【現場から】高校改革をどう進めるか
(労青大阪教員交流会ニュース NO .36 1992-01-10より)
謹賀新年
1991年はソ連の崩壊という歴史的な事件で終わり、1992年も南北朝鮮の非核化宣言で始まるという、激動の時代の中を我々は生きてきているわけですが、この時代をどの様に理解するか、そしてそれぞれの職場、地域、家庭の中でどのように生活することが時代を進めるのか、いよいよ自分自身で考えなければならないと思います。しかし、日々の多忙の中で理論的に物事を思考していくのは非常に困難であることも事実です。交流会はそんな日常の中でも何とか自分の実践に生かせるような数少ない機会にしたいと考えています。交流会ニュースは例会などで聞くかぎりではなかなか好評の様です。また、住所変更の連絡なども4件ほど電話・葉書などでいただいており、教育労働運動の数少ない指針として期待されているのだということをひしひしと感じます。そのニュースも36号になっており、毎月定期的に発行できているものをまとめて今年度中に一冊の冊子にできれば、と考えています。教育労働運動についての指針としてもっと広がればと思います。
《12月例会のまとめ(高校改革について)≫
1高校改革についていろいろなが起こってきている。
茨木・高槻・吹田地区では中高の連絡会では、地元に根ざした高枚改革が中学の方から要請したが、高校の方の対応の鈍さが目だっている。高教組の中でも地元集中校だからこそできるのが高校改革であるという意見もあれば、コース制には否定的で急減期を宣伝で乗り切るという意見もある。同和教育研究指定校の内部でも教科の方から論議してほしいという意見がでても、人権教育派の教師の方が否定的なとらえかたになっている。
教育委員会のコース制は多様化路線については反対せねばならない。我々は念仏のように「コース制反対」ということで事足れりとする組合の中の意見に対して、文部省のいう多様化の背景には大衆の要求があることを見なければならないと問題提起してきたし、実践的に実例を創りつつある。
このことの影響もあってか、左翼が無原則的にコース制賛成になだれ込んできている。このことの無原則性を批判せねばならない局面にきているのではないか。我々が高校改革をいうとき、準義務化、学校間格差、中退・留年、進路保障等の問題の解決をいかに目指すか、という問題の立て方をするのである。高校が抱える問題をいかに解決するのかという方法のひとつとしてコースや領域というものの有用性が検討課題としてのぼって来るのである。
教師集団の意志統一は無前提的な内容では不可能である。統一するには統一の軸が必要である。無前提的にコース制にすべきである、というのでは教師の意志統一はできない。統一の軸は教師の意志から独立した、学校それぞれの実態に基づいて設定されなければならない。そのときの原則は、教育は生活指導・学力保障・集団育成の三位一体であるということ、しかし、学校の実態によって強調点が異なってくるということである。困難校では「荒れを克服する」という右翼・保守派でも乗りそうなスローガンを通して、本当に荒れを克服するためには、集団を育成することであるし、さらには中退や留年を無くしていくことであると指導していく。中堅校では「いかに進学を上げるのか」という右翼・保守派路線に乗りながら、本当に学習に意欲をもたせていくために何をすべきかと、指導していく。
しかし組合が軸になって公立の良さは「余裕」であるというサボリの論理で、右翼・保守派からの批判に自らを耐えられないものにしているのである。学校の生徒実態によって統一の課題は異なるが、それを本当にやるためにどうするか、ということで、統一を図るのである。その意味で、コース制を方法としてではなく、目的として理解するかのような安易なコース制賛成は、無原則であり、統一の軸にはなり得ないのである。高校の実態に基づかない安易な議論は大衆の行動を喚起しないどころか、左翼の信頼を低下させるものである。
2 高校改革の目的をはっきりさせること
高校改革の目的は生徒の学習に対する意識・意欲をいかに引き出すかということである。その目的をはっきり出さないところで、方法を議論すると教師集団に亀裂が入るのである。例えば0、7時間目授業などの方法は、教育活動の目的についての教師集団の一致がなければ、教師集団は、一般的に良いという「実践派」と、労働条件を求める「条件派」へと分岐が入るであろう。
学習に対する意欲を高めるには高校生活全体を高めねばならない。自治活動、クラブも高めることがなければ、高校生活と離れたところでダラダラとエンジョイするという傾向がでてくるのである。そのもとでは学習に対する意欲もでてこない。
