【投稿】「過剰と不均衡」の警告--経済危機論(10)

<<米中通商合意の現実>>
米国株式市場は2019年年末、米中両国が12/13に発表した第1段階の通商合意や好調な米年末商戦のデータなどを受けて株価が急上昇し、史上最高値を連日更新し続け、12/27にはダウ工業株30種平均は前日終値比23.87ドル高の2万8645.26ドルの史上最高値の更新で終了した。ハイテク株中心のナスダック総合指数も11日間連続で過去最高を更新している。これに呼応するかのように、東京株式市場も12/30、2019年最後の取引の日経平均株価は前週末から181円10銭下落したが、2万3656円62銭、年末の終値としては1990年以来29年ぶりの高い水準で取引を終えた。これだけを見れば、危機的な景気後退は回避され、経済は順風満帆基調に戻ったかに見える。
しかし事態を冷静に見れば、トランプ大統領によって発動された2年にわたる関税・貿易戦争は、予想外の不安定な株式市場の動揺、米農家の破産の急増、製造業生産指数の明らかな後退といった、今後も深刻な影響を与え続ける犠牲を払ったあげくの「成果」でしかなく、オバマ前政権最後の年の状況に戻るだけ、あるいはそれ以下ということになりかねない。
そもそも今回の合意は、本来あるべき貿易協定というよりも、来年の大統領選を控え、成果を何としても誇示したいトランプ氏側の合意を急がざるを得ない切羽詰まった状況を反映したものが露骨に表れている。米側の12/15発動予定であった追加関税の見送りに対し、いわば中国側が譲歩したかに見える「大規模な輸入合意」が主軸となっている。しかもこの合意で、中国側は来年、500億ドル分の米農産品を輸入する用意があると報道されているが、中国側からは明示されておらず、そもそもアメリカから中国への農産品輸出高は300億ドルを超えたことがなく、生産能力からして疑問符が付き、関税戦争開始前の2016年実績でも214億ドル(米国産の大豆やトウモロコシ、豚肉など)である。
さらにこの米中合意は、あくまでもいまだ「第一段階」、ミニ合意にしかすぎないものであり、「第二段階合意」など今や視野にさえなく、あれほど罪悪視したアメリカの対中貿易赤字は、逆に膨らんでいるのが現実である。自分なら、製造業の雇用を中国から奪い返すことができる、というトランプ氏の公約が果たせる状況など皆無とも言えよう。それでも「第一段階の合意」だけでも一点の光明が見え、危うい株価の上昇に寄与したのは事実であろう。

<<消費は堅調か?>>
消費は堅調であり、「好調な米年末商戦」というデータも、要注意である。年間で最大の売上高を記録する11/1から12/24までのホリデーショッピングシーズン、この期間中のオンライン小売販売は、2018年と比較して18.8%急増し、同じ期間、実店舗の売上は1.8%減少であったという(Mastercard SpendingPulseReport)。ここで問題なのは、ネット販売の小売業者は、すべての小売売上高の約12%~13%しか占めておらず、実店舗が小売利益の柱であること。さらに、アマゾンのような大手ネット小売業者は、売上の増加ではなく、売上の減少を報告していることである。アマゾンの利益は今年の第3四半期に26%減少し、ホリデーシーズンも期待はずれの販売予測となっていることである。
アマゾンに限らず、ネット販売に活路を見出すウォルマート、メイシーズ、ベストバイなど大手小売業者は、同日・翌日配達推進競争で莫大な投資を迫られ、それに必要な物流システム構築と、オンライン価格比較に対応せざるを得ないために利益率の低下が避けられない状況に追い込まれているのである。日本でも楽天がアマゾンに対抗するために、加盟ネット販売業者に送料無料化を押し付け、強行せんとしているのは、同じ論理と言えよう。
そしてネット販売の急成長は、同時に店舗小売業者の閉店新記録を更新させ続けており、既存の小売りスペースの3割が淘汰されるとまで予測されている。現実にショッピングモールが残骸と化し、商店街がシャッター通りと化す光景がアメリカや日本のみならず世界各地で出現しだしているとも言えよう。(右図は、「2020年にはさらに多くの閉店が」と題するレポートから
それでもネット販売の「爆発的成長」によって、実店舗が大量に閉鎖されているという主張は実態とは乖離しており、実店舗の売り上げ減少の根本原因は、消費者需要の低下であり、所得・賃金の伸び悩み、傾向的低下、不安定な就労形態の蔓延にこそ、あると言えよう。そうした事態をもたらしているのは、弱肉強食・自由競争原理主義・格差拡大の新自由主義経済路線がもたらしたものである。大手メディアはそのことを決して語ろうとはしない。

<<「後で対処するのが難しい」>>
それにもかかわらず、米株式市場は急上昇し、史上最高値を更新し続けたのはなぜであろうか。それをもたらしたものは、FRB(米連邦準備制度)の3回にわたる金利引き下げ、9月以降、3000億ドル以上を金融資本救済に投じた、この超低金利と過剰流動性によって引き起こされたものと言えよう。
なぜそこまでしたのか、それは、今年の8/14にアメリカの債券市場で、12年ぶりに長期債と短期債の金利が逆転する「逆イールド現象」が発生し、10年物国債利回りが、2年物国債利回りを1.9ベーシスポイント下回り、ニューヨーク株式市場で売り注文が殺到、ダウ平均株価が800ドルも急落し、金融システム崩壊の危機的現象の出現に慌てふためき、そうせざるを得ない事態に追い込まれたからである。さらにFRBは10/16、金融市場に量に制限を設けない、無制限の金融緩和政策に踏み切り、月に約600億ドル(約6兆5000億円)、財務省短期証券を購入し、少なくとも6カ月間継続することを明らかにし、FRBが自ら金融バブルに乗り出さざるを得なくなり、この超低金利と過剰流動性の提供によって、株価は実体経済とかけ離れたマネーゲームの場と化し、史上最高値の株高を更新させているのである。
問題は、「後で対処するのが難しい過度の過剰な不均衡」に乗り出してしまったことである。FRBが中央銀行の機能としての金利引き下げ余地を事実上使い果たしてしまい、次なる危機的現象に対処する手段が無力なものになるか、危機をさらに激化させて無理やり突破させるか、という危険な段階に入りつつあるということである。
12/17、ダラス連銀のロバート・カプラン議長はブルームバーグTVのインタビュー番組の中で、これらの過剰と不均衡が米国経済と金融システムにもたらすリスクを指摘し、「私の最大の心配は、市場が低品質のクレジットとより良いクレジットを区別できない」事態に迫りつつある、「過剰と不均衡」について警告している。
2020年は、経済危機の進行が何らかの、ごく些細な契機でも深刻な事態に陥る可能性を高めていると言えよう。
(生駒 敬)

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