【投稿】小泉改革の危うさ、モロさ
<<「塩爺ブーム」>>
小泉首相の支持率はいまだ上昇中である。首相就任直後、「あとは落ちるだけ」と自ら認識していたものが、逆に上昇、朝日では78%から84%へ、NHK調査では、+4%で85%(6/11発表)、日経調査でも+5%で85%に達した(6/12)。同時に自民党の支持率も上昇、日経調査では実に48%である。自らが支えていた森政権時代、つい数ヶ月前までは自民党の支持率は一桁台でしかなかったのである。
その意味では、ハンセン病訴訟の控訴断念は、支持率上昇か下降かの分岐点であったといえよう。官僚の控訴方針を追認しておれば、厚相を3回も歴任した小泉首相自身が怠慢の責任を負うべき重要人物として追及され、小泉人気に大きな陰りができ、その支持率も暴落しかねないものであった。控訴断念は、支持率をいっそう高めることに寄与した。「小泉で政治が変わった証拠」として主張できる。しかし、その後の水俣病関西訴訟、在外被爆者訴訟ではいずれも画期的な判決によって国の責任が厳しく問われ、敗訴しながら、高齢の患者や被爆者の願いを無視して無慈悲な控訴を選択している。公明党との連立関係や人権感覚を天秤にかけた政治的決断と、こうした問題に機敏に対応できない、人権や庶民の感覚に鈍感な野党の対応が、小泉内閣の高支持率を支えているともいえよう。
しかしながら、期待度が高ければ高いほど、この高支持率、いかにもあぶなかしいものである。マスコミやあらゆるメディアが小泉ブームを演出し、自民党本部前に一枚50円の小泉ポスターに女子高生が並び、とぼけて事態をごまかす塩川財務相までが「塩爺ブーム」などとアイドル扱いで、いかにも浮ついている。
<<“改革抵抗勢力”>>
自民党はここぞとばかりに、図に乗って、参院選選挙区で次々と「複数候補擁立」に動き出し、静岡(改選数2)、群馬(改選数2)に続き、新潟、福島、栃木、福岡などでもあわよくばと、自民党の圧勝を狙っている。森政権時代は、複数候補など論外、共倒れ回避で危機感をあおっていたものが、森から小泉に看板を掛け替えただけでこの事態である。7月の参院選は、「よほどの失敗がない限り、自民党だけで55議席、公明・保守党を加えて過半数の64議席を獲得するのはほぼ確実」とまでいわれている。森内閣であれば、自民党は30議席を獲得するのがやっとと見られていたのだから、笑いが止まらないといえよう。
その前に東京都議選が行われており、本誌が発行される頃にはすでに結果も出ている。自民党の現有議席は48であるが、森政権下なら30議席台といわれ、自民党離党・石原新党結成を息巻いていた連中が一変、小泉ブームに便乗したツーショット写真を売り込み、今回は55人の公認候補を立てている。日経調査では「投票に行く」が90%に達し、小泉内閣発足後の最初の大型選挙として注目されるところである。
さらに自民党は小泉人気を当て込んで、参院比例区候補者に芸能人やプロレスの大仁田厚らスポーツ選手をズラリと並べるタレント作戦を立て、大量票をかっさらう作戦である。
自民党自身が大きく激変しているかに見えるが、表面上だけである。現在の参院選自民候補71人のうち21人が橋本派であり、青木参院幹事長は「参院改革は首相に言われてするものではなく、参院自ら行う」として、「派閥離脱」など始めから無視している。しかもタレント以外の比例区候補の多くが官僚上がりで、彼らは関係業界団体や天下り特殊法人、現職官僚らと組んだ、小泉言うところの“改革抵抗勢力”である。小泉ブームは彼らを超え太らせ、強化させるのである。
<<「思い込みじゃねえ!」>>
小泉首相と竹中経済財政相がリードする経済財政諮問会議が、“骨太の方針”で、道路特定財源の見直し、公共事業費の削減、地方交付税の大幅削減、特殊法人の民営化を打ち出すや、すぐさま自民党の政策決定機関・総務会は、「諮問会議は党と何の調整もしていない。議院内閣制を理解してないんじゃないか」「基本方針案が公表される前に新聞に載ったのは世論誘導だ」として反対の大合唱、自民党執行部と内閣との対立が鮮明化しだしている。麻生・自民党政調会長は「参院選前に議論することはない」と明言し、完全な棚上げ姿勢である。
とりわけ、道路特定財源の見直しには、橋本派を中心とした「建設族」「道路族」が猛反対し、鈴木宗男・同派事務総長代理は「道路がもう十分なら減税すべし」と一般財源化に反対、野中元幹事長も遊説先で「都市と地方部の対立はよくない」と事実上地方の反対・反乱を促す行動に出ている。5/25、東京・砂防会館で開かれた「道路整備促進期成同盟会全国協議会」には全国から2000人の市町村長が集まり、特定財源見直しに反対の決議が採択され、多数の自民党族議員も参加し、国土交通省幹部や、道路公団総裁も出席、扇国土交通相まで駆けつけ、壇上で“必要なところに早期に集中的な投資をしたい”と演説する始末である。さらに6/7の全国市長会議総会では、「誤解や思い込みで地方から反発やら抵抗が起きている」とあいさつする小泉首相に、「思い込みじゃねえ!」と鋭いヤジが飛ぶ事態である。
