【投稿】年頭にあたって-政局雑感-

【投稿】年頭にあたって-政局雑感-
                               民守 正義
<これまでの「連立政権」で思うこと>
昨年は、細川から羽田、そして村山政権と2回の政権交替が生じる激動の一年であった。 細川連立政権は一昨年、自民党長期一党支配の崩壊の結果として誕生した。すなわち細川政権が誕生したのは、本当に国民の声が「自民党NO!非自民連立政権へ期待」が積極的にあったからではなく、自民党長期政権の中で、金権腐敗政治に対する批判と政治一般に対する幻滅、そして自民党の党内外における求心力の著しい低下が選挙の結果として反映されたものである。その具体的事象が、自民党支持率の低下であり、自民党の分裂・新生党の誕生である。当然のことながら細川政権は、非自民で連立を組しながら「政治改革」を金看板にし、その具体メニューは元々、自民党のメニューでもあった「小選挙区制の導入」を自民党以上に積極的に推進することを使命とした。しかし小選挙区制の導入が、政治改革の有効な手段であるかについては、当初から疑問が呈されていた。政治腐敗の防止を選挙制度の問題にスリ替えたものであるとの批判は、当時の世論調査でも明らかであった。今もなお「金のかからない政治」=「小選挙区制」などといった論理を理論的・科学的に説明できるものは誰もいない。にも関わらず、社会党もこの政策に迎合したのは、自民党政治に終止符を打ち、連立政権に積極的に参加するための妥協でしかなかった。私個人の考えとしては、この選択が必ずしも誤りとは思わない。政治改革の基本的観点・施策が異なっていたとしても、自民党政治をとにかくは終焉させることの方が重要であるとの政治的判断は、有り得ると思う。しかし、その場合においても、本来の政治改革とは何かを明らかにし、小選挙区制についての問題点についても指摘しながら、「歴史的妥協」として連立政権を選択するとの立場を明確にすべきでなかったのか。少なくとも社会党内で、その論議と手続きを十分に行わずして、小選挙区制導入路線に向かったことは、その後の社会党の党内基盤の弱体化と党の結束力の低下に拍車をかけるものとなったと言わざるを得ない。
いずれにしても政治改革関連法案に目途を付けた細川政権は、安保・自衛隊・原発・平和貢献・消費税等の基本政策で、改めて政策合意を見いだしていかなければならなかった。とりわけ消費税については、おりしも春闘前段の減税問題とも相まって「国民福祉税」の名のもとに、実質的消費税の7%アップを打ち出し、これが細川連立政権内の不協和音と支持率の低下を決定的なものにした。そして細川首相の突然の辞任。連立与党は急処、基本政策合意を図り、第二次連立内閣とも言うべき、羽田連立政権を発足させたが、間髪入れずにまたもや統一会派「改新」の結成、社会党は政権離脱を決心した。社会党にすれば、連立政権維持のために妥協に妥協を重ね、ようやく取りつけた政策合意に、更に闇討ち的にタガをはめる行為に憤るのも心情的に理解できる。その後、羽田連立政権2カ月後に社会党は、自民党と連立を組み、村山内閣を発足させることになるが、この一連の判断を極めてミクロ的に見る限りは、自民党との政策合意が、結果として羽田政権時の政策合意と余り違わないことからも、積極的に政権に関与するとの立場からすれば、自民党アレルギーが社会党内外にあるにせよ、基本的な誤りではなかったと思う。
ただ、それよりも社会党に重要な問題として指摘しておきたいことは、この連立時代において、党の長期的・本来的な基本方針・理念と当面の連立政権下における妥協すべき政策との区別がなされていないことにある。言い替えれば、当面の妥協すべき政策が、党の基本理念・方針にまで高めてしまっているところにある。例えば自衛隊についても当面、軍縮方向を明らかにしながらも自民党との連立運営上、自衛隊を容認した現実的な対応を行うことと、党がこれまで主張してきた違憲論を堅持することとは明確に区別されなければならない。このことは、原発政策でも国際貢献でも言うことができる。連立である以上、妥協は付き物である。しかし、だからといって本来、社会党が理想とした基本理念・長期方針まで変更することは、将来ビジョンなき政治と言わざるを得ないし、また他党が社会党に基本理念の変更まで迫るのは、社会党の存在そのものを揺さぶるものであることを見抜かなければならない。このことは、社会党が細川連立政権から政権参加してきたことの積極的意義まで否定しているのではない。戦争責任の問題や国家責任を明示できなかったとは言え、長年の懸案であった被爆者援護法の制定、そして今、論議されている水俣訴訟の和解への努力等々、社会党が政権参加したからこそ、前進した成果も評価されなければならない。要は連立政権は、政権与党間の妥協により運営されるものであって、どの党の政策がより鮮明になるかは、その時の力関係により左右されるし、曖昧性は伴うものである。しかし、それだけに社会党の「本来政策」を常に明示しておくことが、連立政権の今後の方向をより、国民的な政権へと発展させる可能性をもたらすし、少なくとも国民の政策選択権を保障するものであるといえよう。

