【投稿】大波乱を生む総選挙への期待
<<「公約達成」?>>
総選挙告示を目前に控えた6/9、経済企画庁の99年度国内総生産(GDP)速報値が発表された。今年1-3月期のGDP成長率が前期比実質で2.4%、年率換算10%の急成長である。これによって99年度年間経済成長率は0.5%となり、3年ぶりのプラス成長への転換である。堺屋長官は「プラス成長との公約は達成した」と語り、このところ落ち目続きの政府・与党幹部は一斉に反撃に転じようとしている。果たしてそれ程胸を晴れるものかどうか、点検が必要であろう。
まず第一に、政府・与党の公約は0.6%増であった。公約は達成できなかったのである。もともとこの公約、昨年11月、小渕前内閣が「経済新生対策」を打ち出し、事業規模総額18兆円、国税約6兆5000億円もの税金を投入して大銀行・金融資本への税金投入、大型公共事業の大判振る舞いを追加した際、わざわざ99年度政府経済見通しを0.5%増から0.6%増へと上方修正したものであった。今回の結果は、その効果が事実上ゼロであった、無駄であったということを明らかにしている。プラス成長への反転は、昨年7月以来の2期連続マイナス成長(-1.0、-1.6)への反動といえよう。
第二に、99年度の民間最終消費が前年度比1.2%増となっているが、これとて2年連続マイナス成長の反動の範囲内といえよう。問題は比較の対象となる98年度の実質GDPが480.2兆円であったのに対し、99年度が482.4兆円、この差2.2兆円のプラスに対し、逆に97年度の実質GDP489.7兆円と比べると、いまだ7.3兆円ものマイナスなのである。マイナス成長となった2年前のGDPすら下回っている、名目値で見ると経済規模はほぼ4年前の水準にまで縮小しているのである。
<<「信用されない統計」>>
さらに今回の場合、経済企画庁自身の発表によっても、「うるう年効果」によって、個人消費で0.8%、GDP全体で0.5%程度数字が押し上げられたという。こんな状態であっても、堺屋長官は「夏、秋にかけて本当に景気回復を実感できることをお約束できる」などと発言し、森内閣支持率挽回の切り札にせんと必死である。しかし今回発表されたGDP統計でもう一つ重視すべきことは、雇用者所得が2年連続マイナスとなり、98年に続いて99年も実質でマイナス0.1、名目で0.7のマイナスとなっていることである。消費不況脱出の切り札を放置したままでは、空約束となることは目に見えているといえよう。
そもそもこうした日本の経済統計が国際的にはあまり信用されていないという根本的な問題が浮上してもいる。5/24付けニューヨークタイムズ紙は「経済データを改ざんする日本」と題して、「日本の政府の経済統計は、いつも信用されてない」と手厳しい。99年第三四半期GDPは金融機関の設備投資額の伸び率(見込み値を大幅に下回る実績値)が削除され、「発表されたものよりかなり低いものになる」と暴露、97年にも金融機関の資本支出が29.4%も下落していたことが後で明らかになり、数値を修正していると指摘。慌てた経済企画庁は、報道された事実関係を認めざるを得なくなり、「削除した統計に問題があったのか、それとも統計は事実を反映していたのか判明できなかった」と、実に不透明、無責任な態度である。OECD(経済協力開発機構)からは統計値が正確に把握できているのかどうかまで疑われている。目算狂えば、都合の悪いデータは使わない、水増しデータもいとわない、このような統計が信用されないのは当然であろう。
<<「連日、失言を謝罪」>>
信用されていないのは経済統計ばかりではない。日本の政治家は、もっと根本的なところで信用されていないのである。5/31付けニューヨーク・タイムズ紙は、「日本を『神の国』と思うのは首相だけではない」と題して、「多くの自民党議員は復古的な価値観を持っているものの、米国の影響力や東アジアにおける立場から、それを表明できずにいる」とする専門家の声を紹介し、さらに「日本の指導者は何度も正反対のことを話すため、日本は信用されていない」と語る米国人歴史研究家の声が掲載されている。事実、問題の「神の国」発言の舞台となった神道政治連盟には森首相をはじめ閣僚19人の内実に11人がメンバー、玉沢農水相、臼井法相、保利自治相、中曽根文相などは幹事を勤め、党では野中幹事長が副会長、村上参院議員会長が幹事長、亀井政調会長が会員として名を連ねている。何の事はない、森首相は安心しきって本音を吐露したわけである。6/6付けクリスチャン・サイエンス・モニター紙も、「自民党の中には、森首相よりも右寄りの議員がいる」と書き、ワシントン・ポスト(527付け)などは、「軽率な口が日本の森を沈めていく」との見出しで、「支持率回復のために、森首相は連日、失言を謝罪している」と皮肉たっぷりである。
