【投稿】地方分権の本旨を踏まえたふるさと納税最高裁判決
福井 杉本達也
1 ふるさと納税で一方的な規制を押しつけた総務省の「全面敗訴」
6月30日、泉佐野市をふるさと納税の対象自治体から除外したことは違法であるとする最高裁判決が出された。2019年3月に地方税法を改正し、ふるさと納税への返礼品の割合を3割以下とするなどの規制基準を定めて対象自治体を指定する新制度を納入したが、過去の泉佐野市らの返礼品の取り扱い状況が不適切だとして、泉佐野市ら4市町をふるさと納税制度から除外した。判決では地方税法に「(新制度)移行前の募集実態も判断材料とする規定はない」として、総務省のルールを 「違法で無効」と判断した。総務省幹部は「国がここまで負ける訴訟は聞いたことがない」と落胆した。総務省の「全面敗訴」である。国の官僚の指示に従わない自治体は制度から外すというのでは地方分権もなにもあったのではない。確かに、泉佐野市の寄付金集めのやり方は派手ではあるが、 あくまでも法律の範囲である。地方分権は制度の具体的運営を自治体に委ねるべきものであり、あれこれと国が上から目線で指示を出すべきものではない。千代松泉佐野市長は判決後「紙切れ一枚で地方自治体の頭を押さえつけてきたやり方は納得いかない」とインタビューで答えた。実にすっきりとした判決である。
2 そもそも「ふるさと納税」とは
納税者が国や自治体・NPOなどに寄付した場合、所得税や住民税が軽減されるが、ふるさと納税ではさらに優遇され、住民税が軽減される。子供のいない夫婦で年収700万円の給与所得者の計算例では、3万円を自治体に寄付した場合、一般の寄付では所得税・住民税の軽減額は8,400円であるが、これに加えて19,600円が住民税からさらに軽減される。計28,000円が控除されるため、実質の負担額は2,000円となる。ところが、喉から手が出るほど一般財源が欲しい自治体としては、寄付金は多ければ多いほどよい。そこで2,000円を上回る金額の特産品を提供し寄付金を募ることとなる。例えば1万円相当の和牛肉や果物を寄付者に送れば、寄付者は10,000円―2,000円で8,000円の得となり、寄付された自治体には30,000円ー10,000円=20,000円の財源が集まることとなり、両者Win-Winとなる。ところが、国と寄付者の住所地の自治体は税収が減ることとなる。個々の自治体にとっては、高額の返礼品を提供してでも寄付金を募ることは合理的な行為である。しかし、他の自治体も同じような高額の返礼品を提供し、自治体間で過度の寄付金争奪競争が起きると全国の自治体の総体としては確実に税収が減少することとなる。本来の制度の理念は、自らがまれ育った故郷、世話になった地域を応援するための寄付だった。ところが納税先はどこでも 良く、高価な返礼品も得られるとなって本質を見失った。自治体は豪華な返礼品競争で寄付金集め、寄付者も返礼品目当てでの寄付が常態化した。
3 ふるさと納税は税の基本原則をおかしている
早稲田大学の野口悠紀雄氏はふるさと納税の基本的問題について、「寄付のほぼ全額について税額控除を認めている点だ。つまり、寄付者にとって、負担にならないことだ。このため、納付者は、負担なしにその納付先を自由に決めることができる。…これは税制の基本原則である租税法定主義からの逸脱」であるとし、「豊かな財源を持つ 都市地域が、財源に苦しむ 地方に税収を配分するのは、 望ましいことだ。しかしそ れは、地方交付税制度等を 通じて行うべきことだ。個々の納税者が決めることではない。」とし、高額の返礼品によって「納税することによって、利益を得られるようになった。 こんなおかしな制度はあり得ない。」と述べている(『週刊ダイヤモンド』:2019.1.26)。
また、片山善博氏は「そもそも返礼品競争がエスカレートするのは、自治体の姿勢に問題があるのではなく、ふるさと納税制度自体に欠陥が内在している」と指摘し、「そもそも自治体は住民に対して行政サービスを提供し、それに要するコストを住民が分かちあって負担する。その負担が住民税である。…ところが、他の自治体に寄付する住民は、住民税負担を免れるのだから、自治体行政に対する部分的フリーライダー」であるとし、「これは負担分任の原理によって支えられる地方日治を大きく棄損するもので、…ふるさと納税制度は 憲法違反となる。」(片山:『世界』:2018.2)と述べている。
4 地方分権改革を踏みにじった総務省の行為
2000年の地方分権改革により、それまでの国が自治体の上位にあり、法律に根拠がないことをも国は通達によって、自治体に指示し、命令することはできなくなった。国と自治体は上下の関係ではなく、対等の関係だとされた。国は法律ないしそれに基づく政令に根拠がなければ、 自治体に指示し、命令することはできなくなった。国が発する通達は拘束力を失い、「助言」にとどまることとなった。また、国は自治体が助言に従わなかったことを理由に不利益な取り扱いをしてはならないと地方自治法第247条 3項に明記された。
返礼品については法律上何も制限がなかったが、返礼品競争が過熱する中、2017年4月に総務省は返礼品調達費を寄付額の30% 以下とする目安を通知した。さらに、2018年4月には総務省は返礼品は地場産品に限 るよう通知を出した。さらに同年9月、野田聖子総務相(当時)が、過度な返礼品の規制へ法改正する方針を表明し、2019年3月に過度な返礼品を規制する改正地方税法が成立した。このル-ルを守らない自治体は、総務省がふるさと納税の適用対象から除外することができることにしたのである。総務省は泉佐野市など4自治体をふるさと納税の対象から除外したのである。また、ペナルティーとして特別交付税の配分額も減らす異例の措置をとった。泉佐野市は指定されなかったことを不服として 係争処理委員会に審査の申し出を行った。結果、同年9月、係争処理委員会は再検討を国に勧告した。しかし、総務省は勧告を無視し、大阪高裁で争われることとなったが、高裁は「総務相の裁量権の行使に逸脱乱用はない」として、総務省の地方分権改革を忘れた露骨な地方自治への介入を追認した。これを不服として泉佐野市が最高裁に上告したことで今回の最高裁判決となったものである。日経のコラム『大機小機』によれば、ふるさと納税制度は自治体によるレントシーキング(超過利潤獲得競争)を誘発し、社会的資源を浪費する典型的な政策である。誰もが制度の趣旨を理解し、紳士的に行動するだろうという期待は『素朴すぎる性善説だ』と書く(日経:2018.11.12)。レントシーキングを誘発したのは地方税法上の制度設計を怠った総務省である。その自らの不始末に目を塞ぎ、負荷の全てを自治体に転嫁し、地方分権制度に明記された係争委員会勧告を無視するなど、総務省側の横暴は目に余る。今回の判決は国に地方分権改革の意義を再確認させる意味でも画期的な判決である。