【書評】個の自立と社会変革運動

【書評】個の自立と社会変革運動
      『大西巨人文選(全4巻)・(1)新生(2)途上(3)錯節(4)遼遠』
       (みすず書房、1996年)

長編小説『神聖喜劇』で知られる著者の、これは敗戦直後の1946年から昨年1996年にいたる50年間のエッセイの集成である。その一貫した姿勢は、権力の側からのイデオロギー攻勢に村して厳しく立ち向かうと同時に、反権力・左翼・マルクス主義の側においても、その大衆追随と独善主義(「俗情との結託」)に対して徹底して厳しい。しかもなおその上で社会主義への希望は強く継続されているといえよう。かかる観点からのさまざまな時の間遭への発言は、文学の領域のみに限らず、広く社会のあり方、人間のあり方について本来の意義を真直ぐに突くものが多い。
例えば、社会主義については次のようである。

「“社会主義とは、万人の幸福のために一人の幸福を犠牲にすることだ’’などと楊言する者が、われわれ社会主義者の中に少なからずいる。/だが、こんなことこそ、社会主義の敵たちが社会主養を誹誘中傷非難攻撃するべく従来も言ってきた・今日も言っているテーゼではないか。万人の幸福と一人の幸福とを一致せしめることこそ、そのために全力を早くして努めることこそ、社会主義であるのに。

(略)『わたしの社会主義感覚』は右のアラコンの言によって凱切に表わされている、と私は答える。ただし、アラコンが苦渋と忿怒の情で否定した類の連中が『われわれ社会主義者の中に』もたくさんいたこと・そういう連中が世界の各領域をしばしば言論的ないし実践的に支配したことを、私は、面伏せにも認めざるを得ない。

一人(少数者)の幸福のために万人(多数者)の幸福を犠牲にする『第一の階級』は、入れ代り立ち代り出現する。その『第一の階級』を克服するべく不断に全力を早くして努めるのが、社会主義であり、そこに、『わたしの社会主義感覚』が淵源する」。(「わたしの社会主義感覚」、文選4)

ここに見られるように大西の主張は、硬直した社会主義観のまさに客観主義的硬直性と独善性を暴くものであり、それだけに鋭い。それ故にまたこの立場は、社会変革の運動にかかわる一人一人の姿勢として提起されている。
これに関して大西は、「文選(4)遼遠」巻末の鎌田慧との対談で、鎌田が出した「日本の運動論理」の問題–一人の抵抗なんか意味がなくて、やっぱり集団で、革命的にやるしかないという、そういう一種の待機主義が、戦後の運動をずっと作ってき」た、「個として立つ、自立の思想が、運動の中で軽く扱われ過ぎたからじゃないか」-に対して答えるかたちで、次のように述べている。

「連帯というものは大切だと思いますけど、それはいわゆる『衆を頼む』というものではない。一人一人が、たった一人でも俺はやるぞと、そしてその運動が手をつなぐというものならいいんですが。むしろ、一人じゃやらないというのが、よくありますわね。(咤)もう亡くなった、国鉄に勤めていた詩人で、浜口国雄と言う人が、正しくても一人ではやるな、というような詩をかつて作っていて、その言葉にも聞くべきことはあると思いますがね。しかし、正しかったら一人でもやるということも、また矛盾ないものとして確立して、それが何人かいて、それがまた結び付いたら、甚だ強いものになると思うんですがね」。

ここには社会運動における個人と組織の問題が、個人の自立を前提として出されている。大西は、かかる個の自立のあり方の例を「神聖喜劇」の主人公、東堂太郎に託したのであるが、彼はわれわれの身近な存在(身につまされる存在)であるとともに、また常人(やすやすと俗情に結託する傾向を持つ人間)には到達し難い存在でもある。彼とわれわれとの間に存在する溝をいかにして埋めるのか、というのが、現在までの・現在の・そして現在以降の社会運動の基本的な課題の一つであることは疑えぬところである。
以上大西巨人文選(全4巻)のごく一部を取り出して紹介したが、大西の戦後の軌跡は、いわば左翼の主な流れから外れた、独特の、というよりも右往左往しない左の流れと言うべきものであり、その一貫した姿勢は、日本の社会運動に欠落していた側面を浮き彫りにしている。本文選(全4巻)は、大西が戦後かかわってきた文学論争、社会問題についての発言の、途上における一応の集大成であり、大西の姿勢の確認をより深く印象づける。ただしこれも大西の読者なら周知の事柄に属するが、彼の言葉の使用の厳格さと意味の厳密さへの執着には恐るべき粘着性があるので、慣れない読者は辟易し、苦痛すら感じるかもしれない。しかし本来人間の思考と言葉の使用とは厳杏さを目指すものである以上、大西のような文学者は、この意味でも一貫していると言えよう。(R)

【出典】 アサート No.234 1997年5月17日

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