【投稿】WTOが韓国の福島など水産物禁輸を容認-原発事故に「収束」はない
福井 杉本達也 アサート No.497 2019年4月
1 WTOで日本の逆転敗訴:韓国の福島など8県の水産物禁輸を容認
韓国による東京電力福島第1原発事故の被災地などからの水産物の全面禁輸について,世界貿易機関(WTO)の上級委員会が11日,日本の逆転敗訴の判決を出した。原発事故を理由とする日本産食品の輸入規制はいまも23ヶ国・地域で続く(農水省のHPでは50ヶ国)。勝訴を追い風にほかの国にも輸入規制の緩和を求める予定だった日本の戦略が大きく狂った(朝日夕刊:2019.4.12)。
韓国は2011年3月の東京電力福島第1原発事故後、福島や岩手など8県産の水産物輸入を禁止。 日本は「科学的根拠がない」として、2015年にWTOに提訴していた。審理は2審制で、「一審」の紛争処理小委員会は2018年2月22日に韓国の禁輸措置が協定違反に当たるとし、一旦、是正を勧告する報告書を発表したが、韓国が上訴し4月11日に上級委員会は、「一審」の判断を破棄した。危機感を募らせた日本政府は韓国の禁輸措置を撤廃するよう再要請するというが(福井:2019.4.21)、韓国は応ずるつもりはない。
2 なぜ韓国だけをWTOに提訴したのか
日本の食品について、米国・中国・EU・ロシアなど世界50ヶ国もが何らかの禁輸を行っている(諸外国・地域の規制措置(2019年4月15日現在)農林水産省HP)。例えば、EUは福島、岩手、茨城、栃木、群馬、千葉の6県の水産物や山菜に対し政府作成の放射性物質検査証明書を要求している。日本としては中国やEUに対しては高飛車な外交ができるような立場にはない。先んず、日本がWTO提訴を試みたのが台湾である。台湾では2015年3月に福島県産の産地偽造が発覚した。これに台湾の消費者が激怒したことで日本食品の輸入規制強化された。そこで日本はWTOに提訴すると台湾を恐喝して禁輸措置を緩和しようとしたものの、住民投票による反対によってひっくり返されてしまった(日経:2018.11.26)。台湾の対応は主権国家として当然のことで、WTOに提訴するとの脅しを繰り広げた日本政府の行為は帝国主義的発想丸出しの露骨な内政干渉である。次に「弱そう」で無理難題押し付けても「外交的損失が少ない国」と考えたのが韓国である。文政権以前においても、韓国とは竹島問題や慰安婦像問題などでギクシャクしていたこともあり、外交的後先を考えずWTO提訴し、一点突破することによって、他の禁輸国に緩和を迫る圧力とする作戦であった。今回の敗訴は外交儀礼の片鱗もないプチ帝国主義的外交の完全な破綻を示している。
3 禁輸措置は「風評被害」か
日経新聞は社説で「韓国の禁輸措置は継続され、他国に残る輸入規制にも影響しかねない。判決を受けて被災地や日本の食品に対する風評被害が再び強まるおそれもある」(2019.4.13)と書く。あたかも、風評被害はWTO判決や韓国にあるというような書き方であるが、繰り返しになるが提訴したのは日本である。放射能をばら撒いた加害者は事故を起こした東電であり、共同正犯の日本政府である。その事故原因者は被害者にまともな補償をせず逃げ回る責任を回避し続けている。「風評」ではなく「実害」である。
4 日本産食品を科学的に安全だと他国に強制する傲慢
日本政府は敗訴の判決を受けても、従う気は全くなく、菅官房長官は「日本産食品は科学的に安全で、韓国の安全基準を十分クリアするとの1審の事実認定は維持されている」との傲慢な姿勢を維持している。毎日新聞の社説は輪をかけて「懸念されるのは、敗訴によって、日本の水産物は不安だという誤解が海外で 広がってしまうことだ。だが安全性まで否定されたわけではない。」「『日本の水産物は科学的に安全』という1審の事実認定は上級委員会も変えていない。日本の検査は国際基準より厳しく、基準値以上の放射性物質は検出 されていない。」(2019.4.13)と日本政府を擁護する。しかし「日本の水産物は科学的に安全」と誰が言ったのか。「日本の検査は国際基準より厳しい」と誰が判断したのか。日本による一方的な主張に過ぎない。国際的に通用するものではない。そもそも、わずか数年で放射性物質が消えることはない。セシウム134の半減期は2.1年、セシウム137の半減期は約30年であり、2018年には事故直後の2011年の25%にまで減少しているが、これは主に半減期の短いセシウム134の減少によるもので、物理的量どおりに減少しているだけである。半減期の長いセシウム137は今後それほど減少してはいかない。「『基準値以下だから大丈夫です』といういい方が多いが,いまは米も野菜もND(不検出)で,そもそも放射能がいっさい検出されていない。100ベクレル以下ですから安全ですと いうのではなく,NDなのである」(関谷直也)などという言い方をする向きもあるが、ND=0ではない。物理的観点からは放射線量は当初の1/4になっただけであり、今後も数十年この状況が続くということである。国際的には1/4になったから食物を食べて下さいと言えるかどうかである。食べるかどうかは相手国の内政の問題である。大手を振って押し付けられる立場にはない。
