【投稿】転換期の経済と不況克服策
<この先5-10年は乱気流>
来日中の米クレアモント大教授P・ドラッカー氏は、日本の不況について、「これはリセツション(景気後退)ではない。現在を転換期とみるべきだ。この先5-10年は乱気流が続く。特に日本にとって転換期の乱気流は厳しい。経済が製造業にどの国以上に依存しているためだ」と分析している。「日本とドイツは自動車、鉄鋼、家電といった古い成熟産業に依存する度合が高いため特に厳しい調整に直面」していると見る。
第一に、そうした古い成熟産業を代表してきた「大企業は世界の激しい変化に柔軟かつ速やかに対応しにくい」こと、そして「産業が直面するのは単なる経済的な問題ではなく、社会的な挑戦」であり、さらに「競争に国境はなくなり、インドネシアもアルゼンチンも競争相手になる。市場が仮に愛知県であっても、競争はグローバルになる」というわけである。
ドラッカー氏は、「世界中で米国政府ほど経済の分からない政府はない。理由は余りに多くの経済学者が政府に入っていることにある。彼らは過去の経済を学んだが、それと現実の経済はかけ離れている」と指摘し、こうした転換期における政府の役割について、「5-10年もしたら、どこの政府も愚かなものになる。理由は単純だ。予想できないことが起こり、前例が役に立たなくなるからだ」と断言する。(以上、日経11/3)
<”逆説”の経済政策を>
一方、米ハーバード大名誉教授J・ガルプレイス氏は、現在の世界的な不況の進行をどちらかといえばポストバブル経済の循環局面とみる。そしてそこにおける政府の役割がある意味では決定的でさえある。「われわれは現在、1980年代の大規模な投機騒動の影響下にいる。その大騒動にどう反応しているかを見てみると、残念ながら、その多くは事態をより悪化させている」と判断する。「不動産バブルが崩壊した結果、銀行から個人に至るまで幅広く、深刻なデフレに陥り、それが主因となって不況と停滞を引き起こし、今日、我々を苦しめるに至っている」という事態は、日米とも共通であろうが、「しかしながら日本では、公共政策が適切に行われてきたことは十分明白である。個人消費と企業投資が減少したのを補うために、強力な公的財政支出策を打ち出しているからだ」と評価する。しかし米国では、バブル感覚に浸ってきたレーガン・プッシュ政権時代の膨大な財政赤字というツケのために、「政府支出を削減し、均衡予算を求める声が圧倒的に強かった。しかしこの政策は間違っている。縮小・均衡予算はその意図に反してデフレ効果を加速させ、投機後に発生した失業を増やすだけである」と述べ、「こうした政治的判断こそが実は、投機時代には投機を許し、かつ投機話に金を注ぎ込んでさらに投機をあおり、その後バブルがはじけて、景気の回復を図らなければならないときになると、時期はずれの緊縮財政論をぶつことになる」と批判する。
逆説的ではあるが、「景気判断が楽観的な時にこそ政府が緊縮財政政策をとり、景気が後退したり、不況に陥った時に財政拡大策をとることが」最も重要であると主張する。日本では、「官僚の抵抗は多少あっても、景気刺激策として強力な公共事業政策を進めている。そうした積極的な政策こそ、誰の目にも分かりやすく、私もまた強く支持する。米国でも、また他の不況に陥っている諸国でも、日本と同じ行動を取るよう切に願っている」と述べる。(以上、日経11/8,9)
<逆説的事態の進行>
ところで、10月の景気指標によると、米国の93年上半期実質経済成長率は年率1%程度であったが、下半期は3-3.5%に上昇してきている。しかもそのリード役は製造業、とりわけ自動車産業であることが鮮明になってきている。自動車関連業界の雇用増(前年比+2.6%)が製造業全体の雇用縮小に歯止めをかけ、設備投資は主要産業の中で最高の伸び(前年比+39.0%)で、全製造業の設備投資増(同+3.4%)をリードしている。日本とは逆にニューヨーク株式市場は史上最高値圏に達している。さらに、米国版新社会資本投資としてのクリントン・ゴア両氏の「情報スーパーハイウェー構想」が米国経済にプラスの活力と新たなビジョンを与え始め、情報ネットワーク構築と地球環境問題を軸にハイテク産業の再活性化が試みられ、さまざまな連鎖反応を起こしているという。もちろんこうした動きはまだまだ不安定であり、いわば乱気流の中の一局面であるのかもしれない。しかし、ドラツカー、ガルプレイス両氏の指摘とは逆に無視し得ないし、注目すべき動きではないだろうか。
一方、日本の不況は戦後最悪ともいえる局面にさしかかっている。6月半ばの景気底入れ、回復宣言はついえ去り、いっそうの「底割れ」、大規模な雇用調整さえ叫ばれている。株式市場活性化をもくろんだJR東日本の上場は、2週間で高値から25%も下落し、個人投資家の株式離れを一段と進行させ、この間にJR、NTT両社の時価総額は1兆8400億円も減少するという事態である。所得税減税が景気回復の最大のテコとして期待されているさなかに、これだけの資金が市場から消失しているのである。財政均衡、緊縮財政論が大手を振ってまかり通り、政府、経済界を金縛りにし、経済活性化とは逆の現象をもたらし、「心理不況」の様相さえ語られている。しかし一方では、9月の機械受注統計によると、製造業からの受注が26.3%増え、鉄鋼、自動車工業からの受注は減少しているが、石油石炭製品工業では532.9%増、非鉄金属515.6%増、金属製品75.0%増という具合いに、明らかに下げ止まりの傾向が見えている。こうした事態は、やはりドラッカー、ガルプレイス両氏の指摘とは異なっているとも言えよう。
それにもかかわらず、確かに冷戦時代の終結を転機として明らかに、世界経済は転換期にさしかかっており、国際的な規模での構造的変革が迫られているということは間違いのないところであろう。しかし、そうした変革と打開の糸口は、それを推進する勢力の意思や努力、個々の逆説的事態の進行の中に現れているのではないだろうか。
(生駒 敬)
【出典】 青年の旗 No.192 1993年11月15日