【報告と討論】広がりつつある能力・成果主義

【報告と討論】広がりつつある能力・成果主義
 –どうなる?これからの賃金システム–

<賃金の若干の歴史>
能力成果主義という前に、日本の民間企業における賃金制度の流れを見てみたいと思います。日本の賃金制度は電産型賃金からとよく言われます。基準内賃金・基準外賃金という分け方そのものが「電産型賃金」の典型といわれます。基準内賃金には本人給、勤続給がありますが、これは生活保障給の性格をもったもので、年功序列を基本にしています。 もともと、この戦後の賃金制度の賃金制度の基本とも言われる電産型賃金にも、一定の能力主義的要素を含む賃金体系ではあったわけです。しかし、それはあくまでも年功給を前提として、一定の職業能力、業務能力に応じて一部要素としての能力的部分があったということで、「生活給としての賃金」が基本的な考え方です。
1960年代から70年代の高度成長時代は、この制度が労働者の生産意欲を高めるのに効果的であったといわれています。ただ、70年代の後半から、能力給への一部転換が図られてきます。それが職能給というものです。職能給というのは、一定の資格だとか能力のレベルを会社側の基準に沿って、係長とか課長とかのポスト給とは別に、職業能力的要素を導入してきたわけです。ただ、あとで述べます能力成果主義賃金との違いは、目標管理だとか行動指標を見るとか、パフォーマンスを見るとかの評価基準が導入されたわけではないのです。

<能力成果主義の全面的導入>
90年代に入って、成果主義という考え方が導入されてきて、いわゆる目標管理・行動評価が言われはじめます。ただ、2000年以降との違いは、それが成果主義の導入ということが、戦後以来の年功給、生活給などの賃金制度をそれなりに維持しながら導入されたということです。
ところが2000年代に入ると、そういう年功序列的・生活給的な側面を一掃・払拭していこうとする流れが顕著になってきます。最近では、かつて日本型雇用慣行の代表とまで言われた松下電器産業でさえ、全面的に能力成果主義賃金を導入するということが報道されています。労働組合との協議の中で30歳未満の若年層については、一定、年功部分を残すということにはなっているようですが、年功序列につながる要素はほとんど払拭され、非管理職・現業を問わず、全面的に能力成果主義が導入されるようです。