しかも、日本政府は汚染水の海洋投棄や 汚染土の再利用などを推し進めようとしており、また、住民の年間被ばく線量の許容量は事故前は1ミリシーベルトであったものを勝手に20ミリシーベルトへと無理やり引き上げている。災害直後であれば、緊急避難として、やむを得ない面もあるが、これほど高い被ばく線量を、これほど長く容認している国はない。これでは日本政府がどんなに「安全な食品だ」と訴えたところで、国際的に信頼されないのは当然である。
5 敗訴で汚染水の海洋投棄計画は完全に破綻
朝日新聞は「今回の日本の敗訴は福島第一構内のタンクに約100万トンある放射性トリチウムを含む汚染水の処分にも影響しかねない。現在の技術では処理が難しく…経済産業省は薄めて海に流すことが最も合理的として…議論している」と書くが(2019.3.13)、今回の敗訴により完全に論理的にも破綻した。「最も合理的」かどうかは、これまで国内(原発ムラ内で)で議論されてきただけである。国際的に議論されたことはない、勝手な・かつ横柄な日本政府の主観である。日本政府はわざわざ国内だけで議論していたことを、韓国をWTOに訴えることによって国際問題化し、自らの首を絞めてしまったのである。国際社会は日本の放射能汚染の管理について極めて厳しい意見を持っていることが「判決」という正式の手続きをもって示されてしまった。出口を自ら塞いでしまったのである。汚染水は毎日150トン・今後100年どんどんたまり続ける。保管場所は福島の陸地以外にはない。
6 桜田大臣発言の背景にあるもの
3月、日本経済研究センターは福島第一原発事故の国民負担は総額で81兆円になるという試算を発表した。この負担は必ず電気料金に跳ね返る。現在、発電の運転や燃料にかかる直接コストを除く電力料金の約15%:原発関連では電源開発促進税が3,200億円(2016年)、千キロワット時につき375円で、家族4人の標準家庭では年1,400円程度を負担している計算となる。この他、バックエンド費用は19兆円(2004年)と見積もられており、使用済燃料再処理費等で0.51円/kWh、1世帯・1月当たりの 負担額は240円(2007年)となる。また、2020年度から福島第一事故の賠償費用に対する積み立て不足を回収する新しい制度として、過去の積み立て不足を総額で約2.4兆円と見積もり、全国の電気料金に上乗せして回収する方針であり、電力1kWhあたり0.07円になる見込みで、標準的な家庭で年間に252円と計算されている(大島堅一氏の試算では:0.5 円/kWhにもなる)。さらに輪をかけて、六ケ所村の使用済み核燃料の第2再処理工場を巡る総事業費(過去の試算では12兆円)を電力料金に上乗せする関電などの企ても進んでいる。現状、列挙しただけでも上記の負担が本来の運転費・燃料費の外に電気料金に上乗せされている。
福島原発の事故処理費用は青天井であり、特に汚染水の海洋廃棄が出来なければ膨大な額となる。今後、国民は電気料金を通じて賠償を支払い,また税負担を通じて支払うこととなる。電気料金が2倍・3倍となることは避けられない。そうなれば「電気料金への上乗せは認めない」、「賠償を払いたくない」、「早く帰還させ,賠償を打ち切れ」という声が大きくなる可能性が高い。政府の早期帰還、被災者切り捨て政策はこうした声を先取りしているとみることもできる。「復興以上に大事」という桜田大臣の発言はこうした「空気」を代弁している。
我々は、こうした「空気」に対案を出す必要がある。それは既に電気料金の10%も占めるfit(「再生エネルギーの固定価格買取制度」)に頼ることではない。無駄な核燃料再処理事業や高速炉などの計画は即時中止すべきであるが、原子力から撤退しても福島原発の事故処理費用・廃炉費用が減少することはない。これは確実に電気料金(又は税金)から支払われることとなる。我々の対案は、ドイツがバルト海で進める「ノルド・ストリート2」のように、ロシアから天然ガスをパイプラインで輸入することである。LNGで輸入すれば冷却費・輸送費が嵩むが、パイプラインなら1/2になり、格段に電力の燃料費を下げることが可能となる。また、シベリアから電力を直接購入することを検討しても良い。そのためには朝鮮半島の安定は是非とも必要である。米国の属国としてのプチ帝国主義国として「イージス・アショア」やF35Aなどで近隣の諸国を脅しながら、放射能汚染水の大海で溺れて行くのか、近隣諸国と連携しながら現状の危機的状況を乗り切る努力を行っていくのか。いま日本は重大な岐路に差し掛かっている。
【出典】 アサート No.497 2019年4月