同推校ほど学力が高まるという形にもっていかねばならない。「子供がいかに学枚生活を送るのか」という問題を問い直すことが大事である。このテーマは学校間格差の中にあっても、どの高校についても言えるのではないか。どの高枚でも、被差別の立場にありながらも自らの学力を奪い返して進路を切り開いてきた姿を教材として活用できるのではないか。子供の意欲は高校の現状の中で非常に傷つけられている。保母さんになりたいけど、短大にいかないかんが、その学力はないと思うと、それだけで意欲をなくす。意欲をなくすとそこから学習しようとはせず「分にあった」高枚生活をしようとするのが現実である。単に卒業すれば良い、と点数も出欠も計算してやっていくというのがリアリズムである。やっても大学にいけないと思うと勉強しないのがリアリズムである。
その高校生の現実を踏まえたうえで、高校生に意欲もたせるということを教師集団で確認したうえで、方法のひとつとしてコース制の議論があるのである。意欲をいかに高めるのかという助走の議論がないとコースの是非を問うことはできないのである。
3 具体的な高校の議論
この冬休み、Ⅰ高校ではバングラデシュにボランティアに高校生を連れていっている。ユネスコの日本委員会の役員をしている教師が中心になって、そういう形で子供の学習意欲をひきだそうとしている。国際理解から入るが、内容は人権、開発の問題である。そのような活動は各地にできていている国際交流センターや留学生会館等を通じてやろうと思えばできる基盤は広がっている。また、障害者との交流では軽音楽部が養護学校にいって演奏したりしている例もある。そこで、音楽しか興味のなかった子供達は、障害者のことを考えるきっかけを得るのである。交流はもっと気軽にできるべきである。部落問題についても昔はセツルやボランティア等でやっていたのである。ハガキー枚、空かんひとつ、牛乳パックひとつ、リップひとつでもできる福祉の形態を考えて、障害者との交流や福祉を誰もができる身近な問題にしなければならない。
4 助走の議論に於いて、右と「左」を批判すること もちろん様々の形態があるが、具体的な取り組みの形態を様々考えるためにも、高校改革の助走の議論を早くすることである。推進派のイニシアティブのない学力保障は右派の学力保障になるので、早く推進派の議論を起こすことである。いつも、推進派の意識変革が遅れるのである。そのときには学力と進路を保障するための総合施策と銘うって議論を始めるべきである。そこでコース、メニューを活用できないかを考えるのである。
左派を攻めるのはここ。浪人できない子供に進学を諦めろというのか、と攻める。子供のこと、家のこと、学力のことで攻める。なぜ、親はそれ程までに子供の大学進学にこだわるのかを議論していくのである。年輩の左翼ほど、大学に失望していたため、大学進学を無理に進めたがらないのである。そのような左派を批判するには、勉強がわからなくて苦労した子供をつかまえて、勉強させたという実例をもつことである。そして教師との信頼関係でその時の気持ちを語らせて、教師の教材として提示するのである。学力エリートは学力の被差別者からその思いを学ばねば分からないのである。欠点をとったり補習を受けたりするのは生徒のプライドからすると屈辱以外の何物でもない。同じ救済措置でも、事前のバッチリプリント等という粉飾を施してやると、生徒の大義名分が立って、生徒は意欲的に取り組もうとするのである。そんなことは生徒の立場を理解することからしか始まらない。
5 教育活動の全ては生徒実態から要請される
学校教育計画は生徒実態を踏まえて立案されるものである。いい管理職は生徒実態を調べる、そして「好きにやりなさい」というやり方である。学校教育計画に子供をはめ込んだり、合うようにしむけていこうというのは駄目な管理職のやることである。
その意味では、子供に一番接している教師をスタッフとして集めることである。反対派でもいいからそういうスタッフを集めることが必要なのである。そして教育計画は年々、変化するのである。文章を前年度のものから手直しもせず、毎年同じというのは、おかしいのである。
6 ガラスのような自信
子供の自信はガラスのようなものである。自分の依拠するものが崩れるともろくも、全体が崩れてしまう。一坪の土地に30階建てを建てるようなものである。ピッチャーで速い球を投げられなくなると、それで高校生活の全てに投げやりになってしまう。進学校に進学した子が、いきなり、30点40点を取る。あの子がそんな点数を取るはずがないとうプレッシャーに耐えられなくて、試験の日に休むようになり、さらには学校に来なくなってしまう。塾型の受身学習をしているために高校にいって塾にいかなくなると、勉強に対応できないのである。自信とともに意欲もなくなるのである。そして集中力、持続力もなくなるのである。高校進学の時の財産を3年間で食いつぶしてしまうのである。
その意味では、高校1年の1学期が非常に重要である。
7 自信の必要な子には自信を、刺激の必要な子には刺激を