朝日新聞の5/30付け世論調査結果では、森内閣の支持率は19%、内閣発足直後の41%から半分以下に急減、不支持率は前回26%から62%と2.4倍増である。毎日調査でも支持率は半減の20%に対して不支持率は30%増の54%、「20%を切ったら退陣」という危険ラインをはるかに超え、サンケイ調査では支持12.5%、不支持64.4%とさらに不支持が拡大している。
<<大波乱の予測>>
こうした状況は自民党執行部にとっては予想外のことであったろう。発足間もない森政権へのご祝儀相場、小渕急死で同情票を集める弔い選挙、GDPプラス成長の演出、沖縄サミットへの舞台回し、すべてが順調に行けば与党連合大勝利間違いなしのスケジュールであった。事実、大方の予想は圧勝まで予告していた。
しかしそもそも森政権誕生の不明朗ないきさつからして、本質的な欠陥、ほころびが拡大する要因を内包していた。首相の失言癖は、その負の連鎖反応に火をつけ、油を注いだ。本人の自覚がないのは、これまで自自公で日米ガイドライン、日の丸・君が代、盗聴法等々、あまりにもやすやすと反動的諸懸案が成立、奢り高ぶっていたからに過ぎない。しかし彼らにとって事態は暗転した。もはや事態は目算も立たない、「破れかぶれ解散」、「やけくそ解散」、「森のおそまつ解散」、「自己破産解散」へと突入、政局は大波乱の可能性を秘め、森首相が7月下旬の沖縄サミットで予定通り議長席に座れる可能性は30%の確率とまで言われる事態である。
「229議席取れなければ辞任する」と言う野中幹事長の数字まで怪しくなり、場合によっては「自民200割れ、自公保で過半数割れ」という事態すら予想されている。話題の「落選運動」ホームページの全国議席最終予想では、自民189、公明32、保守10、与党合計231、与党系無所属7を足しても完全な過半数(241)割れである。対して、民主163、共産44、社民14、自由12で野党合計233、野党系無所属4、と実に微妙で政局の大波乱を予測させる数字である。
<<ネガティブキャンペーン>>
ここで登場してきたのがネガティブキャンペーンである。「無節操が信条です」、「選挙後、あの共産党とでも『野合』するのですか」という自公保3党の共通ビラの民主党攻撃がその象徴である。どの世論調査でも50%を超える自公連立に対する批判の根強さ、アレルギーに対抗する「体制選択」論である。「自公保の安定政権を選ぶか、それとも民主党と共産党の不安と混乱の政権を選ぶのか」が主軸である。「民主・共産連立政権」への不安をあおり、公明に対するアレルギーを共産に対するアレルギーで帳消しにしようというわけである。論点は鋭いが、所詮はネガティブキャンペーン、謀略ビラ的戦術では事態を打開できるものではない。これまで公明・創価学会攻撃の先頭に立って、「池田大作国会喚問」を主張してきた野中や亀井が、このキャンペーンの先頭に立っていること自体がこっけいである。野中は、小渕政権の巨額の財政赤字垂れ流しを不問にして、財政赤字の原因は「細川政権の8カ月、羽田政権の2カ月が原因」ととデマをまくし立て、亀井は「民主党の課税最低限引き下げも構造改革も、弱い者いじめだ」とくってかかる。
しかし民主党が、こうしたネガティブキャンペーンに正しく対抗できなければ、与党は過半数を確保し、民主党はその政治的能力が疑われることも間違いないといえよう。一方では民主党の政権構想が問われ、もう一方ではその経済・財政政策が問われているのである。民主党は「共産党と組む考えは持ち合わせていない」(鳩山代表)と共産党との連立を明確に否定しているが、それならば、自民党内分裂、公明の連立離れを視野に入れた積極的で攻勢的、そして政策で具体的な政権構想を提起すべきであろう。
いずれにしても今回の選挙は、一票の持つ意味がこれまでになく重く、現状を打破し、自公保政権を葬り去る、過去には見られなかった機会を提供しているといえよう。
(生駒 敬)
【出典】 アサート No.271 2000年6月17日