【投稿】異常な円売り・ドル買い介入
<<かさ上げ統計>>
政府・内閣府が先月十八日に発表した昨年10―12月期の国内総生産(GDP、速報値)が、名目で前期(7―9月期)比0・7%増(年率換算で2・6%増)、実質で同1・7%増(年率換算7・0%増)であった。小泉首相は「景気の潮目が変わった。内閣支持が回復したのも、景気の好転が大きい」と自画自賛し、「高めの期待はあったが、それ以上の数字だ」(竹中経財相)、「小泉改革が進んでいる証拠」(福田官房長官)と浮かれ、大はしゃぎである。
バブル崩壊から14年。「バブル期以来13年ぶりの伸び率」などと、いよいよ日本経済がどん底から脱出できると言わんばかりの無批判な報道が横行している。しかし誰しもが肌で感じるとおり、経済実態は冷え込んだままである。ここには明らかに、まやかしがある。「デフレ脱却の動き」とか「バブルがまた始動」といった情報は願望でしかない。
問題は、実質1.7%増(年率換算7・0%増)という数字である。この数字の最大の問題点は、デフレ経済が進行すればするほど、名目よりも実質数値がかさ上げされるところにある。今回の場合、実質換算する際の物価変動を示すGDPデフレーターの下落幅が2.6%と前期より拡大したがために、名目比ではほんの微増であるにもかかわらず、実質比では実体経済とはかけ離れたかさ上げ数字となってしまい、これを年率換算すればさらに実体のないかさ上げが行われてしまうところにある。この数字の見せかけ、トリックについては、昨年2月も02年10―12月期の実質成長率を0.5%増と発表したが、その後の改定値で0.1%減に大幅下方修正した“前科”がある。
しかも、GDPの約6割を占める個人消費は、デジタル家電が好調だったにもかかわらず、名目で0・4%増に過ぎず、依然冷え込んだままの足踏み状態である。そしてこれに対応した名目の雇用者報酬は、小泉内閣が発足した01年以降、三年連続でマイナスを記録している。一方、今回のGDPをプラスにけん引したのは、民間企業設備投資であるが、名目で3・2%増で、自動車や電子・電機産業など一部大企業の好調ぶりを裏付けてはいるが、この伸びが個人消費の増には結びついていないのである。
「回復」しているのは一部大企業だけ、それも資本金百億円以上の輸出型の製造業であり、その業況判断は大幅上昇している一方、対照的に、中小企業は製造業、非製造業ともにマイナス圏に沈んだまま(内閣府の法人企業動向調査、03/10―12月期)である。その大企業の「V字型回復」も、膨大な円売り・ドル買い介入に支えられた輸出と、徹底した人減らし、賃金抑制・切り下げ、下請け工賃・単価切り下げ、海外への工場移転、等々による「回復」であって、これは当然、地域経済や中小企業、勤労者を直撃している。
<<「フリーター417万人の衝撃」>>
小泉政権が登場して以来のこの3年ほどの間に、デフレ経済が確実に進行し、経済を冷え込ましてきた結果がこれである。3年前と直近のデータを比較すれば、1世帯の平均消費支出は34万7882円が32万9574円にダウン、就業者数は6427万人から6221万人へとダウン、給与所得者の平均給与も461万円から448万円にダウン、完全失業率も4.8%から5%台に、実質失業率は7%台に上昇している。若者は5人に1人は仕事にあぶれ、失業統計からはずされた疑似就業者、社会人アルバイターと聞こえはいいが、約四分の一の低賃金で、何の社会保障も、労働基本権も保障されていないフリーターが、01年時点で417万人に達し、今現在も増え続けている。3/7のNHKスペシャル「フリーター417万人の衝撃」は、「今後も増え続け、危惧される事態」としてその問題点を報じたが、出席した経団連代表はむしろそのあらゆる面での有効活用を歓迎する事態である。
UFJ総研の調査レポートによれば、15~34歳のフリーターの平均年収が約105.8万円であるのに対し、同年齢層の正社員の平均年収は約387.4万円と、その賃金格差は約281.6万円、約3.7倍に達し、住民税・所得税・消費税を合わせて納税額を算出すると、15~34歳のフリーター1人あたりの平均納税額が年間約6万8000円となり、同年齢層の正社員では年間約33万円と約5倍の格差があるという。フリーターが正社員になれないことによって生じる税収の損失額(2001年価格)は、住民税約2400億円、所得税約5300億円、消費税約4400億円、合計約1兆2100億円と試算され、その社会的経済的損失は計り知れないものがあるといえよう。
経済の現実は、小泉「改革」によって景気回復の“芽”が出てきたどころか、本来あってしかるべき景気回復にブレーキをかけ、小泉「改革」によって雇用情勢が悪化し、不安定雇用を増大させ、個人消費を冷え込ませ、不良債権処理を名目に中小企業を押しつぶし、社会保障「改革」の名の下に負担増を押し付け、やることなすこと小泉政権がかかわる限りはことごとく、景気回復の“芽”を摘み取ってきたのである。
