<<史上初の異常事態>>
4/20、世界の3主要原油市場の一つである米国産WTI(ウエスト・テキサス・インターミディエート)原油市場で、5月物の先物価格が大幅に値下がりし、値下がり幅が300%を超え、1バレル当たりマイナス37.63ドルで引けるという異常事態が発生した。マイナスということは、買い手側から原油代金を受け取るのではなく、売り手側が、1バレル当たり37.63ドルを支払って、買い手側に原油を引き取ってもらうという、前代未聞の取引となったのである。5月物の締め切り直前であったため、マイナスを受け入れざるを得ず、翌日からの5/19に期限が切れる6月物はプラスに転じているが、それでも先物6月限は10.97ドルへの大幅下落であり、今後さらに波乱が待ち構えていると言えよう。金融取引ではなく、実体経済の実物取引で、マイナス取引が実行されるという、史上初めての異常な事態の勃発である。貯蔵スペースと輸送そのものにかかるコストは、需要が減少しても不変である以上、原油の売り手は、買い手にお金を払ってでも買ってもらわなければならない状況に追い込まれたのである。
すでに、米国で最大の原油の荷主の一つであるプレーンズ・オール・アメリカン・パイプラインは「パンデミックに対応して石油生産を削減するための対策を講じるよう、サプライヤーにこの積極的な要請を送っている」ことを明らかにし、同社は別の書簡で、顧客に購入者または出荷する原油を降ろす場所があることを証明することまで求める事態となっている。原油供給が貯蔵タンクとパイプラインをオーバーフローさせているのである。
あわてたトランプ米大統領は、「マイナス価格は金融市場の状況を反映したもので、原油市場の状況の反映ではない。原油価格の下落はごく短期的なもの。今は原油を購入する絶好のチャンス。目下、石油最大7500万バレルを戦略石油備蓄に積み増すことを検討中だ。」と強がってはいる。しかし実態はそんな生易しいものではない。
景気の大幅な後退が新型コロナウィルスのパンデミック危機と結合することによって、原油需要は大幅に後退、減少している。すでにこの4月の世界の石油需要は1日あたり2千万バレル減少し、過去最大の減少幅を記録することが確実視されている。この4月にサウジアラビア、ロシア、およびOPEC +内の他の石油輸出国が、市場から供給過剰の一部を取り除くために、過剰供給は現在、1日あたり約900万バレルと判断し、6月まで1日あたり970万バレルの石油生産を削減することに合意している。しかしそれは現実の減少幅2000万バレルの半分にも満たない。過剰生産で石油がだぶついているのである。減産にもかかわらず、価格は上がるどころか、下がる一方である。4/21の米ニューヨーク原油先物6月限は1バレル=11.57ドルと43%急落し、北海ブレントは21年ぶりの安値、1バレル=16ドルを割り込む事態である。西カナダでは3月末に、5ドル台をつけている。(上図参照)
原油先物市場の主要な買い手は、石油精製工場と航空会社、交通・運輸など実際に石油を大量に使用する実体経済である。しかしこうした企業・機関の石油貯蔵施設はすでに需要減少で満杯で、備蓄する余地もない。そこで現在、貯蔵スペースが不足しているため、1億6千万バレルの石油が出荷港の外の大型タンカーに貯蔵されていると、報じられている。最大200万バレルを保持できるスーパータンカーとも呼ばれる約10の超大型原油運搬船(VLCC)が、従来の石油施設の代わりに海上で石油を貯蔵するためにチャーターされているのである。この数は4月の初めに25から40に増加し、現在60に達している、という。その費用も膨大である。もちろんより小さなタンカーや施設も貯蔵に使用されている。
<<「ネオファシストの権威主義」>>
