・90年代を通じて、「リスクの社会化」と「裁量的政策」に問題がでてきた。リスクの社会化にかかる財源問題は、膨大な財政赤字となってなり、国家財政を縛り、補助金・交付税制度に頼った自治体の財政赤字問題などで行き詰まってしまう。
 裁量的政策については、無駄な公共事業や官僚の密室体質などに批判が強まっていった。まさに、この場面で、小泉が登場してきたわけである。
 小泉は、官僚バッシングや「抵抗勢力」を批判してきたが、これは「裁量的政策」を拒否する動きであり、「リスクの個人化」については、健康保険自己負担増などがすでに実施されてきた。このように小泉構造改革は、「リスクの個人化」を「普遍的政策」で行おうとしていると分析され、これに対抗する勢力は、「リスクの社会化」手法を対置し、裁量的政策を止めさせ、普遍的政策手法による、「日本版第三の道」を対置すべきだ、というわけである。
 
<再構築必要な「平等」と「平和」>
 本書の終章は、「次なるデモクラシーに向けて」と題され、目指すべき社会像としての「平等」の再定義と、世界における日本の針路としての「平和」の再定義の必要性が語られる。
 竹中平蔵が好んで用いる「努力したものが報われる社会」というスローガンが象徴的である。これは明らかに虚偽を含んでいる。現在の社会が、努力しないものが報われる社会であるはずがない。
 著者は、結果の平等ではなく機会の平等をいかに実現するか、そのための公共政策の必要性を説く。この路線は、西欧社会民主主義政党の展開する「第三の道」路線である。その際注意すべきこととして、裁量的政策の縮小と明確なルールの確立があれば、リスクの社会化がモラルハザードを助長するものではないと言う点。そして、裁量的政策の縮小を図る意味でも地方分権の重要性であり、政策の中身において、公共事業におけるモノへの投資から、教育・雇用・医療などへの投資に優先順位を切り替えることが必要である点である。
 「平和」の再定義については、憲法九条理念は21世紀の現在も今なお有効である点を確認しつつ、「単にかつての専守防衛路線に戻ることを主張するだけでは不十分であり」、非軍事的手段だけでは平和を作り出せない場合、日本はどう行動すべきか、という難問に答える必要がある。
 人道や民主主義を実現するために武力の発動が必要な場合、日本もそれに参加する必要がでてくる。国連による国際的安全保障の活動などであろう。加えて、アジアの安全保障について、地域的協力の強化について、イニシアティブを取る事も、日本に求められるだろうとしている。
 
<新たな政治実現の基礎となる内容>
 総選挙の結果は、国民は「リスクの個人化」を推進する小泉政権にNOの意思表示をしたと言える。政権交代も視野に入った今、現在の野党に求められる戦略は何か。キーワードは何であり、掲げるべき政策のポイントは何なのか。本書は、専門書ではなく、平易な言葉でそのグランドデザインを描いているのではないか。ぜひ、読んでいただきたい1冊である。(佐野秀夫) 

 【出典】 アサート No.321 2004年8月21日

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