実際に、国会審議で律儀に「小泉首相の政策に協力する」とエールを送っているのは民主党の議員ばかりであり、自民党の議員は冷ややかに見つめているだけである。
すでにこうした事態に、手打ちが行われている。6/2に行われた小泉首相、森前首相、青木参院幹事長の3者会談で、「改革の具体策は参院選後にする」ということである。つまり、自民党は選挙戦で小泉ブームと改革のイメージだけで圧勝を狙う作戦である。
<<「らいおんはーと」>>
この作戦に一役買っているのが、小泉内閣メールマガジンである。このメルマガの登録者が14日18時に100万人を突破したという。登録者はどんどん増えている。これも異常な人気である。いかにこれまでの歴代政権が情報公開に否定的で、秘密主義と隠蔽体質に犯されていたかと言うことの反動でもあろう。期待するのも当然であろう。しかしその内容たるやお粗末の一言である。もちろん小泉首相自らの声がメールとして届くというのが狙いであり、確かに官邸に親近感を抱かさせるにはそれなりの意義があろう。しかし「らいおんはーと」と銘打った「小泉総理のメッセージ」第一声は、「24時間公人」である。「24時間かごの鳥」、「24時間、精一杯のことをやっていきます」それだけである。引っかかれば、「危機管理の面からもそれが大切」という、何やらきな臭さが感じられはする。旗幟鮮明な改革への熱意もメッセージもない。
「大臣のほんねとーく」は、扇国土交通大臣のあほらしい自慢話と塩川財務大臣のおべんちゃらに満ちた小泉秘話、期待するのが間違い、と言えばそれまでの内容である。塩川氏が「小泉内閣の誕生は、1979年英国でのサッチャー首相出現と酷似した政治ドラマだと思っています」にはあきれる。労働党のブレア政権がつい先ごろ圧勝したばかりである。サーッチャー路線はすでに乗り越えられてしまったのである。小泉氏はブレアにこそ擬せられたかったであろう。その程度の政治感覚である。
しかしそれでもこのメルマガ、官邸との一体感をかもし出すとすれば危うい手段になりかねない。「憲法改正」「靖国神社参拝」「集団的自衛権の行使」など、右派的な問題発言が異常で熱狂的な支持率の前で、それが問題視もされず、批判的意見を全く無視し、敵視するとすれば、危険極まりないと言えよう。つい2年前まで小泉氏は、憲法改正について「まだ機は熟していない」「日本には軍隊は国民に被害をもたらしたという感情が強く残っている」「国連軍への自衛隊参加は憲法改正につながるから、様子をじっくり見た方がいい」と消極的だったのである。ところがトップに立つや「(憲法9条は)将来改正すべきだ。自衛隊は軍隊でないという部分は不自然。いざという場合に命を捨てる自衛隊にだれもが敬意を持つような憲法を持った方がいい」(自民党総裁就任会見での発言)とエスカレートし、“靖国参拝がなぜ悪いんだ”“海外に批判される筋合いはない”などと言いだす。本質的に軽佻浮薄なのであろうか、ところがこのストレートな言い方が共感を受け、本人自身が危険な方向に流れだす、タカ派勢力が大喜びする所以でもある。
<<「小泉改革は売り」>>
6/11、内閣府が発表した1―3月期のGDP(国内総生産)は、前期比で0.2%減、年率換算0.8%減のマイナスとなった。これで2000年度の名目GDPは前年比0.6%マイナスで、現行の基準で統計を取り始めた1981年以来、初の3年連続のマイナス成長である。原因は民間設備投資がマイナスに転じ、個人消費は4月の1世帯当たりの消費支出が前年同月比で4.6%もの減(総務省統計)となり、庶民の買い控え・需要減が明確である。株価も、小泉内閣発足直後の5/7には年初来高値の1万4529円をつけたが、その後は下げ一方、6/5以降は1万3000円を割り込み、今や1万2000円台である。小泉政権発足後、わずか1カ月半で東証1部の時価総額は約50兆円が消失した計算である。
ところが小泉政権が掲げている政策はさらに景気を冷え込ませるデフレ政策である。国債発行30兆円枠を守り、財政出動を削減し、銀行に不良債権の直接償却を迫る、これによってさらに景気は悪化し、倒産は激増し、失業率は増大する、当然、マーケットは「小泉改革は売り」と判断しているのである。それでもプラスに転じる展望を示し得れば、事態は異なってこよう。しかしその肝心な政策を示し得ない。すでに来年度の税収不足は33兆円が見込まれ、国債発行枠さえ守れそうにもない。歴代政権のツケ回しとはいえ、不良債権もデフレ政策下では破綻先債権をよりいっそう拡大させ、増大させる。竹中経済財政相への依存は、ただ市場主義の名の下に、事態の進行を成り行きに任せ、放置しようとしているだけである。そこに、この政権の“モロさ”と“自己矛盾”があり、それを回避しようとする危険な方向への危うさが並存している。
小泉首相の登場に世間は期待し、野党まで含めて異常なほどの支持を寄せているが、事態はそう甘くはないといえよう。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.283 2001年6月23日