【書評】『障害学への招待–社会、文化、ディスアビリティ』

【書評】『障害学への招待–社会、文化、ディスアビリティ』
         (石川准・長瀬修編著、1999.3.31.発行、明石書店、2,800円)

「障害学」(ディスアビリティスタディーズ)という聞き慣れぬ学問とは、従来の個人のインペアメント(損傷)の治療を目指す医療や「障害者すなわち障害者福祉の対象」と見なす社会福祉の視点から、障害・障害者をとらえるものではない。それらの枠組みからの脱却を求める。
「障害学にとって重要なのは、社会が障害者に対して設けている障害、そしてこれまで否定的に受けとめられることが多かった障害の経験の肯定的側面に目を向けることである。障害者が持つ独自の価値・文化を探る視点を確立することである」。
こうして本書は「障害学」を全面に掲げて、障害者像の見直しと、障害者独自の文化を模索する論集として刊行された。その内容は、生涯とアイデンティティ、テクノロジー、自己決定、出生前診断、優生思想、ろう文化、「差異派」障害者運動、精神障害、と多岐にわたっている。論者の中で「障害学」に対する態度は必ずしも一致しているとは言い難いが、従来の学問、意識の枠を超えて、横断的な学としての「障害学」を構築しようとする姿勢は是としなければならない。
しかしそれにしても「障害学」が扱う問題は多い。しかもその上に問題を扱う視点そのものが現代社会の制度と意識の根幹にかかわるが故に、より複雑かつ隠蔽された形態を含んでいるのである。このことは次の言葉で示される。
「たしかに、障害とは、見えない、聞こえない、身体が動かない、頭が動かない、というように、特定の機能が機能しないあるいは『正常』な状態から見て不十分にしか機能しないということが固定した状態であり、(略)行為遂行を困難にするものであるという単にそれだけのことであるから、障害や障害を持つ者への否定的な差異化はいうまでもなく、肯定的な価値付けであっても、それ以上の過剰な意味付与には根拠はない、
というのは、排除カテゴリーとして外化され差別されてきた『障害者』を統合(あるいは再統合)するために近代社会がたてた平等へのシナリオである」。
「けれども、障害者の排除・差別は非合理的なもの(略)なのだろうか。(略)機能と能力によって人を執拗に分類し、細かく等級を付ける近代こそ、障害者カテゴリーを構築し障害者を排除する張本人なのではないだろうか。能力次元への射影による差異の縮小は、能力主義の徹底を意味するとは考えられないだろうか」。
この視点はもっと先鋭化して以下の主張となる。
「つまり、バリア・フリー社会とは、実はできないまま社会に参加することにいっそう不寛容な社会なのではないかとする批判である。たしかに、できるようにする技術(enabling technology)を媒介して障害者と健常者が共に生きる社会とは、障害者の生身の身体をいっそう受け入れない社会になりかねない危険をはらんでもいる」。
この意味で、「差異」を踏まえた「固有の文化」としての「障害者の文化」が提唱されるのである。これは、「日本脳性マヒ者教会青い芝の会(青い芝の会)」による「内なる健全者幻想」との闘い」、「異化としての障害者プロレス」=「ドッグレッグズ」、「劇団熊変」の「差異化された身体」から「差異化する身体」への試み等に見ることができる。
この試みは、例えば「青い芝の会」の運動では、こう語られる。
「障害者は一般社会へ融け込もうという気持が強い。それは『健全者』への憧れということだが、君達が考えるほどこの社会も、健全者といわれるものもそんなに素晴しいものではない。それが証拠に現に障害者を差別し、弾き出しているではないか。健全者の社会へ入ろうという姿勢をとればとる程、差別され、弾き出されるのだ。だから今の社会を問い返し、変えていくために敢えて今の社会に背を向けていこうではないか」。
そしてこのような「差異化をめぐるヘゲモニーの掌握」の運動の延長線上に、「健常者中心に組織された知の秩序の脱構築をめざす障害学という『運動』」も置かれねばならないのである。
以上のように本書は、障害・障害者についての根源的な視点の変換を求める提言である。「米国の自立生活パラダイム、英国の社会理論、社会モデルの確立によって、個人の問題という視点から、環境、社会の排除、差別へと視点は転換してきた。そして、そこにとどまらず独自の文化集団、コミュニティとしての障害まで意識する必要がある」という本書の言葉は、まさしくこのことを意味している。
ただし本書のような視点が、どこまで深く社会に 浸透していくことができるかということには、運動の現状から見ても、予断を許さないものがある。本書において「ろう」以外の障害について論じられているところが少ないのも、気にかかるところである。それだけにこの問題提起が他の諸分野においても論議されることを期待したい。(R)

【出典】 アサート No.263 1999年10月23日

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