【投稿】株価暴落は何を明らかにしたか

【投稿】株価暴落は何を明らかにしたか

<<ブラッディマンデイ>>
先月の10/19はニューヨーク株式市場の史上最大の暴落と言われたブラックマンディ10周年であった。このところのアジアを中心とする金融市場の動揺から、それが再来するのか否かと言うことが大きく取り上げられてきたことは周知のことである。それがついに10/27(月)再来することとなった。この日、ニューヨーク株式市場は前日終値比554$の大幅値下げを記録、10年前の508$下げを上回る史上最大の下げ幅の暴落となったのである。ブラックマンディの教訓から取り入れたサーキットブレーカー(取り引きの一時停止制度)を発動、売り注文をすべて消化しない段階で史上最大の下げ幅を記録し、ブラッディマンデイ(血の日曜日)と形容され、暴落(月)→反騰(火)→冷静(水)→急落(木)→上昇(金)→高騰(月)と乱高下を繰り返す相場に対してはヨーヨー相場と命名されたと言う。
株の急落は、香港、日本、米国だけではなく、ロンドン、オランダから豪州、ニュージーランド、ブラジルの暴落へとすぐさま波及し、中南米からロシア、東欧にも及んだ。震源地ともいわれた、10/28の香港株式市場は、8月のピークから46%もの下落である。
再来とはいっても、その原因、規模と形態は大きく異なることは当然である。決定的なのはその間の冷戦の終結である。87年のブラックマンデーは、米ソ冷戦体制下での膨大な軍事予算の浪費にあえぐ財政、貿易の双子の赤字を抱えた米国問題を基点としていた。

<<冷戦終結がもたらしたもの>>
冷戦体制の崩壊は、ロシアをはじめとする旧東側諸国をドルを決済通貨とする経済圏に組み入れた結果、ドル経済圏は一挙に拡大したと言えよう。そのことによってアメリカは、ドルをいくら垂れ流しても、それに見合う利払いの必要が生じない決済通貨発行者だけが持つ利益、特権を思う存分に享受し、それによって米国経済を立ち直らせ好調を持続させてきたとも言えよう。冷戦終結の恩恵をもっとも享受してきたのが米国であった。冷戦の狭間で利益を吸い上げてきた日本が今、低迷にあえいでいるのとは対照的である。
但しこれは逆に米国の手を離れたドルが一挙に拡大したドル経済圏にばらまかれればばらまかれるほど、その反作用とツケも大きくなることを意味している。実際、昨年10月に発表された米連邦準備制度FRBの報告によると、90年以降、新規に発行されたドルの70%以上が米国外で保有されている。その結果、流通ドルの半分以上が米国外にあるという状態をもたらしている。
こうした米ドルの垂れ流しは、為替リスクを最小にしながら利益の出る市場を駆け巡る投機的なホットマネーを世界的規模で増大させ、制御不可能な状況に至らしめてもいるのである。今回の株暴落は、香港発と命名されているが、その過半は、米国経済が抱える矛盾に起因しており、実は米国経済が世界経済に大きく依存しており、好調米国経済の弱点がアジアにあり、アジアの金融危機の展開次第では、米国経済の好調を支えている基盤そのものが崩壊する危険性を警告したものと言えよう。これまでドル高を支えてきたさまざまな要因が徐々に剥落する可能性が高いのである。

