青年の旗 1989年4月1日 第144号
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【主張】 天皇・天皇制に関して職場・地域・生活の場から民主主義を闘い取ろう!
<新天皇「日本国憲法を守る…」の「言葉」>
袷仁天皇の死に伴ない皇位を継承した新天皇は、主権者たる国民とは無関係に政府が一方的・政治的に国事行為」とした「即位後朝見の儀」において「日本国憲法及び皇室典範の定めるところにより、ここに、皇位を継承し……皆さんとともに日本国憲法を守り…」と二度も憲法に言及する「お言葉」を宣した。一般に商業報道機関はこの「言葉」の「日本国憲法~」の部分をおさえて、「天皇・皇室が国民にとってより身近なものとなり、象徴天皇制が定着した」との評価を下した。また、共産党をはじめとする「左翼」や民主陣営は逆にこの「言葉」の憲法の部分にはあまり触れず、触れるとすれば「あれはギマンだ」というような評価で、その他の「(大行天皇は)ひたすら世界の平和と国民の幸福を祈念され」などという部分が天皇の戦争責任をあいまいにするものだ、などとの評価を強調する傾向にあった。
我々は前二者に代表されるであろう評価では今日の天皇・天皇制をめぐる支配階級と民衆の間の争点、闘いの力関係を充分には評価でき得ないと考える。昨秋の天皇吐血以降今日に至るまでの支配階級と一方での民主勢力・民衆の動きを考えるにつけて、天皇問題についての支配階絞の狙いを整理し、民主勢力のこれからの闘いにとってどのような視点が必要であるかを整理する必要があると考える。
<戦後民主主義の民衆への浸透程度>
袷仁天皇の死に際して民衆が示した態度は極めて平静であり、また個々人夫々に多様であった。通常の経済・社会生活は実質的にはほとんど停止せず、社会的に強い精神的緊張状態が生じることもなかった。この点から言えば商業報道機関の周到に準備された上での過熱ぶりが民衆の平静さとはあまりに好対称であり、両者の間に極めて大きなギャップが存在していたといえる。民衆が示した動きのもう一つの特徴は職域や地域内での内輪では天皇の病状に関する噂話や冗談がロにされながらも一度外向けの婆勢になると周囲、同業他社の婆勢・行動に「自主的」に歩調を合わせるという行為が極めて強く示されたことてある。そして、この間の動きの中で最も特徴的であったのは「天皇に戦争責任はあると思う」というあたりまえのことを、あたりまえに発言しただけの長崎市長に対して、死の恐怖を感じさせる程の言論弾圧が加えれられ、一方この発言の正当性を支持し、言論の自由を守ろうとする行動が広範に広がったということ、そして右翼の方から「これ以上攻撃してもかえって長崎市長を英雄にするだけ」というような判断から手をひかぎるを得ない状況となったということであろう。
これらの事象に示されているのは、①いわゆる戦後民主主義というものはかなりの社会的力を発揮する潜在的な意識・理解として民衆の間に浸透しているということ。いわゆる神話に基づくような不合理な内容を用いて天皇・天皇制を支配の道具として用いることは支配階級にとって益々困難になっていること。②にもかかわらず、この民主主義を実践することは言論の自由を貫徹することはもちろん、一人ひとりが自由に考え、行動する上でもまだまだ困難な状況にあるということ。そして、③日本の戦争責任の追及、侵略戦争が引き起した結末について今日、そして今後も負わなければならない責任についての認識が民主陣営の内部においてすらこの四十三年間不充分であったというような点であろう。
<天皇制存続にかける支配階級の狙い>
天皇・天皇制は天皇が権威でしかなかった時代も、天皇が権力をにぎっていた時代も、いつも支配階級による支配の道具とされていた。今日においては独占資本の支配を維持、強化するものとして利用されている。
天皇・皇室は現行憲法上の基本的人権とは相容れない存在である。選挙権・被選挙権もなければ納税義務もない、信教の自由、職業選択の自由等々の諸権利のない存在である。天皇には主権たる国民が制定した憲法の第九十六条によって「憲法を尊重し擁護する義務を負っている」が、天皇自身は日本国民という範疇に含まれない矛盾し、非民主主義的な存在であるが故に支配階級にとっては天皇・天皇制を彼らの支配を強化ならしめる道具として存続させる意義があるといえる。従ってこの間の政府・自民党の動向の中でともかく徹底していたのは「日本および日本国民にとって天皇・天皇制は大切なものなのだ」という宣伝と、そのような雰囲気作りであった。
<職場・地域・生活の場から民主主義を実践・闘い取ろう>
天皇・天皇制の存続とその利用について独占資本とその政治的代理人たる政府自民党の側と、天皇家・宮内庁側の間ではそれらの思惑に当然相違があるであろう。またこの半年間に示された民衆の反応も天皇・天皇制のあり方に影響を与えるであろう。新天皇は一層「民主」的に、また象徴的にファショナブルなものへとなることが考えられる。我々はこの動きを単純に「ギマン的」なものだろうというような評価だけでとらえるのでなく、歴史、社会の進歩の過程で、そして支配階級と民主勢力の間の力関係の変化の中で生じてくるものである事を理解し、より民主主義的なものへと転換させてゆく闘いの方向・内容を正しく提起しなければならないと考える。
その際、我々がおさえておかねばならない点は、第一に日本の戦争責任、侵略戦争によって引き起こされた結果に対して日本と、この民衆が引き受けるベき責任を負うということであろう。戦争責任をあいまいにする日本の政府に対して向けられる諸外国、なかでも侵略を受けた国々からの批判は表面上は政府に対して向けられてはいても、もはや四十三年間もそのような政府しか作り出せなかった日本の民衆そのものに向けられていることを我々は強く自覚しなければならない。第二に、日本の民衆の中に広く認識され支配階級ですら形式的には認めざるを得ない民主的諸権利を職域・地域・生活の場で一つひとつ実践し、積み重ねていくことである。それこそが天皇・天皇制を支配に利用しようとする階級の狙いを堀りくずし、この国の民主主義をより健全で徹底したものへと成長させることになるであろう。