解放教育は子どもの多様な実態に合わせた教育をしてきたために多様化と言っても、それぞれの実態に合わせるのは当り前と言うことから、アレルギーは少ない。これまで、生活指導において培われてきた原則・方法を学力・進路に普遍化するのである。
8 文部省の言う多様化は多様化のもとで多数をきりすてるのである。
高校教育の課題。
左派は多様化に対して平等・同一性を、文部省は平等・同一性を画一性と批判してきた。しかし、実質的平等は多様性を認めるのである。解放教育は多様性を認め、-10の実態には10を、-1の実態には1をあたえる、というものである。
左派は社会人に必要な資質にこだわっている。これを全ての子どもに保障せよと言ってきた。しかし、そのカリキュラムが進学用のカリキュラムであった。それに対して右派はボールとバット、中曽根はバイクと言った、をもたせそこらでさせておけと言うのである。
右と左を批判せねばならない。右派に対しては日標が大事であること。中曽根は手間も暇もいらんようにバイクと言っている。我々がバイクと言うときは、マシンの構造に関心をもたせ、勉強に意欲をもたせるためのものである。左派はバイクではなく微分・積分を教えろといっているのである。しかし、生徒のくいつきは悪い。
今の高校教育の課題はなにか。高校教育は親の運動で権利としてかち取ったのに、その内容が強制的義務になっていることである。それは進学率90%を越えた高校のカリキュラムの内容をいかに変えていくか、権利として高校での学習を受けられるようにするためには、子どもの権利をいかに引き出してくかということである。その方策を早急かつ明確に出さなければならない。
そのときのポイントは、「全ての子ども」である。文部省の言っているのは、多様性の元での多数の切り捨てである。これに対して我々は「一人一人の課題と欲求に応える教育を」をスローガンにすべきである。ゆくゆくは、25人ぐらいのクラスで興味、関心、学力の多様性に応えるようにすべき。高枚生ぐらいの年齢になってくると、選択、多様性、がウエートを重くする時期ではないかと思う。
9 異質の同-が問われ、多様の統一が求められている時代
興味・関心でコース制を敷くときに、コース別クラスにするのか、原学級を元にコースの展開授業を行うのか、という議論がおこっている。
コース別クラスというのは、同じ興味・関心を持つものが集まるので、切磋辣磨が起こるし、コース毎にリーダーも育つという考え方である。しかし、「みんなで○○コースにしよう」というのは一人では何もできない、という子どもの側の論理である。一方で子どもは一人では何もできないということを自覚しているしそれを学校に認めろといっている。他方で学校はそのような子どもに対して学校作りのリーダーであると位置づけているのである。支えを前提にしないと自立できない子どもは、一体いつTAKEOFFするのか。大阪の解放教育のこのあり様を、広島や奈良の解放教育が批判するところである。教師がいないと勉強しない子どもにしても同じである。教育といいながら、自立できない子どもを認めたうえで、安心のパスポートを渡しているということになっていないか、ということが問題なのである。大阪の解放教育の先進性は①集団が個人を変えるという側面であり、②反差別生徒集団が学校全体を変えるムーブメントになっているという側面である。
しかし、集団と個人との関係は整理していく必要があるであろう。
自立なき連帯はないし連帯なき自立もない。集団なき個人はないし個人なき集団はない。ところが、個人が自立していないところでは連帯はもたれ合いになる。
反差別生徒集団がムーブメントになっているはずであるが、これが形式のみになっている。個人の役割、リーダーの役割、中心の子がいかに自分の課題をクリアしたのか、という教師の関わりが少なくなってきているのである。TAKEOFFするカをいかに身につけさせるのか、というプロセスについて明らかにしてこな かったのではないか。
さらに日本的な村意識が同質性の集団を求める風土かもかも知れないが、この集団では人間関係はオレとオマエしかないのである。12年間、地域の学校に行かせたのに、その旅立ちの姿が、知った者ばかりの集団の中で支えられながら、泣きながら「自分は部落民やねん」というのでは、到達目標として低すぎるのである。親がみんなで建てた学校がその程度のものなら、部落の親は怒るのが当り前であるし、地元高校から離れるであろう。集団作りの形式を追求し過ぎて目標を見失っていないか。それと同質性に依拠し過ぎていないか、なぜ異質を求めないのか。集団作りのあり様の再検討が必要であろう。 (大阪 S.F)
(大阪の教員交流会は、ここ数年毎月開催されている。まさに継続は力である。今後青年の旗紙面に定期的に掲載していきますので、御意見をお寄せください。:編集局)
【出典】 青年の旗 No.172 1992年2月15日