<<米国債放出の脅し>>
83年以来、香港ドルが事実上の対ドル固定レート制を維持してきたことは、香港と米国のインフレ格差を考えれば、インフレ率が香港では毎年10%前後で推移しており、米国はインフレどころかデフレ懸念までいわれるほどの物価安定状況であり、いずれ矛盾が爆発せざるを得ないものであった。しかし香港がこうしたドル・ペッグ制を崩せば、すべての経済システムを見直さなければならなくなるし、ドル資金導入を中国経済発展の至上命題としている中国にとって致命的である。ドル・ペッグ制によって米ドルとの等比交換が約束されているからこそ、世界のマネーを引き付けてきた香港ドル建て資産投資と所有の魅力が減退してしまうのである。香港、中国にとってドル固定制から変動相場制への移行は、為替の下落=輸入コスト高となり、これまでのような外資流入も望めない、重大な局面に直面せざるを得ない。
そこで中国はその豊富な外貨準備、香港には880億米ドル、中国とあわせれば、2000億ドルを超える外貨準備によってドル・ペッグ制死守に動かざるをえなかった。その際、ちょうど訪米中であった中国高官によって、米国債を売りに出すことも考慮せざるを得ないと言う脅しも使われたことは間違いないであろう。これに市場が直ちに反応したともいえよう。
なにしろ、今年の6/23、橋本首相が訪米中、「米国債を売りたいとの誘惑にかられたことがある」と発言しただけで、ニューヨーク株価が当時としては過去2番目の192$も下げたのである。実際に中国の外貨準備は事実上そのほとんどが米国債で運用されており、中国、香港経済が混乱に陥ってこれを売りに出せば、米国債の急落→米長期金利の上昇→米国株の暴落の連鎖が起きることは必至であり、米国自身が真っ先にパニックに陥りかねない客観的条件がそろっているのである。

<<新たな通貨切下げ競争>>
こうした事態は、これまで米国債の大きな買い手であったアジア各国の中央銀行が、自国通貨防衛のためにドル(米国債)売り介入を行えば、いつでも起こりかねないことを示している。その意味では、ドルの世界支配という構図の終末段階にさしかかっているとも言えよう。米国債保有残高10位は表の通りである。どこから事態の急展開が起きても不思議ではない。

米国債の保有残高
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日本    3078億$ 25.3%
英国    2327    18.1
ドイツ    667     5.5
OPEC   538     4.4
中国     509    4.2
オランダ   503    4.1
スペイン   501    4.1
香港     441    3.6
シンガポール  353    2.9
台湾     346    2.8
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(米財務省調べ、97/5現在)

しかしその焦点はアジアにあると言えよう。今回のアジアの通貨危機の起点は、94年に中国が大幅に元を切り下げ(34%)、ASEANやNIESの競争力を相対的に下落させたことに求められる。ASEAN諸国は中国の通貨切り下げ前までは、年率20~30%のペースで輸出が伸びていたが、96年後半以降、それが5~6%に落ち込み、この夏以降の金融危機で借金国に転落、さらに通貨切り下げでドルベースの借金は20~40%増大し、借金漬けのためにさらに通貨切り下げによって輸出競争力を回復し、飢餓輸出であっても輸出増大を図ろうとする悪循環に陥ろうとしている。その意味では、アジア各国は新たな通貨切下げ競争に入ったのである。
まず7月には、タイ・バーツがバスケット・ペッグ制(主要通貨の為替の加重平均に自国通貨を連動させる方式)から管理フロート制へ移行、その後、マレーシア、インドネシア、フィリピン、シンガポールなどへ次々と通貨切り下げが波及、韓国ウォンの対ドルレートも史上最低となり、そして10/21、台湾がそれまで豊富な外貨準備を背景に中央銀行が通貨買い支えを行っていたが、突如市場介入取り止めの方針を発表、台湾元の大幅下落を容認するに至った。これら諸国から引き上げてきたホットマネーが、投機的差益を求めて、対ドル固定制を維持している香港に集中したのは当然であった。10/23、香港の金融当局は短期金利を6%から一気に200%にまで引き上げて、同時に市場介入を実施して、ペッグ制を守ることを優先させた。その結果が株式
市場の暴落であった。