すでに石油・ガス業界では3月だけで、採掘と精製関連で約5万1000人の雇用が失われている。全体の9%に相当する人員減は、4月以降さらに悪化する見込みで、付随的業務を含めると1万5000人増えると見込まれ、「5-7年分の雇用増加が1カ月で打ち消されたとみられる。しかも、始まりに過ぎないことがさらに恐ろしい。4月も石油・ガス業界にとっての改善は見込まれない」(4/21・ブルームバーグ、調査コンサルタント会社、BWリサーチ・パートナーシップが試算)という事態である。
とりわけアメリカのシェールガス・オイル業界は、その圧倒的多数が存続の危機に立たされている。その生産コストが、ゴールドマン・サックスの算定によれば、1バレル=48ドル以上でなければ採算が取れない。対照的に、サウジアラビアの生産コストは1バレルあたり2.80ドルと言われている。現在の1バレル=10~20ドル台では、破産は1,100件以上になると推定されており、現実に破産申請が急増している、という。
もはやアメリカのシェールガス・オイル業界は、瀕死の状態であり、風力と太陽光など自然エネルギーの競争力がはるかに向上し、その環境破壊や汚染拡散からして撤退すべきなのである。トランプ大統領は、アメリカが石油入国から輸出国に転換した、「米国のエネルギー支配」と称揚して、大見えを切って自慢してきたのであるが、完全に頓挫してしまったと言えよう。今回のパンデミック危機と経済危機はシェールガス産業のの撤退方向への転換を明確に求め、警告を発しているのだと言えよう。しかし問題は、その多くの巨大な投資資金を世界の大手投資銀行や投資機関が提供してきたことである。トップのJPモルガンチェイスの約2,570億ドルを筆頭に、ウェルズファーゴ、シティバンク、バンクオブアメリカなど軒並み関与しており、欧州や日本の金融機関も相当な債権を保有している、と言われる。シェールオイル・ガス業界のクラッシュ・破産は、「非投資適格」の「ジャンク債」にまで格下げされたこの業界の債権を大量に抱える金融資本を直撃し、それ自体で巨大な担保損害を発生させ、金融危機と直接結びつく可能性がきわめて大きいのである。
そこで短絡的にこの危機を回避し、挽回する目論見として、民主党知事によるパンデミックによるロックダウン・封鎖を終わらせ、「フリー! 解放せよ!」という共和党系の抗議運動の登場である。トランプ大統領自身がツィッターでこれを公然と支持し、ミシガン州では4/15、食料品店などを除く店の営業中止や不要不急の外出を禁じたウィットマー知事に抗議し、数千人が車に乗ったままデモを展開。「知事を収監しろ」などと気勢を上げ、銃をまで振り回す暴動寸前の事態を狙っている。しかし、たとえすべてのロックダウンがすぐに解除されたとしても、シェール・ガスオイル業界を以前と同様に復活させるような情勢でも環境でもないことは明らかである。。
4/21のアメリカの独立放送局・デモクラシーナウは、「トランプ氏は、武装、つまり武器の振り付けを直接奨励してはいません。しかし、彼はそれを受け入れ、これらの人々を素晴らしいアメリカ人として賞賛しています」と報じ、「この国がネオファシストの権威主義にじりじりと近づいているのは間違いありません」と指摘している。
さらに重大なもう一つの警鐘は、ここまで追い詰められたトランプ政権が、石油価格の混乱と挽回を目論み、中東で大規模な戦争を勃発させる危険性と可能性の増大である。
4/19、ゴルバチョフ元ソ連大統領は、「新型コロナウィルスのの発生は、人類が今日直面している脅威は本質的に世界規模であり、政府が軍拡競争に燃料を供給してお金を浪費し続ければ、すべての努力は失敗するでしょう。」「最も重要な目標は、人間の安全保障でなければなりません。食料、水、そしてきれいな環境を提供し、人々の健康を守ることです」と述べ、「 私は世界の指導者に軍事費を10%から15%削減することを求めます。新しい意識、新しい文明への第一歩として、これは彼らが今やるべき最低限のものです。」と訴えている。(rt 16 Apr, 2020 09:16)
ここにも、パンデミックと経済恐慌の警鐘が生かされる、政策転換こそが提起されることが要請されている。
(生駒 敬)