【書評】『働くこととフェミニズムー竹中恵美子に学ぶ』

【書評】『働くこととフェミニズムー竹中恵美子に学ぶ』

フォーラム 労働・社会政策・ジェンダー編 ドメス出版 2020年10月発行 (3,000円+税)

                            福井 杉本達也

竹中恵美子先生の卒寿記念に、先生を囲む市民グループ「フォーラム 労働・社会政策・ジェンダー」の女性たちが共同作業で出版した労作である。本書の扉には、いつものベレー帽のお姿の竹中恵美子先生の写真が掲載されている。若き日の先生はいつも住吉区我孫子の住宅団地からベレー帽姿で自転車に乗られ、大学まで通学されていた。私はもっぱらJR(当時は旧国鉄)杉本町駅を利用していたが、たまに用事で大阪市営地下鉄我孫子駅を利用するときには自転車姿の竹中先生をお見かけすることもあった。先生の授業では、岸本英太郎編の『労働経済論入門』をテキストとして、黒板にチョークで書かれるのであるが、それをノートに書き写すのは大変であった。膨大な文字を書き写しているうちに消されて次に進んでしまうのである。ペンでノートに書き写すより、チョークで書かれるスピードの方が速いのである。その膨大な書き写したノートはもう何年も前にどこかへ行ってしまったのであろう。今は手もとにはない。

本書で、まず目に入ったのは「本当に悔しくて、思いつめて、ドーンセンターの屋上から飛び降りようかと思ったこともあるくらいでです。そんな馬鹿なことをしなくてよかったと思いますけど…大阪の地で、何とか頑張ってきたということは、幸せなことだと、今、本当にそう思っています。でもちょっと、今は淋しいですね。ドーンに入ってきて、壁を見ながら、薄暗く活気がないことが何とも気がかりなことなんです」という非常に重い言葉である。先生は2001年から2007年まで大阪府立女性総合センター(ドーンセンター)で館長をされていた。その時に維新の橋下徹大阪府知事(当時)の「行革」により、「二重行政」だ、大阪府と大阪市に同じような施設はいらないとされ、ドーンセンターも廃止対象施設として矢面にたたされた。女性団体などの必死の抵抗により、なんとか廃止は免れたものの、ドーンセンターは機能を縮小され、2012年度の男女共同参画推進費は07年度の3分の1に、大阪府職員は引き上げられ、DV等に悩む女性のための法律相談や女性医師によるからだの相談なども廃止されてしまった。あの、若き日の活気あふれる姿からは「飛び降りる」ほどに思いつめられていたとは全く想像もつかない。

本書は先生を囲む仲間が先生の女性労働研究、特に「ペイド・ワーク論」、「アンペイド・ワーク論」などの研究成果を元に、それぞれの筆者の専門の立場で書かれているので、全てに触れるわけにもいかないが、北明美氏が第5章で竹中先生の残された課題として、「横断賃率論」に触れられている。「竹中は、『かつて横断賃率論者が取り組み挫折に終わったが、今日こそ』と前置きして、企業の枠を超えた要求の統一→労働の社会的格付と職種別賃率交渉をそれぞれ担う産別労使交渉機関の設置という筋道を想定している。だが、横断賃率論者とその反対者のかつての対立および双方の『挫折』についての現時点での歴史的理論的分析が、研究においても運動においても共有されないまま推移しており、そのことが要求の統一を困難にしているように思われる」と書いている。

そもそも日本には欧米型のような企業の枠をこえた産業別の職種別・熟練度別の賃率といったものがない。生活給あるいは属人的要素の年齢や勤続年数の増大による年功賃金制度が個別企業ごとに形成されてきた。労働者個人は非常に弱い存在であり、単独では資本家と交渉できない存在であり、産業別あるいは職種別の労働組合(企業別ではない)に集まって「コレクティブ・バーゲニング」(集合取引)により労働力という特殊商品を市場取引してできるだけ高い価格を決定するというのが欧米の賃金交渉であり、交渉の結果、一定の標準にしたがって賃金が決められる(スタンダード・レイト)。それを「横断賃率」として日本に紹介したものであるが、「横断」とは企業横断ということであり、日本のガラパゴス的な企業別組合を前提とした名称である。現在、企業別組合にどっぷりとつかっている組合の役職員や一般組合員にとっては「横断」とはなんぞやとなろう。隣の会社とは賃金が違うのが当たり前だという世界にしか住んでいないのだから、ほとんど説明不可能の過去の言葉になってしまった。

労働組合は、あくまでも個別企業の枠をこえて、各企業にわたって共通の問題を統一的にとりあげる組織である。日本の企業別組合は本来的な労働組合と呼べる代物ではなく、「半組合」・英国的表現での「工場委員会」的なものであり、企業特有の問題や職場の特殊問題をとりあげながら、企業内に埋没して終局的に個別資本の労務管理の補助機構に堕してしまう。その企業内労組を外部から「必要以上の左翼理論」、「イデオロギー」によって経営対組合関係の方向に、あるいは政党の下部組織として、強引に持っていこうとしたのが、「横断賃率論の反対者」であったのではないか。

カテゴリー: 労働, 大阪維新関連, 書評, 杉本執筆 パーマリンク

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA


five × three =