その上、2004年度予算案は、税収減を理由に社会福祉費は5.4%カット、失業対策は8.1%減であり、その一方で国民負担増はめじろ押しで、年金給付をカットしながら・年金保険料の引き上げ、高齢者の税負担を軽減している老年者控除の廃止や公的年金等控除の縮小、住民税の均等割の「改正」など、多くの庶民増税項目が並び、合計約3兆円のさらなる負担増が計上されており、紛れもなくデフレをよりいっそう加速させる予算である。
<<「介入中毒」>>
こうした事態と照応しているのが、このところの政府の異常な円売り・ドル買い介入である。財務省の発表によると、昨年1年間の介入額が24兆4000億円もの巨額に達し、今年はさらに年初からのたったの2カ月間で早くも10兆円を突破したという。倍以上のペースである。昨年の介入額は、貿易黒字総額のほぼ二倍である。為替介入資金の上限は03年度予算では79兆円とされているが、政府はさらにこの円資金の調達枠を「140兆円」まで増やそうとしているから、今後数年で150兆円を超える勢いである。信じがたい規模の市場操作であり、海外から「介入中毒」と批判されても、日本政府は為替市場でまったく惜しげもなく金を使い、大盤振る舞いを行っているのである。
政府は国内では徹底的に歳出を抑え、緊縮予算を唱えていながら、海外では何十兆円もの資金をドル買い支えに投じているのである。それは端的に言えば、日本の大手輸出企業の利益を守り、ブッシュ政権を支えるためである。おかげで輸出企業は利益を確保し、ブッシュ政権は無謀な戦争をしながら減税も行い、財政赤字も国際収支の赤字も膨大なものになっているにもかかわらず、日本が気前よく米財務省証券を購入してくれるおかげで、財政赤字の穴埋めをし、野放図な政策を続けられる。米国のグリーンスパンFRB議長が今月2日、政府の異常な為替介入に警鐘を鳴らしてはみたが、最大の利益を享受している以上、ポーズでしかないことは明らかである。
「1ドル=105円」を防衛ラインとする財務省・日銀は、1月だけで7兆円を超える円売りドル買い介入をしたが、買い込んだ米財務省証券の目減りで、外為特別会計ではすでに8兆円の含み損が発生している。そもそも現在の円高・ドル安は、野放図な米国の双子の赤字が原因であり、米政権が実行すべきドル防衛策を日本が肩代わりをし、これを円売り・ドル買い介入で食い止めることなどははじめから不可能なことである。
<<マネーゲームの餌食>>
経済実態とかけ離れた為替相場が人為的に作られているとも言えるが、同じことが株価についても言える。2月下旬以来、平均株価は連日高値を更新し、ついに1万1400円台を回復し、「1万2000円は目前」とハヤされた平均株価がこのところ再び怪しくなり、3/12には1万1200円を割り込み、3日続落となった。証券関係者は、「スペインの同時爆破テロが飛び出して、一気に下げ足を速めた」と分析しているが、それほどやわいものであることの証左でもあろう。
現在の東京株式市場の1日の売買代金の約5割が外国人投資家で、今年の1、2月で2.2兆円もの日本株を買い越しており、これは99年の11兆円をも上回るペースで、史上最大の日本買いともいえる状況である。これほど投資する最大の理由は、もちろん、昨年以来の30兆円にも及ぶ異常な為替介入のもたらすマネーゲームへの期待感の現われである。各国主要通貨がドルに対して急伸しているのとは対照的に、日本政府の円高阻止ドル買い介入のおかげで、2/11には105.16円まで進んでいたドル安が、今や1ドル=115円に迫る円安の勢いである。これは一方で大手輸出企業にとって円安による膨大な利益をもたらし、投資効率の高い株価を押し上げる要因として働いているが、同時に介入の限界を見据えた一斉売り越しによる莫大な利益の確保をもくろんだマネーゲームの格好の対象、餌食ともなっていることを明らかにしている。その時至れば、たちまち急落する恐怖と同居しているわけである。国内的には7月の参院選、国際的には11月の米大統領選までと言われるゆえんでもある。
問題は、こうした経済の根幹をも揺るがしかねない異常な為替介入のもたらす影響について、なんら根本的な議論がなされず、政府も与党も野党も、マスメディアもほとんど問題ともせず、事務的で実務的なレベルの問題としてしかとらえられておらず、基本的で重要な政治的論点として取り上げられてはいないところにあるといえよう。経済的にはほとんど意味もなければ意義もない、形式と格好つけだけの小泉「改革」に目をとらわれているところに、現代の日本の政治の貧困があるともいえよう。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.316 2004年3月20日