【投稿】公共事業の政策転換は本物か

【投稿】公共事業の政策転換は本物か

 6月衆議院選挙で、自民党は特に都市部で敗北し、来年7月の参議院選挙に向けた深刻な議論が党内で巻き起こっている。都市部での無党派層が自民党離れを起こし、東京、静岡、愛知などで、有力代議士の落選や比例票において民主党に負けるなどの状態となったからである。
 記憶に新しいが、総選挙の争点に景気対策と財政再建の課題があった。民主党は、最後は曖昧になったが、課税最低限の引き下げなどの税制改革と無駄な公共事業の縮小などを提起したのに対して、自民党など与党は、少なくとも景気が本格的に回復するまでは、財政再建課題は「棚上げ」し、公共事業をこれまでどうり実施すると従来型の施策の継続を唱えた。
 しかし、総選挙の結果は、都市部で顕著なように公共事業重視の従来型財政運営に対して、国民世論はNO!を突きつけ、自民党は完全に敗北した。こうした状況を受けて、沖縄サミット以後、急速に自民党から「公共事業の見直し」議論が飛び出したのである。

<大規模公共事業の見直し>
 亀井静香政調会長が7月25日、「時がたてば必要でなくなる公共事業がある。・・・中海や吉野川。政治の目ですべて検討し切るべきものは切る」と記者会見し、大規模公共事業の見直しに着手を表明した。8月末の来年度予算の概算要求までに見直しを行うという。総選挙から1ヶ月後だが、誰が見ても民主党の「主張」を取り込んだ発言だった。どうして、総選挙の時に、政策提起できなかったのか。これも自民党の学習効果というものだろうか。現在伝えられる見直し基準は①事業採択後5年経過しても未着工の事業②着工後20年経過しても未完の事業③第三者機関による再評価を受けて凍結されている事業で、原則として中止、という内容だ。
 吉野川可動堰が争点になった徳島1区では、民主党の仙石議員が小選挙区で自民党を破って再選された地域、2年前の参議院選挙でも民主党推薦の候補が選挙区選挙で自民党を下している地域だ。地域の行政や地元政治家からは猛反発が予想されるが、全体の見直しで突破し、この地域での自民党復権狙いは明らかだ。
 ともかくも吉野川の場合は、まだ事業は本格的に実施されておらず、調整は可能ということだが中海の場合は、すでに500億円以上が投資されており、亀井発言以後県側と自民党との交渉がつづくのである。

<中海干拓事業、中止か凍結か>
 中海干拓事業は、島根県の宍道湖中海の4分の1を埋め立て、約2000haの農地を生み出すことを目的に1963年にはじまる。70年には最大の本庄工区を除く四地区は完成するが、88年からは減反政策なども絡み工事は中断された。すでに500億を越える周辺道路などの工事は完成しているが、島根県も9月議会には、県財政の悪化や完成しても農地売却のめどが立たないと、澄田知事は干拓事業の「凍結」表明を準備していたらしい。
 そこへ、自民党の見直しが提案され、新聞報道にもあるように、「凍結」に固守していた澄田知事も代替の「干拓事業に替わる地元振興策」を条件に、「凍結」から「中止」に同意する方向と言われている。

<公共事業見直しは本物か>
 こうして、来年1月の省庁再編、次年度予算をにらんでの自民党の大規模公共事業の見直しは、目に見えるものとなった。しかし、この見直しは、本物なのか。答えは否と言わざるを得ない。まず、今回の見直しが、事業決定からの年数などを基準にしていることである。事業決定しても着手されない理由はいろいろあるが、ダムや干拓、可動堰、河口堰など川と海など自然破壊を起こす事業に対する環境問題としての視点は全くない点である。8月上旬にテレビ報道されたが、ヨーロッパでは、ライン川やドナウ川では、汚染や自然破壊された現状に対して、元の姿に戻す「公共事業」が実施されているという状況と比べれば、如何に低レベルか分かる。何を目的にした事業なのか、その目的は現在も合致しているのか、根本的な検討は行われることはない。さらに、事業項目の見直しであっても、総額公共事業の見直しという視点はない。従来型の景気対策としての公共事業という性格は変わらず、他に公共事業を探す、という構造である。
 都市部の渋滞や通勤地獄をなくす公共事業などが提起されるに違いないが、はたしてそれで問題は解決されるのか。地方分権に相応しい、必要な公共事業とは何か、哲学も含めた提起が求められているのである。

<地方での民主党政策課題>
 こうした自民党の公共事業見直しの動きは、確かに一方で総額公共事業費の削減というものではなく、公共事業項目のリストラという感が強い。しかし、強烈なメッセージとも言える。自民党はそれなりに必死なのである。この悲壮な政策転換に対して、民主党の方は、その悲壮感という意味においては、完全に負けているのではないか。
 一つの課題は、特に地方において民主党は党組織が圧倒的に弱い。地方議員もまだまだ少ない。都市部は、連合など組織労働者と労働組合が多く、地方議員もそれなりに存在している。しかし、地方での民主党は、旧日本新党や自民党などからの参加者も多く、政治家個人の後援会などが主流で、党組織は中々できていない。
 8月に告示される民主党党首選挙の「サポーター制」も、1000円の登録料で市民も参加できる、と「活性化」論で宣伝されているが、実態は少し違う。要するに地方には、国会議員以外の地方議員や党員が少なく、「金」でも取らないと、民主党国会議員の個人後援会が勝手に数を拡大して投票されてはかなわない、ということだ。投票には「党費」が要る、という制度なのである。これも、鳩山がだけが立候補ということになれば、その意味もなくなってしまうのだが。
 8月19日の報道によると、民主党も「地方向け政策」の検討に着手しているという。衆議院選挙での地方・農村部での苦戦を受けて、農業・中小企業政策について若手議員中心に検討が始まった。6月のアサートでも触れたが、例えば、長崎の諫早干拓の場合、長崎の民主党には、諫早干拓の中止というスローガンはなかった。公共事業に依存する自民党だが、それに替わる民主党の新鮮なスローガンは、まだ出てきていない。選挙の終盤には、都市部に集中した選挙シフトで「風」が吹いた民主党だったが、まだ「地方政策」の形は見えてこないのである。

<地方財政見直しなどの焦点に>
 公共事業の見直しの他に、都市部に向けた自民党から聞こえてくるメッセージは、地方財政問題である。特に「地方交付税」制度をめぐって野中幹事長が発言しているし、政府税調での議論でも特に経済界から強い姿勢が伝えられている。要するに、地方交付税制度が一面で、地方自治体の財政運営におけるモラルハザードを生み出している原因であり、市町村合併を阻害している原因になっている、という主張らしい。所得税をはじめ都市部住民の納税は、10分の1程度しか、都市部には還元されず、地方での公共事業に回されている、という議論への対応なのである。総じて、都市の不満に自民党はちゃんと取り組んでいる、という意図的な発言なのだが、それならば、都市部と地方のいわいる「一票の格差」が2倍を越えている問題はどうなるのか。場当たり的な自民党の政策に、包括的な対案が求められているように思う。(佐野) 

 【出典】 アサート No.273 2000年8月26日

カテゴリー: 政治, 環境 パーマリンク