『詩』  レクイエムを望まぬ人に

『詩』  レクイエムを望まぬ人に –プロフェッサーに捧げる–

                        大木 透

まるで収拾のつかない
雑然とした死が訪れた。
生駒山のふもとの
小さな街で
ひそかに
だが突然に。

彫像が
歯をくいしばるような
苦しみのなかで
必死で
縋りつこうとしていた。
ままならぬ現世は
やがて途切れ
薄まり
遠ざかっていった。

想えば
この幾年
世界を見つめる次元は
次第に膨張し
抽出されていった。
なにものかに向かい
理念はますます高貴になり
世界は
いよいよ
遠ざかっていった。

転生するパースペクティブ
ユニオンのスポットから
地球儀牢凝視する緊張から
もっとも
気風に合わなかった
孤独の時に
解き放たれた。
これは
至福のときであったと
思う。

三○年前の
中之島の興奪も消え
チエコ事件での
痛恨の抗議も
忘れ果てていた。

かって
「暗い絵」の主人公は
影響力の広がりに
無上の喜びを感じていた。
だが この時
沈黙また沈黙
動ぜず
叫ばず
ただ
解き放たれていた。

現世は靂憾したが
理念はますます
宙に舞い
リアリティも敵もない酔いは
いよいよ 深まった。

あるいは
これは
恐ろしいほどの
充電の時で
あったのかも知れない。
あるいは
この後
激しい放射が
準備されていたのかも知れない。

だが
突然の
整理のつかない断絶が
いっさいを消し去り
雑然とした放心だけが
寒さをつのらせた。


春が訪れ
魂の安らぎやいか。

どんなレクイエムも
望まなかった人。

どんな嘘もつけなかった人。

いっさいから
孤立することを
恐れなかった人。

この人に
誓いをたてる
なにが残されていようか。

やせがまんなど
一言なりとも
言ってはなるまい。
(1991.1.20)

【出典】 アサート No.164 1991年6月15日

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