【投稿】福島第一原発の放射能汚染水を海洋放出させてはならない
福井 杉本達也
1 議論を無視して突然に発表された汚染水の海洋放出
政府は、福島第一原発でたまり続けている放射能汚染水についてトリチウムなどの放射性物質の濃度を40分の1程度に薄めてから海洋放出する方針を固めた。梶山経産相は、10月16日の会見で、「日々増加する処理水の取り扱いについて、早期に方針を決定していく必要があると考えております」とし、敷地内の保管場所が逼迫する中で、いつまでも方針を決めずに先送りすることはできないと述べた。19日には、「薄めて海洋に放出する方針を27日に決定する方向で最終調整に入った。廃炉・汚染水対策関係閣僚等会議(議長・加藤勝信官房長官)を開催し、決める。」(時事:2020.10.19)と発表した。もちろん福島県内だけでなく全国の漁業関係者は大反対であり、女川原発の再稼働を容認する原発推進派の村井宮城県知事でさえ記者会見で「原発事故から9年半が過ぎた現在も、県内の農林水産業には風評被害が影を落とす。知事は『風評被害が一部の国で残る中で(処理水の)議論をしなければならないのは非常に残念だ』と指摘。『海洋放出の影響は間違いなく日本全体に及ぶ』」(河北新報:2020.10.20)と反対の姿勢を示した。
汚染水を巡っては、2013年以降「タックスフォー」、2016年からは「小委員会」、2018年から「公聴会」と処分方法を巡った議論がなされてきた。2020年4月6日の公聴会では、福島県旅館ホテル生活衛生同業組合理事長の小井戸英典氏は「処理水にはトリチウムなどの放射性物質が含まれていることは事実であることから、この処理をする期間にもたらされる損失は、風評被害ではなく、故意の加害行為による損害であると我々は認識するところです」、「原発事故による被害が収束していない福島県内の状況下で、さらに放射能をまき散らす行為につていはとうてい許容できるものではない、というのが当業界の大勢を占める意見です」と述べている。こうした膠着した議論を打破しようとしたのが、安倍前内閣の改造で退任する直前の原田義昭環境相の発言である。原田環境相はトリチウムを含んだ処理水について「所管を外れるが、思い切って放出して希釈するしか方法がないと思っている」と述べ、地元や漁業者の意見を無視しようとする観測気球をあげた(日経:2019.9.11)。今回の突然の“決定”はこうした安倍前政権の“宿題”の正面突破を図る行為である。信濃毎日新聞の10月17日の社説も「原発処理水放出 突き進めば禍根を残す」と警鐘を鳴らす。
2 敷地に余裕がないというのは真っ赤な嘘
福島第一原発では壊れた建物に地下水や雨水が流れ込み、高濃度の放射性物質に汚染された水が1日180トン(2019年現在)も発生している。これを多核種除去設備(ALPS)などで一部の核種を取り除いて敷地内のタンク1000基に約123万トン保管しているが、汚染水が毎日増え続ければ2022年10月には満杯になるとしている。汚染水を敷地内にため続ければ今後の廃炉処理工程に影響が出かねないというのが政府の言い分である。汚染水には現在の技術では取り除くことが困難な放射性物質であるトリチウム(三重水素)が含まれている。放射線が減衰するまでタンクに保管すべきではないか。
元々、福島第一原発敷地内では7,8号機の増設が予定され、双葉町側に広い用地を取得していた。その双葉町側、北側には「土捨場」「新土捨場」という広いエリアがある。また、原発敷地外にはさらに、福島第一原発の周囲16㎢という広大な敷地が、放射性廃棄物の中間貯蔵施設として用意され、福島県内の放射能汚染土のフレコンバッグの中身が運び込まれている。タンク建設の敷地がないというのは真っ赤な嘘である。タンクの建設費よりも海洋放出が安価だから放出したいのである。
3 「トリチウム水」と言いながら、トリチウム以外の核種が多数含まれる
政府・東電はストロンチウムやセシウムを始め「汚染水からトリチウム以外の放射性物質を取り除いた」と説明していたが、いわゆる「トリチウム水」には、その他の放射性物質が取り切れずに残っている。2017年度のデータでは放射性の62核種のうちヨウ素129(I-129)、ルテニウム106(Ru-106)、テクネチウム99(Tc-99)が法律で定められた放出のための濃度限度を65回も超えていた。東電によると、原発構内で保管する処理水約123万トンのうち、約8割が放射性物質の基準値を上回っているとしている(日経2018.9.29)。
トリチウムは三重水素と呼ばれ、普通の水素と化学的性質はほぼ同じであり、通常、水として存在するため、膨大な金をかければ別だが、普通には水からの分離は不可能である。そのため、日本を始め世界中のほとんど全ての原子力発電所や核燃料再処理工場ではトリチウムの回収を行なってはおらず、トリチウムはすべて環境へ放出されている。特に再処理工場は放出量が多く、原発の1000倍をを超える。
トリチウム自体のの半減期は12.3年であり、8分1になるのに40年。リスクが相当低くなるには100年かかる。体内に取り込まれたトリチウムが体外に排出されて半分になるまでには10日程度かかる。細胞中の分子のなかの結合を担う水素に、同じ水素の同位体であるトリチウ ムがとって変わると、そこからβ線を放出し、遺伝子を傷つけ続け内部被曝の恐れがある。また、体内で有機結合型トリチウムに変化すると体内にとどまる期間が長くなる。フランスでは1997年にラ・アーグ再処理施設周辺で小児白血病発症率が2.8倍に高まったという報告や、ドイツでも2008年に原発周辺5キロ圏内で小児白血病のリスクが倍増したとの報告もある(福井:2020.9.11)。
4 中国も海洋放出に反対
中国外務省の趙立堅副報道官は10月19日、汚染水の海洋放出について「周辺国と十分に協議して慎重に決めてほしい」と述べた。さらに「原発事故による放射性物質の漏れは食品安全や人類の健康に深刻な影響を及ぼしている」と主張、「日本政府は国際社会に大きな責任を負ふ態度を堅持し、処理水がもたらす影響を綿密に見積もってほしい」とまで注文をつけた(日経:2020.10.20)。福島第一原発事故を起こしたのは日本である。事故から約10年が経過するが、事故処理は遅々として進んでいない。地下水流入対策を始め、対策としてやるべき最低限のことをやらずに汚染水の海洋放出を行い、膨大な放射能を太平洋にまき散らし、自然環境に取り返しのつかない被害を与える行為は国際的に許されるものではない。海洋放出しようとする北太平洋はきわめて自然豊かな海である。日本の漁業者だけではなく、台湾の漁船も、韓国の漁船も、中国の漁船も操業している。また、海流に乗って海洋の東側ではカナダの漁民も、米国の漁民も操業している。そのような海を、ただ処分費用が安いか高いかというカネメの判断で放射能で汚染させてはならない。福島第一原発事故を起こした当事国として、これ以上放射能汚染を拡散しないという責務が政治的にも倫理的にも厳しく問われている。