<<「大アジア救済計画」>>
こうした背景には、アジアNIES諸国の経済規模が拡大する中で、人件費や不動産価格が上昇するなど、絶えずインフレ圧力が続いていたにもかかわらず、それぞれの国の通貨がドルに固定されていたプラス面が逆に重い負担となり、過大評価されたいたそれぞれの通貨が、経済実態にあわせざるを得ない時期にきたことを示している。
さらに根源的には、アジアNIES諸国がこれまで享受してきた恵まれたポジションが失われつつあることが指摘できよう。低賃金と過重・過酷労働の優位性、環境破壊を無視した生産立地、抑圧的独裁的政治支配体制による労働と生産の組織化、等々による輸出競争力確保は、今や公然たる大衆的反撃と挑戦を受けており、これまでどおりにはいかなくなってきているのである。過去の日本や韓国の発展と矛盾の姿がより短いサイクルで急展開しているとも言えよう。
これまで直接投資であれ、間接投資であれ、世界の資金がアジアに向かっていたのが、昨年後半から急速に成長期待がなえ始め、多国籍企業は、生産拠点をアジアから別の地域、たとえば中南米やロシアへシフトするという動きを見せ始め、国際資本のアジアからの流出が顕著になってきたのである。
今回の株式市場の暴落が指し示したことは、ドル・ペッグ制を挟んでの米国と中国、アジア諸国との問題であると同時に、米国の株バブル、日本や欧州の景気低迷、という状況下で起きた、よりグローバルで根源的な問題を内包しており、事態はより深刻である。であればこそ、IMF主導の下に、急遽、インドネシアの金融危機回避の救済のために400億ドル、タイ救済に220億ドルという巨額融資が提起され、さらには「大アジア救済計画」なるものまで出されてきており、これには、アメリカを中心とする先進国の新しい金融植民地主義であると言う反発がアジア諸国に巻き起こっている。

<<日本がIMFに借款要請?>>
今回の株価暴落、さらにはアジアの金融危機の深化によって、日本固有の深刻な問題が加速される可能性が高まっていることも指摘されねばならない。日本は、世界第2位の経済大国、先進国というが、日本の東南アジア向け輸出比率は今や4割を超えており、96年のASEAN・NIES8カ国の対日貿易赤字は計794億$に達し、実際にはアジアへの輸出とファイナンスで儲けてきたのが実態である。
したがってこれら諸国の通貨・経済混乱が長引けば、同地域向けの輸出は相当な落ち込みを免れないし、加えて、邦銀の東南アジア向け債権の焦げ付きが顕在化すれば、新たな不良債権問題が浮上しかねない事態である。
ASEAN4カ国だけで邦銀の融資額は700億$程度あり、インドネシアだけでもすでに16の銀行が閉鎖されており、このうち相当額が今回の金融危機の進行の中で不良債権化したことは間違いなく、日本円で2~3兆円はあると見られている。
11/10号の米ビジネス・ウィーク誌は「日本は不景気と株式市場の崩落、それにアジア諸国のローンの不履行による重荷に悩まされ、さらには多額の不良債権に悩まされて、政府はついにIMFに頭を下げて借款を申し入れた。2910億$に上る米財務省債券を手放すという手はあったが、それで国際金融市場をこれ以上撹乱させるのを避けるために、同債券を抵当に緊急借款を申し入れることを決心した」、「日本のように裕福な国がそんなことをするなど想像もつかないことなのだが、こんな噂が先月27日に世界各地の株式市場で株価が暴落を続けている最中にウォール街を駆け回っていた」、「日本は国際経済政策を持たず、アジア金融危機の中心であったタイの救済政策を推進する力もなかった」、「国内金融組織は崩壊寸前で、大手金融機関の中にはその生存さえ危惧されているところがある」とまで報道されるような状況である。
日本の金融システムが戦後初の機能麻痺に陥っていることは事実であり、消費税増税、所得税減税の廃止が、個人消費を大きく鈍らせ、景気の立ち直りに重大なブレーキ要因となり、実物経済が明らかにマイナス成長に近い局面に入っていることは否定しがたい厳然たる事実である。事態を打開する内外の声に対して、緊縮財政しか叫べない日本の政府、政党の実態が根本的に問われているといえよう。
(生駒 敬)

【出典】 アサート No.240 1997年11月28日

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