【書評】『 いま自然をどうみるか(増補新版) 』

【書評】『 いま自然をどうみるか(増補新版) 』
         (高木仁三郎著、白水社、1998.6.10.発行 2,000円)

地球的規模で人類の諸課題が検討されはじめた現在、人類・人間社会をその根底で支えてきた自然そのものについての見方もまた再検討される必要がある。
本書は、自然科学者の眼から、自然観の根本的な変革を迫る試みである。元々本書は、1885年に出版されたが、その直後の86年に起こったチェルノブイリ原発事故、さらには近年のバイオテクノロジーの進展、エコロジー思想の浸透等を踏まえて増補されたものである。
本書は、第一部「人は自然をどう見てきたか」と第二部「いま自然をどうみるか」に分かれ、前者では、今日の社会に受け入れられている二元的な自然観の形成過程が説明され、また後者では、その自然観から統一的な自然観への転換が論じられる。
著者はまず、われわれの自然観が、「感性的・身体的なもの」(第一の自然)と「科学的・理性的なもの」(第二の自然)とに引き裂かれて、「第二の自然」が「第一の自然」をわれわれの内部で支配しつつあると指摘する。そしてその結果であるわれわれの慣らされてきた西洋的な自然観は、次のような特徴をもつとされる。
すなわち、・自然を人間にとっての克服すべき制約として見ようとすること、・自然を人間にとっての有用性と考え、そこから能うかぎり多くの富と利潤を引き出そうとすること、・このような人間の自然利用は、基本的に自然の私有を前提としていること、・人間はそのような自然に対する人間中心主義的な働きかけを、人間の主体性の発露と自由の拡大とみて、進歩と自由の名において正当化したこと、である。そしてこれが「近代の精神」そのものであったと主張される。
そしてこのような自然観について、著者は、「人間がより多く自然を制御し、支配・活用することこそが、人間を人間として向上させ、自由を拡大させるという合理主義的な思想が、じつは実利的な自然利用の思想以上に、人間中心主義の自然観をはぐくむ温床だったのではないだろうか」と根本的な疑問を投げかける。
この視点は、「労働を自然に対する一方的な働きかけと見なし、そのことに人間の主体性をみようとする」近代主義の労働観をも例外とはせず、この労働観が、「人間の自然支配を正当化し、とめどない自然破壊に道をひらいた」のみならず、また「人間の自然の営みを合目的性の枠内に押しとどめることによって、人間から自然とのやりとりの最も根源的な部分を奪ってしまった」と批判する。
それ故著者にとっては、「自然との根源的な結びつきの復活」が最重要な課題となり、これは結局、「みずからの内なる自然性の発現を基軸に、外なる自然ともつながっていくという、『ナチュラリズム』」へと向かう。この視点から著者は、エコロジズムに大きな可能性を見る。すなわち、「単純に自然の全体の中に人間を埋没させることとしてではなく、人間の精神を広大なる自然へ向かって解放するかたちで人間を相対化するものとして、エコロジー的な自然と人間の関係を構想したい」というのが著者の主張である。
このことは同時に、「たんに個人的なレベルで実現するよしもない。自然さに依拠した社会的な運動が志向される」ことが必要であるとされる。そしてその運動とは、次のようなものである。
「多くの人がそれぞれ多様に、ごく自然に振る舞い、自分の意見を出しあいながら、その多様さがおのずからある好ましい社会への流れをつくっていけるような、その意味で真にナチュラルな運動ということが求められていると思う。ナチュラリズムはまた運動論でもあるはずだ」。
「従来の政治闘争型の運動が地域性や個別性を捨象した普遍理念によってつながろうとするのに対して、これらの運動は、それぞれの地域の風土に依拠し、それぞれの個別性をむしろ前面に出して表現しようとする。そして地域の違いや考え方の違いが互いに感じられることによって、その違いにもかかわらず人々の間に共通に流れるある思いのようなものが、より多くの共感を呼びおこしうるのである」。
かくして「自然をどうみるか、それは結局みられるべき自然の側の問題ではなく、私たちの側の問題である。そしてそうであるならば、問題はつまるところ、私立ちがどう生き、どう運動するかということになってくる」という著者の結論が出てくる。
この意味で著者は、現代の課題として、「地球環境問題」という捉え方に疑問を呈し、これは「地球に対して人間が問題を起こしているのであり、問題は人間のほうにある」のだから、むしろ「地球人間問題」と言うべきだとする。また平和的共生、積極的共生という観点から、「三つの共生」(・エコロジー的共生──この地球上におけるすべての生命の共生、・人びとの共生──同時代的な、異なる地域、社会、文化、エスニシティー間の共生、・通時代的共生──過去や将来の世代たちとの共生)を提言する。
さらには「オルターナティブな科学」(研究しながら提起し、社会的に行動する科学)を目ざす。
以上のように本書は、極めて鋭い問題意識から、自然観についての歴史的総括と未来的展望を与えようとする試みであり、現在のわれわれの自然観の転換(それは同時に、社会観、科学観、人間観の転換でもある)に大きな問題を提起するものと思われる。(R)

【出典】 アサート No.253 1998年12月19日

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