<能力成果主義導入の背景>
このような能力成果主義賃金が導入されてきた背景なんですが、一つには「右肩上がり」の経済環境はすでに過去のものとなり、経団連の春闘対策での「賃金コスト全体を抑制し、賃金管理を徹底していく」ということにも現れているように、経営側の賃金コスト抑制の意思が強く反映されてきていることです。一方、経営側は能力成果主義賃金を「労働者にとっても良いことなんだ」と強調しています。その理由は、「60歳定年制から65歳定年へと全体として雇用延長が進むであろうという状況の中で、それだけに全体の賃金管理のため、能力成果主義はより必要」ということです。しかし、その本音はおそらく、「優秀な人は能力成果主義によって残ってほしい。しかし、優秀でない人は40歳くらいでやめてほしい」ということでしょう。現にある流通関係企業では、30歳後半から40歳にかかて、会社貢献度が高くない労働者に「最後まで勤めたいかどうか?」と転職・退職勧奨をして、選別していくことが行われています。
二つ目の能力成果主義導入の背景として経済のグローバル化があるかと思います。
国際的な企業間競争の激化ということで、とりわけアメリカやヨーロッパにおいても、日本企業が現地法人を設置していくことになります。海外での労務管理手法や雇用慣行に馴染んでいこうとすれば、企業として均一である方がやりやすい-そういう意味で賃金制度におけるグローバル化とも言えるわけです。
三つ目に、IT技術などの進展の中で、従来の経験だとか熟練だとか、歳を重ねることで身についていく技術があまり無くなってきたこともあります。経験や習熟度を考慮しなければならないウェイトが少なくなってきたわけです。
四つ目には、就労の多様化との関係です。就労の多様化という場合、一般的には、正社員と派遣・契約社員といった雇用形態での多様化と思うわれがちですが、それだけではなくフレックスタイム、変形労働制、裁量労働制といった労働時間の多様化もあります。賃金においても、能力成果主義の一形態として年俸制が広がっています。すなわち、就労の多様化とは、労働を取り巻く環境のすべてが多様化してるというのが実態だと思います。その意味で、終身雇用制が崩壊し、それに替わる「様々な多様化」に対応するものとして、能力成果主義の流れもあるわけです。
<能力成果主義の実態>
そこで現実の能力成果主義はどうなっているのかというです。まず導入状況は、すでに半分以上が能力成果主義を導入しているということです。従業員3000人以上といった大企業になればなるほど導入しています。1000人未満では、「導入していない」が54.4%ですが、今後導入される傾向にあります。(資料『労政時報』)
ただ、今後の予想として、急速に広がるかと言えば、そうではないだろうという考え方があります。一つは100人以下の企業の場合は、広がることは疑問です。何故かというと、能力成果主義というのは、管理能力・経営能力が経営側に逆に求められる制度でもあるわけです。100人規模までの企業では、社長一人で切り回している企業も多く、人事管理体制についても脆弱です。経営側の管理能力が成熟していない場合、能力成果主義は導入しても機能せずに失敗することが十分、考えられます。実際に導入した後で、やめてしまった会社も少なからずあります。それだけ、この制度は導入意図どおりいかない難しい制度でもあるわけです。従って急速に広がることはないけれど、拡大傾向にはあることは確かでしょう。
次に、どのような能力成果主義が導入されているのかということです。個々の企業を具体的に調べてみますと、結構千差万別な内容になっています。流通関係と製造業では評価基準もかなり違っています。ただはっきりしてるのは、目標達成度(会社から与える目標達成度、自己が設定する目標達成度)、そしてパフォーマンス-30の能力の人が60の力を発揮したら倍増、80の人が90を達成しても大きく努力したということにならない-そういうパフォーマンスの部分を組み入れるというケースが共通的に見られます。
こうした能力成果主義制度は、アメリカが初期に導入された能力成果主義の原型が単純に結果のみであったことと対比して、日本型の能力成果主義制度とも言われています。
次に、導入のメリット・デメリットについての企業の感想についてです。メリットとしては、「個人の貢献度と賃金のギャップが縮小し、貢献の高いものへ報いられるようになった」というのが一番です。ここで、中高年と若年層の意識のギャップが示されています。若い人にとっては、「自分たちはがんばっているのに、働いていない中高年層の給料が高い」という不満があり、働きに応じた処遇を求める声が強いということです。また三番目に「賃金のコントロールがしやすくなった」ということが上がっています。
デメリットの方では、一番目に「納得できる評価制度が確立できず不満が出ている」二番目に「目先の成果や目標達成ばかり追うようになった」-「自分の成果ばかり気になっており、社員のやる気が逆に低下した」などが上げられています。
このデメリット感想に関して指摘しておきたいのは、能力成果主義というのは、とりわけ能力を評価する側、管理職の管理能力が試される制度であるという点です。管理職の管理能力と表裏一体だということです。例えば企業が中長期的ヴィジョンを示して、それに基づいて営業部が、それに応じた戦略をだせるかどうか。それをさらに配置されている部下に対して具体的に示していけるか、伝えられるか。そして部下が自立的に行動できるかどうか、という点になります。つまり企業の中長期目標、職場の中長期・短期目標、そして個々人の目標を管理できなければ、能力成果主義の効果は発揮されないわけで、そういう点で失敗しやすいということです。特によくある失敗事例として、一部のやる気を出す者と大半のやる気を無くす者を生み出すということが起こりうるということが、この制度の大きな問題という事になります。

<能力成果主義と労働組合の役割>
そこで、こうした能力成果主義に対して労働組合がいかに対応すべきかということです。連合においても能力成果主義への対応について、内部的に検討はしていると聞いているものの、今の段階では労組として一番、中心的課題である賃金闘争の大きな環境変化にも関わらず、ヴィジョンとして対抗するものは見あたりません。また、各産別においても考え方はまちまちで、「従来どおり生活権を根拠とした賃上げ要求」を唱えるのもあれば、ある産別幹部は「そんな事を言っている場合ではない。職種業種でも賃金は変わる。企業の70%を占めるホワイトカラーの労働者がやる気を起こすような賃金体系は、年齢に依拠したものではなく、職種業種に沿った制度の改正が必要だ」等々、労働組合として能力成果主義に対して積極的な対応すべきとの意見もあります。
私見としては、能力成果主義が広がりつつあるある中で、春闘時の一律的なベア要求が果たしていつまで有効なのかということには疑問があります。そして、能力成果主義に対応した賃金要求、配分を求める闘いとは何か、という事について、早急に明確にする必要があると考えます。
また、こうした根本論議とは別に、「一定の年齢層や職種において能力成果主義制度の影響を低める」「固定賃金幅を確保する」「企業年金や退職金も視野に入れた生涯賃金確保を図る」などの歯止め交渉をきっちり行い、協定化しておくことが重要でしょう。そして、こうした取り組みを積み重ねる中で、労働組合としても許容できる能力成果主義の枠組みの設定=能力成果主義対する「ミニマム運動」が重要だと考えます。
加えて能力成果主義制度そのものに対しては、「公平性」「平等性」「客観性」「公開性」などの4原則に基づく労組としての制度関与を、いかに果たしていくべきかについても重要な課題であろうと考えます。(民守 正義)

(この報告は、3月中旬に開催されたアサート東京読者会での報告です。討論の部分も興味深い内容ですが、次号掲載とさせていただきます。佐野)

【出典】 アサート No.317 2004年4月24日

カテゴリー: 労働, 歴史 パーマリンク