<当面の政局に思うこと>
政治は依然として流動的で、今年の政局も大波乱が予想される。村山政権の今年を占う当面の要素として一つは、新進党の動向、そしてもう一つは、新民主連合の動きであろう。
新進党は、小選挙区制による二大政党時代を目論んで結成されたが、当面、早期解散を求めて政権奪還への意欲が窺える。しかし、その内部は、頭は「新生党」足腰は「公明 党」その他は単なる多数派形成との感は拭えない。特に「公明」に対するアレルギ-・危惧は相当なもので、かつての社共時代のように、やがては「公明」に母屋を取られまいかと言う懸念は、民社を中心に根強くあると言われる。しかし、こうした新進党の結成当初からの結束力の弱さはあるものの、社会党に対しても積極的な多数派工作・揺さぶりをかけている。現に都市区においては、公明党が対抗を出されては当選不可能な選挙区が数多くあり、中央の政治状況とは別に、公明党に対し大なり小なりラブコールを送る社会党候補が見られる。いずれにしても、こうした水面下の動きを中間的に総括するものとして、本年春に行われる統一自治体選挙が、新進党の力量の発揮程度も含め、大きな試金石となろう。
さらに新民主連合の動きについては、社会党の分裂・解散という要素も含みながらも、これが一定の勢力となりうるか、どうかにかかっている。そもそも新民主連合の動き自体、大局的には新進党結集へのステップとなるのか、第三または第四の勢力となるのか、あるいは単なる社会党の「新党化」なのか、予想さえできないが、少なくとも当面の一定の勢力となりうる必要条件には、いったい、どのようなアイデンティティを持って、どの部分との結集を図るのか、そのビジョンをより明確にしなければならない。例えば「社民リベラルの結集」というが、自社連立下において自民党も一定、「リベラル化」したと言えるし、旧連立との関係では、「公明」も「社民リベラル」の範疇に入るのか、明確ではない。また社会党と「さきがけ」及び民社、そして自民党の一部の結集をイメージしているとするならば、その際の具体政策も、もう少しは踏み込んで明らかにすべきだろう。特に連合との関係で、社会・民社の関係改善を図ることを念頭に考えるならば、なおさら政策論議を先行させることは、より重要と言える。いずれにしても新民主連合が、こうした当面のビジョンを前向きに示し、一定の政治潮流をつくることになれば、それなりの歴史的役割があるだろうが、結局、自らも混沌とした全体状況に流されるのであれば、単に村山政権の崩壊を早めただけのものとしかならないであろう。
ただ、このような極めて流動的な政治状況にも関わらず、ドラマチックでも余り激動感を感じないのは、結局のところ、具体的な政策論争や階層間対立によるものではなく、政治力学先行のパワーゲームに終始しているからであろう。小選挙区制が一層、これに拍車をかけ、政党の枠組み論争の域を脱し得ていない。今日の政治の無関心、支持政党無し層の増加が、そのことを如実に示している。今、国民が、少なくとも労働組合がなすべきことは、地方分権であれ、税財政改革であれ、高齢社会への対応であれ、具体的に「このような政策を実施する政党はどこか」を問い、これに賛同する政治勢力の枠組みを労働組合が主体的に形成させていくことが、政治をよりシビアなものとして刺激を与え、労働組合としてのよりましな政府づくりに積極的に関わる重要な手段だと思う。  (民)

【出典】 アサート No.206 1995年1月15日

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